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第265話 ウィン VS メドゥーサ

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「――こんなところで倒れているわけにはいかんのだ」


 己に言い聞かせるように呟き、ウィンはゆっくりと立ち上がった。泥と血に塗れた頬を上げると、閉ざしたままの瞼の下で赤い涙が一筋、顎を伝う。


「どういうつもりだい?」


 蛇髪石妃(メドゥーサ)が細めた双眸は、訝しさと嘲りがないまぜになって揺れている。髪の代わりに生えた無数の蛇が「シャアァ」と威嚇しながらも、その主の疑念を代弁しているかのようだ。


「なまじ目があるから頼ってしまう。だったら最初から封じればいい」


 ウィンは静かに笑った。瞼は閉じたまま――自ら指で傷をつけ、視界を絶つという常人には到底及びもつかぬ覚悟を、その血の涙が証明していた。


「は、ははっ。ほんっとバカね!」


 スネアが哄笑する。


「自分で目を潰しておいて、メドゥーサに勝てるとでも? 信じられない!」

「主と同意見だ。自ら死地に近づいたも同然さ」


 メドゥーサも肩をすくめる。だがウィンは片手を掲げ、淡く旋回する魔力の気流を編み出した。


「風魔法・風陣――」


 柔らかな風が庭に展開される。声も効果も静かで、見た目にはただのそよ風にしか映らない。


「そよ風で涼みたいのかい? 余裕ぶってんじゃないよ!」


 メドゥーサが右腕を払うと、石でできた槍が空中に幾本も生成され、複雑な弧を描きながらウィンへ殺到した。


「串刺しにしてしまえ!」


 スネアの高笑いが追い風となる。――だが石槍は、目前で空振りに終わった。ウィンが舞踏のように一歩、半歩と踏み換え、視界を持たぬとは思えない正確さでかわしたのだ。


「ど、どうしてよ! 見えてないはずでしょう!」

「偶然に決まってる!」


 狼狽するスネアを尻目に、メドゥーサは腕を振り上げる。上空に撒き上げた石塊が雨のように降り注ぎ、逃げ道を塞ぐ。


「無駄だ――」


 ウィンは小さく呟き、最小限の動きで石雨をいなした。風陣がつくる微弱な気流の乱れが、近づく物体の位置を克明に教えてくれる。攻撃が来る前に“見える”のだ。


(あと少し……)


 意識の半分で愛剣の所在を探る。風が触れた硬質の感触が、落とした剣の位置を指し示した。


 ウィンは地を蹴った――だがその瞬間。


「バレバレさ!」


 メドゥーサの歓声と同時に、地面から石杭が噴き出し、ウィンの脇腹を深く抉った。


「ぐっ……!」


 鮮血が弧を描く。立っているのがやっとの痛み。しかし握った剣は離さない。


「地中までは読めなかったようだね」


 メドゥーサが口角を吊り上げる。風陣は地表の空気の動きしか拾えない――その弱点を突かれた。


 だがウィンはわずかに笑い、力を込めて剣を投げ放った。高速回転する刃が空を切り、メドゥーサへ一直線。彼女は体をひねり、紙一重で回避する。


「情けないねえ。やぶれかぶれの投擲とは」


 スネアとメドゥーサが同時に嘲笑を漏らす。


「もう終わりよ! メドゥーサ、止めを――」

「フフッ、了解」


 メドゥーサはウィンに近寄り、髪を掴んで引き起こした。爪を伸ばし、喉元へ――


「ハハハ……」


 ウィンの含み笑いが、彼女の嘲弄を遮った。


「気でも触れたか?」

「お前の目には何も見えていない。いや、見ようとしていない」

「メドゥーサ! 後ろ!」


 スネアの悲鳴が木霊する。振り返った時には遅かった。先ほど投げた剣が疾風をまといながら軌道を変え、ブーメランのごとく背後からメドゥーサの首を刈り取った。


 刃が肉を断つ乾いた音。切断面から噴き出した黒緑の血が霧状になって宙に散る。首のない胴がぐらりと揺れ、膝を折った。


「な、なんで……!」


 メドゥーサの頭部は信じられないという表情で口を動かす。ウィンは剣を手元で受け止め、薄く笑う。


「私は風の魔法剣の使い手だ。剣に風を纏わせ操るくらい、目を閉じていてもできるさ」


 首なしの躯が崩れ落ち、魔力の光となって霧散した。同時に、ウィンはその頭部を掴んで放り投げる。


「ほら、返してやる」


 反射で受け止めたスネア。次の瞬間、メドゥーサの石化魔眼が残った余光を放ち――スネアの表情が凍りつく。爪先から肩口まで、瞬く間に灰白色の石となり、悲鳴さえ石粉と化して風に散った。


「大人しくなったな」


 ウィンは溜息混じりに呟き、腰のポーチから回復薬を取り出す。琥珀色の液体を傷口と瞼にかけると、肉が盛り、視界が徐々に霞を脱いだ。


「治せる程度にしておいてよかった。……それにしても、いいオブジェだ」


 石像と化したスネアを一瞥し、満足げに剣の血を払う。そして鞘に収め、肩を回して呼吸を整えた。


「これであとは――愛弟のもとへ向かうだけだ」


 石臭さの混じる風を背に、ウィンは踵を返し、戦場を後にした。

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