だからやめとけって言っただろ
あたし : 猪股 灯里。主人公。高二。
あいつ : 烏丸 達也。幼馴染み。高二。
先輩 : 鮫嶋 栄太。初恋相手。高三。
女狐 : 狐玉 響。女狐。高三。
あたし、恋を、しました。
県内では田舎の方でありながら、水泳ではそこそこに有名な県立高校に通う、あたしこと猪股 灯里は、現在高二。
地元というだけで通うことに決めた高校で、中学から続けて水泳部に入ったあたしは、そこで恋をした。
相手は、違う中学に通っていた鮫嶋 栄太先輩。一年上のイケメンで、性格もイケメンで、成績もイケメ……優秀で、気配りも上手で、指導も上手くて、キスも上手いと評判だ。
……最後の情報は要らなかったけど、それだけにモテて大変なのだという。
今日もまた、朝っぱらから女子から手紙をもらって若干嬉しそうにしながらも、ちょっと困ったような表情が可愛いと感じるあたり、あたしは鮫嶋先輩にかなりのぼせてるんだと思う。
……あの手紙も、ちゃんと読んだ上で断るんだろうな。今は部活に集中したいって理由つけて。
……彼女いるってほんとかな? 仲の良い女子は同級生にも後輩にも部活内にも別の学校にもいるって聞くけど、本命はどうなんだろう?
……あたしも、あたしにも、つけ入る隙が……うーん、言葉が悪いな……ワンチャン、あるかな?
……あー、鮫嶋先輩今日もカッコいいなぁ、イケメン。
夏の暑い日差しの中、今日も少し離れた先輩の視界の外から見つめるあたしを、急に口をふさいで一声掛けてから日陰に引っ張る無粋なヤツが来た。
「おい灯里、朝からストーカーは止めろって何度言ったら分かるんだ?」
口をふさがれた上に耳を食べられてしまうんじゃないかってくらいの至近距離から囁かれて、心臓がはね上がる。
ザワッてくるのに不快に感じないのは、その声が幼馴染みの腐れ縁なあいつだからか。
「朝から失礼なヤツ。あたしのどこがストーカーよ? ぶっ飛ばすわよ? あと、いつまでしがみついてんの? 警察呼ぶわよ?」
「その割に、抵抗しないくせに」
緩く拘束する手を離されたので、振り向けば、少しばつの悪い顔でそっぽ向く幼馴染みの腐れ縁なあいつ。
こいつの名前は烏丸 達也。
特徴がないのが特徴みたいな、没個性の顔をしている。当然モテない。女子からは空気扱い。嫌われてないだけマシな男か。
「これで胸とか触ってくるなら話は別だけど」
にもかかわらずこの男、基本紳士的で、女子に話を聞くと評価は高いのだ。
なのに、気になるとか付き合うとか彼氏とか、そんな話は一切出てこない。だからモテない空気くん。
でも、ごく自然に女子と会話して、笑いあってる姿は、誰とも仲良さげで。……なんかちょっとムカつく。
……で、ありながら、あたしに対しては言葉と表情は雑で嫌そう。しかし、あたしが嫌がることはしない紳士なヤツ。それがこの烏丸という幼馴染みの腐れ縁な男の子。
「鮫嶋先輩はやめとけって言っただろ? ……まあ、見てるのはお前さんの勝手だけど、せめて日陰にしなさい。熱中症になるぞ」
そう、これ。いつも、他人のこと。だから後ろから抱きつかれ (ちょっと誤解を招きそう?)ても、抵抗とかしない。
自分のことはどうなのよ? って詰め寄ったこともあったけど、なんかはぐらかされるし。
……また、不意打ちで聞いてみようか?
