閑話 ネロのいなくなった勇者パーティー前編
――彼は昔は随分と泣き虫だった。両親から随分と期待され、毎日のように厳しい訓練をさせられる。
それが彼は本当に嫌だった。嫌で嫌で毎日枕を涙で濡らし続けた。
両親は彼にいつも厳しかった。だがそんな両親にも逆らえない相手がいた。その相手の前では鬼のように厳しく厳かな父でさえ、借りてきた犬のように大人しくなった。
彼はそんな父を見るのも嫌だった。そしてその家の事も――父親がその家では頭が上がらないことをいいことに彼もまたその家の子ども達にいいように利用された。
だが、そんな中で彼に唯一手を差し伸べてくれた子どもがいた。その子は彼に唯一優しかった。他の子どもが彼を蔑視する中その子だけは彼の味方だった。
結局彼がその子と過ごせたのは僅かな時間だけであり、それからは両親が彼をその家に連れて行くことはなかった。
そう、それは彼がまだ幼い頃の記憶。きっと彼だけが覚えている大切な記憶なのだろう――
◇◆◇
ギルドの一件の後、勇者パーティーの【栄光の軌跡】は依頼を受け魔獣退治に向かっていた。
彼らはDランクの冒険者だが実力はCランク以上とも噂されている。にも関わらず現在Dランクなのは各所の冒険者ギルドで決定できるランクがDランクまでだからだ。
Cランクからは特別な昇格試験に合格する必要があるが、これは毎年実施される時期が決まっている。
もっとも彼らが次の昇格試験に挑戦するのは決定的とギルドでも噂されており、昇格は間違いないだろうとも囁かれている。
こういった信用度の高さから難度の高い魔獣クラスの討伐にも駆り出される事が多い。
「今回の相手はツインラースウルフだったか」
「そうね。双頭の狼の魔獣よ」
「かなり凶暴みたいで近隣の農民にも被害が出てるようです」
ガイが確認するように呟くと、フィアが答えセレナが十字を切り祈りのポーズを見せた。
「ま、俺らに掛かれば大したことねぇさ」
「……そうね。ただ魔力の残量には気をつけないと。もうネロはいないのだから」
「――チッ。いちいちいなくなった野郎のことを気にしてんじゃねぇぞ」
「いなくなったのではなく追放したのではありませんか」
「うるせぇ! 一々こまけぇんだよ!」
ガイが怒鳴ると、二人はやれやれといった顔を見せた。
そして三人は魔獣が住処としている森に入った。
森には他にも魔物が跋扈していたがガイ達の手にかかれば苦労ない相手だ。
「いやがったな」
「「グルルルルルゥゥウウ」」
森の奥でガイ達は討伐対象の魔獣を見つけた。赤毛の狼タイプの魔獣だ。狼タイプとは言え体格はライオンを思わせる程に大きく逞しい。
「「ヴォオッォォォォォォオオン!」」
双頭が同時に遠吠えを上げた。恐怖心が三人を支配しようとする。この魔獣の遠吠えには相手を畏怖させる効果がある。
「させません! 生魔法・不屈の魂!」
セレナが魔法を行使。魂を強くさせ精神攻撃から身を守る魔法。またすでに精神攻撃を受けた仲間の正気を取り戻す効果もある。
「武芸・勇気凛々!」
ガイが武芸を行使。勇者の紋章を持つ者が扱える武芸であり、勇気を纏うことで戦闘力を飛躍的に向上させる。
「行くぜ!」
ガイが魔獣に切りかかった。使用しているのは片手半剣のバスタードソード――その一閃でツインラースウルフの首を一つ斬り飛ばした。
「はっ、魔獣と言ってもこの程度かよ」
「油断は禁物ですガイ!」
セレナが注意を呼びかけると残った片割れが怒りの形相でガイを睨み口を開け咆哮する。
「へ、精神攻撃なんざ、な!」
魔獣の咆哮は衝撃波となってガイに襲いかかった。その身が大きく吹き飛ばされる。
「ガイ!」
「問題ねぇよ!」
空中で体勢を立て直しガイが着地する。
「糞が。頭一つ失った分際で生意気な奴だぜ!」
「ちょ、待って! 頭が再生してる!」
フィアが指差し指摘するとその先で確かにツインラースウルフの頭が新たに生えてきた。
「ガイ、あの魔獣きっと何か特別な力が」
「チッ、んだよそれ。おいネロお前なら知ってるだろう!」
ガイが叫ぶが、その瞬間しまったという顔を見せた。
「――ネロはいないわよ。私もうっかりしてた。いつもそういうの調べておくのはネロが好きだったものね」
「……ネロは勤勉だったものね。最初はガイの方が教えていた事が多かったけど、途中からネロに教わることも多かった」
「チッ、今いない奴の話なんてしてるんじゃねぇよ! 行くぞ!」
そして魔獣との戦いが続く――




