第283話 アクシス家から脱出したその後――
ウィン姉に抱っこされたまま、僕の体は夜空を飛翔していた。
――いや、飛ばされていると言った方が正しいかもしれない。
腕の中には、小さくなったスイムの姿。
皆を守ろうとして魔力を使い果たし、すっかり縮んでしまったスイムを、今度は僕が守る番だ。
そんなことを考えている間にも高度がどんどん下がり、地面が近づいてくる。
……ちょ、ちょっと待って!? この速度、落ち方、どう見ても不味い!
焦る僕を他所に、ウィン姉はまるで羽のように軽やかに地面へと着地した。
さすがウィン姉。全く動じていない。
でも――他のみんなは? と思った矢先、地面を叩きつけるような音が何度も響いた。
「いってぇぇッ! くそ、頭打った!」
「あううう、視界がぐるぐるしてるぅ……」
「し、師匠は……流石……容赦ない……でも……そこが……うッ!」
ガイは後頭部を押さえ、エクレアは目を回し、アイスは顔を青くしてうずくまっている。
どうやら着地に成功したのは、僕たちだけらしい。
「うわぁあああああッ!」
「ちょっ、待っ――ぐえぇッ!」
空から落ちてきたのはザックスとマキア。
先に地面へ叩きつけられたザックスの上に、マキアが見事に着地(?)していた。
「おおっ、あんたもたまには役に立つんだね!」
「“たまには”は余計だッ! いいからどけっての!」
いがみ合う二人。……でも、元気そうで何よりだ。
そして最後に落ちてきたのはケトルとネイト。ケトルがネイトを抱きかかえたまま、見事な着地を決めていた。
「ネイト様。お怪我はありませんか?」
「うん! なんかね、面白かった! ケトルありがとう!」
「もったいないお言葉」
ネイトを優しく地に下ろすと、ケトルは片膝をつき恭しく頭を下げた。
その姿は、まるで忠誠を誓う騎士そのものだ。
「たく……もう少しマシな方法なかったのかよ」
「こうして全員無事なのだから、贅沢を言うな」
ウィン姉が淡々と返す。ガイは不満げに眉を寄せつつも、何も言い返せなかった。
「う、うん……ちょっとフラフラするけど、私は平気」
「あ、アイもちょっと気持ち悪いだけ……」
「ほ、本当に大丈夫?」
エクレアとアイスの顔色を見て声をかけると、エクレアが笑って答えた。
「うん、心配しないで。ところで、スイムちゃんは?」
その問いに、僕は掌を広げて見せた。そこには、片手に収まるサイズに縮んだスイムがちょこんと乗っている。
「スイムちゃん、こんなに小さくなって大丈夫なの?」
「うん。少し休んで魔力を取り戻せば、魔法で水を出して上げられる。それを飲めば元の大きさに戻る筈だよ」
「スピィ~♪」
僕の言葉に合わせて、スイムも元気そうに震えてみせた。
「まぁ、やり方はともかく全員動けるんだ。だったら、さっさとここを離れた方がいいな」
アクシス家の方を見ながらガイが言った。飛ばされた場所は高台の上で、それなりに距離も離れたと思うけど、安心は出来ない。
「確かに。いつ追っ手が来てもおかしくないしね」
「これ以上、あんな連中に構ってらんねぇ」
マキアとザックスの声が重なる。
「それならこっちだ。全員、私に続け。ネロは――私が抱っこして」
「も、もう! 自分で歩けるってば!」
また抱き上げようとするウィン姉を、僕は全力で拒否した。
ウィン姉は名残惜しそうにため息をつきながらも、仕方なさそうに頷いた。
僕たちはそのまま森へ向かって走り出す。霧の残滓が夜風に流れ、アクシス家の灯りが遠くに霞んで見えた。
「……あそこの皆、意地悪! ネロのこといじめて、許さない! チチンプイプイ、お仕置きなの!」
振り返ったネイトが、怒りの表情でアクシス家の方角へ手を翳した。彼女を肩に乗せているケトルの動きが一旦止まる。
ネイトの小さな掌から淡い光がこぼれ、まるでおまじないのように夜空へ溶けていく。
その仕草があまりに純粋で、見ているだけで心が和んだ。
「――ネイト様を怒らせるとは、愚かな連中だ」
ケトルが低く呟き、ネイトを肩に乗せたまま再び駆け出した。
こうして僕たちは、ようやくアクシス家の追撃の手を逃れたのだった――。