第282話 逃亡者と追跡者
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霧に紛れて、僕たちは逃げることを選んだ。
ガイも救い出せた今、これ以上ここに留まる理由はどこにもない。
「待ちなさい!」
しかし――アクシス家の人間が、そう簡単に逃がしてくれるはずもなかった。
振り返ると、紙の鳥に乗り追いかけてくるアンダラとスネアの姿が見える。
「ゴミが! 私たちから逃げられると思ったか!」
「ちょっと! 仮にもあなた、母親でしょう!? その言い方はさすがに酷いわよ!」
エクレアが怒鳴り返す。その声には、僕のために怒ってくれる優しさがこもっていた。
胸の奥が熱くなる――この仲間たちの存在が、今の僕の支えなんだ。
「フンッ。水の紋章持ちなどというゴミを産んだのが、私の唯一の汚点。今すぐにでも消し去ってやりたいわ!」
「そのとおりですわ、御母様。あんな出来損ないと血が繋がっているなんて、考えるだけでおぞましい!」
アンダラとスネアの冷笑が夜気を切り裂いた。
「嘘でしょ……? どうして実の子どもにそこまで言えるのよ……」
エクレアが呟く。その声には悲しみと怒りが混じっていた。
「無駄なことだ。私も散々、愛弟の素晴らしさを話して聞かせたが、全く変わらなかった。あの連中は心が腐りすぎていて、もはやどうしようもない」
ウィン姉がため息混じりに言う。
その声音には、かつて家族だった者たちへの失望が滲んでいた。
「そもそも俺に“ネロを始末しろ”なんて命じてた連中だ。何を言っても無駄だろうよ」
ガイの低い声。その表情には、ほんのわずかに罪悪感が宿っていた。
「大丈夫だよ、ガイ。もうわかってるから」
「スピィ!」
ガイが僕を追放したのも、僕を守るためだった。
ガイだけじゃない。フィアも、セレナも。あの時、誰も僕を見捨ててなんかいなかった。
「――ここは私に任せておけ」
ウィン姉が足を止め、追ってくる紙の鳥を見上げた。アンダラとスネアの姿が風を裂くように迫っている。
「師匠が残るならアイも――」
「駄目だ!」
アイスが足止めを申し出ようとしたその瞬間、僕は思わず叫んでいた。
「それじゃ駄目だ! 皆でここから逃げないと意味がない!」
自分でも驚くほど強い声が出た。けれど、それが本心だった。
「ネロ……そうだよ! ガイを助けに来たのに、代わりに誰かが犠牲になるなんて絶対に駄目!」
「皆でここから出るの!」
「スピィ!」
エクレアとネイトも力強く頷き、スイムは肩の上で小さく跳ねて僕を励ます。
仲間の声が胸に響く。――この絆だけは、誰にも壊させはしない。
「だけどよ……現実的に、全員で逃げきれるのか?」
ザックスが唸るように言う。マキアも険しい表情で唇を噛んでいた。
その時、赤く揺らめく影が夜空を裂いた。
フレアの赤い翼――彼もこちらへ向かってきている。恐ろしいほどの速度だ。このままでは、すぐに追いつかれる。
「――仕方ないな。出来ればこの手は使いたくなかったが、致し方ない」
ウィン姉が静かに息を整え、そして――ひょいっと僕を抱き上げた。
「えっ!? ウィン姉、急にどうしたの!?」
「安心するのだ、愛する弟よ。お前は私が運ぶ。他の者たちは逸れぬよう気をつけろ!」
そう言うと、ウィン姉は剣を掲げ、風を操る魔力を解き放った。
「風魔法・天翔流離!」
瞬間、轟音が大地を揺らした。
爆風が渦を巻き、僕たちの体が宙へと浮かび上がる。
目の前の景色が一気に遠ざかっていく――アクシス家の屋敷も、怒号を上げる追跡者たちの姿も。
「これが……ウィン姉の風魔法……!」
「スピィ~!」
耳をつんざく風切り音の中、僕たちは夜空を駆けるように吹き飛ばされ、遠くへ――。
振り返った時には、もうアクシス家の屋敷は霧の彼方に霞んでいた。
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