第303話 嘘つきの集まる馬車
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情報屋だと言い出した男の言葉に、僕は思わず身を乗り出しかけてしまった。
けれど、その前にガイの腕が僕の肩を押さえる。
「……お前は黙ってろ」
低い声だった。
さっきまでの軽口とは違う。完全に警戒している時の声だ。
「ほうほう。随分警戒してますねぇ」
男は笑う。
目が細く、口元だけがやけに大きく歪んでいる。
「別に怪しい者じゃありやせんよ。あっしはただの情報屋。アークレイズにゃ長年通ってましてねぇ」
「だったら尚更怪しいな」
ガイが吐き捨てる。
「情報屋なんて名乗る奴にロクな奴はいねぇ」
「いやいや、そんな言い方はないでしょう」
男は肩をすくめて続けた。
「ほら、あんたらも何か探してるんでしょう? 恋人とか」
「違う」
「じゃあ商売?」
「違う」
「……人探し、とか?」
その言葉に、僕の心臓がドクンと跳ねた。
それを見逃さなかったのか、男の口元がゆっくりと吊り上がる。
「ほうほう。なるほどねぇ」
その目は完全に僕たちを値踏みしていた。
「もし人探しなら、あっしは役に立てるかもしれやせんよ。アークレイズは広いですがねぇ、情報の集まる場所ってのは決まってましてね」
そして男の視線が僕に向く。
「あっしの予想では探し人は――冒険者では?」
「え、あ、その」
「ネロ、何も言うな」
「あんたも警戒心高いねぇ。だけど冒険者なのは間違いないんでしょう?」
「――」
ガイは沈黙を通す。男が顎を擦った。
「探し人は女――」
ドキッとなった。
「やっぱりそうですか。実は行方不明になった女の話があっしの耳にも入ってましてね」
「え! 本当ですか!」
「スピィ!」
思わず声が出た。一方でガイも訝しんでいるようだけど、男の情報が気になっている様子でもある。
「その情報くわしく!」
「おっと、気が早いですなぁ。でも、わかるでしょう?」
「――情報料を払えってか?」
「はは、よくわかってらっしゃる」
男は手を擦り合わせる。
「情報には値段があるんでさぁ」
やっぱりそういう流れだ。
けれど、その瞬間だった。
「……全く見てられへんな」
後ろから声がした。
訛りの感じられる、少し呆れたような女の声。
振り向くと、そこに一人の女が立っていた。
長めの外套を羽織った細身の人物。
少し吊り上がった目で、僕たちと男を交互に見ている。
「なんや兄さん」
女は男に向けて言う。
「その手口、まだやっとるん?」
男の顔が一瞬だけ固まった。
「……なんのことですかい」
「とぼけんでもええ」
女は肩をすくめる。
「恋愛、商売、人探し。反応見てから話を合わせ、そこから話を掘り下げていき信じさせるんやろ。いつもの手や」
馬車の中の空気が少しざわついた。
「こいつ、情報屋ちゃうで」
女はあっさり言い放つ。
「ただの詐欺師や」
「な、何を言いやがる!」
男が声を荒げる。
けれど女は全く気にした様子もない。
「ほんまに情報屋ならな、最初から情報の種類言うてくるわ」
ニヤリと笑う。
「それをせぇへんのは、何も持っとらんからや」
男の顔が完全に引きつった。
そして舌打ちをして、
「……チッ」
そう言い残すと、そそくさと別の席へ戻っていった。
馬車が静かに揺れる。
僕はしばらく呆然としてしまった。
「……助かった、のかな?」
思わず呟く。
すると女は僕を見て苦笑した。
「まぁ、そういうことやな」
そのまま席に戻ろうとする。
けれど、その前にガイが口を開いた。
「待て」
低い声だった。
女が足を止める。
「……なんや?」
「お前は誰だ」
ガイの目は鋭い。
「随分都合よく出てきたな」
疑いの視線だった。
「詐欺師を追い払ったのも、芝居じゃねぇのか?」
馬車の空気が少し張り詰める。
女は一瞬だけガイを見つめてから、
「はぁ」
小さくため息をついた。
「疑い深いなぁ兄さん」
肩をすくめる。
「まぁええわ。うちはただの通りすがりや」
「名前は?」
「……ライカ」
あっさり答える。
「それ以上は秘密や。素性を明かさんのはアークレイズなら当たり前やで」
そう言って軽く手を振ると、
「ほな」
自分の席へ戻っていった。
しばらく沈黙が続く。
やがてライトニングさんが静かに口を開いた。
「ネロくん」
「は、はい」
「今みたいに、言葉で人を騙そうとする輩は多いわ」
さっきの男が座る席をちらりと見た。
「アークレイズへ向かう馬車は特にね。だから気をつけなさい」
「はい……」
僕は頷いた。
でも――
さっきのライカって人。
あの人も、本当にただの通りすがりなんだろうか?
そんな疑問が、僕の頭の中に残り続けていた。
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