第284話 森を進む
「ところでウィン姉、その道ってこっちで合ってるの?」
深い森の中。木々の隙間から差す月明かりを頼りに、僕たちは先頭を行くウィン姉の背中を追っていた。
とりあえずアクシス領を出ることが先決なんだけどね――
「うむ。恐らくな」
「いや、恐らくって何だよ!」
迷いのない足取りで進むウィン姉の言葉に、ガイが即座にツッコミを入れる。
「道をわかってて進んでるんじゃないの?」
「随分と飛んだからな。……まぁ、私の直感だ」
「本気かよ! どんどん森の密度が上がってる気がするぞ!? 本当に大丈夫か?」
「黙れザックス。師匠に間違いなんてあるものか。文句を言うなら凍すぞ!」
「理不尽すぎる!」
アイスの無慈悲な一喝に、ザックスが頭を抱えて嘆く。
笑いそうになるけれど、確かにこの暗さじゃ笑い事でもない。
森の奥へ行くほど木々は絡み合い、視界も悪くなってきた。獣の鳴き声が時おり遠くから響き、足元のぬかるみに靴が沈む。
「暗くなると危ないし、どこかで休んだ方がいいかも」
「そうね。安全に夜を越せる場所が見つかるといいけど……」
「スピィ」
僕の意見に、エクレアとスイムも同意してくれる。
しかし、休む場所を探そうにも辺りは木と岩ばかりで、それらしい建物も見当たらない。
そんな時――頬にひと滴の冷たい感触。
「……ん?」
空を見上げると、雨粒が木々の隙間を抜けて落ちてくる。すぐに、ぽつぽつという音が連なり、やがて雨脚が強くなっていった。
「チッ、雨まで降ってきやがった」
「これ、どんどん強くなるよ」
「それこそ水魔法でどうにかならねぇのか?」
ザックスがこちらを振り向いてくる。けれど、あいにく今の僕にはそんな余裕はなかった。
「ごめん、ちょっと厳しいかも。今は魔力が足りないんだ」
「貴様! 愛弟を便利な道具のように扱う気か。切られたいのか?」
「ひぃっ!? ちょ、ちょっと聞いてみただけじゃねぇか!」
「黙れ! やっぱり凍す!」
「理不尽の極みだぁ! 姉ちゃん、なんとか言ってくれよ!」
「頑張れ♪」
「この薄情者!」
森にザックスの情けない悲鳴が響き渡る。
僕は苦笑しながらも、さすがに不憫だったのでウィン姉とアイスを宥め、皆で雨宿りできる場所を探すことにした。
「それなら、あっちがいい気がするの」
ネイトが前を指さす。小さな指が指し示す方向には、確かに他とは違う空気の流れがあった。
「ネイト様がこう言われるのなら間違いないだろう。征くとしよう」
ケトルの言葉に皆が頷き、ネイトの指示通りに森の奥へ進んでいく。
雨の音が次第に強まり、木の葉がしなる。けれど、その先に――。
「……あれ、見て!」
エクレアが指差した先、木々の隙間にぽつんと一軒の山小屋が見えた。
「ほんとだ、山小屋だ。これで雨宿りできそうだね」
「誰か住んでるのかもしれない。頼んで貸してもらおう」
「それなら私に任せてもらおう」
胸を張るウィン姉。けれどその言葉に、ガイがすかさず声を上げた。
「いや、お前は駄目だろ! どう考えてもトラブルの予感しかしねぇ!」
「何を言う。こんな時のために金があるのだ!」
「はぁ!?」
ウィン姉の堂々とした返答に、ガイが目を丸くする。
うん。ウィン姉は確かにそういうところがあったね……。
とにかく、相談の結果、まずは僕がノックしてみることになった。
「すみませーん。どなたかいらっしゃいますか?」
木製の扉をノックし、少しだけ開いて中を覗く。
返事はない。人の気配も感じられない。
ドアノブを回すと、あっさりと開いた。鍵も掛かっていない。
「……誰もいない、みたいだね」
中に足を踏み入れると、古びた木の匂いが鼻をくすぐった。
最低限の家具はあるけれど、どれも埃をかぶっていて、長い間使われていないことがわかる。
「生活感もないし、とりあえず貸してもらおうか」
「うむ。誰か来るようなら、私が対応してやろう」
「さすが師匠! 頼りになる!」
アイスが嬉しそうに笑い、ウィン姉を見上げる。
ウィン姉は誇らしげに胸を張った。
こうして僕たちは、ようやく雨を避ける場所を見つけた。
嵐の音を背に、ぬくもりのない小屋の中で、ほっと一息ついた――。