「あのさ、ほんと、気を付けろよ? お前さん、ただでさえ可愛いんだから。ボケッとしてると変なことに巻き込まれるぞ?」
……可愛い? いやそれより、変なことってなにさ? おいこら、目ぇ逸らすな。
「ちょっと、タツ? 変なことってなによ? ねえ、タツ?」
体で圧を掛けようと迫れば、タツはその分後ずさり、校舎の壁に追い詰めて手をついてやれば、中学の頃から感じるようになった身長差をまた感じてしまい、なんだか悔しくなる。
「ちょっと、タツ、目ぇ合わせなさい」
「灯里、落ち着け、近い」
「落ち着くもなにも、タツがっ」
「なによあんたら。朝っぱらからイチャついてんじゃないわよ。……ああ、もしかして見せつけてんの?」
からかうような声……いや、絶対からかってるニヤニヤ笑いの声に振り向けば、想像通りの表情のクラスメイトの女子。
……名前なんだっけ? ド忘れした。
「あんまり見せつけると、チクるわよ?」
「い、イチャついてないしっ!」
「……そうは見えないってことよ。ねぇ、ほんと、気を付けなさいよ? 烏丸のこと見てる女子って結構いるんだから」
ニヤニヤ笑いから一転して、真剣な表情になる彼女は、言うだけ言ったら手を振って校舎へ行ってしまった。
……もう、なんなのさ。
「……えーと、灯里。そろそろ時間だから、俺たちも行こう」
「あ、うん」
なぜか、タツのシャツを掴んだままの手を離して、朝の校舎へと行くのだった。
※※※
隣町に住む鮫嶋先輩は、県内でもそこそこに有名な水泳の強豪校と言われるあたしの地元の高校に通っている。
その学校が夏休みになると、授業はないけれど部活はあるので、変わらず登校してくる。自転車に乗って。
距離にして10kmは離れている隣町から、わざわざ自転車で通うのは、体を鍛えるためだという。
強豪校といっても、きつい練習を嫌がる生徒が多く、人数自体は二十人ほどしかいない。一年生から三年生まで男女合わせて、だ。
部活としては小規模。でも、毎年県大会でも良い成績を残せる程度には、みんな本気で取り組んでいた。
「おはようございます鮫嶋先輩。これ、どうぞ」
で、部活におけるあたしの日課は、一人だけ隣町から通う鮫嶋先輩へ、自費で用意したスポーツドリンクを渡すこと。
「サンキュー助かるあかりっち。いつもほんと助かるよ」
くしゃっと雑にあたしの頭を撫でる先輩。これは別に、あたしだけではなく、誰にでもそうだ。
でも、髪の長い相手には、あまり雑には撫でないらしい。
と、いうのも、
「おはよう、鮫嶋くん。猪股ちゃん、ご苦労さま」
こいつだ。この女狐だ。
狐玉 響。鮫嶋先輩と同級生で幼馴染みで仲が良いとされている、目が細めの狐っぽい先輩。
生まれも育ちも日本だという狐玉先輩の髪は、母親が外国人という親の影響で地毛が金に近い茶髪だし、彫りの深い目鼻立ちはヨーロッパ風の美人顔。その上、男はみんな鼻を伸ばすわがままボディでありながら、腰は括れていてプロポーションも完璧。
さらに言うと、あたしより背も高いし胸も大きい。
スポーツマン風のイケメンと、モデルじみた美女とでお似合いだとあたしも思う。
「……いえ、狐玉先輩もお疲れさまです」
長い金髪を、普段は一つに括っている狐玉先輩は、その名字や細めの目もあって、あたしは女狐と呼んでいる。心の中で。
私も一つもらうわね。と、部費で用意した方のスポーツドリンクを持っていく女狐先輩。
鮫嶋先輩用に、1本だけ別のスポーツドリンクを用意しているの、この人には……というか、鮫嶋先輩以外にはバレてるっぽい。
でも、誰も指摘しないし。そんなら、1本だけ自費で用意し続けても問題ないだろう。たぶん。
……影で誰かが何か言ってるかもしれないけど。
「お疲れ」
また、死角から忍び寄って耳元で声をかけるのは、間違いなくあいつ。
「なによ、タツ? 普通に挨拶できないの?」
声で分かるのだから、離れることも飛びはねることもないし。
……けれど、毎回ビックリするから、やめてほしい。
「前にも言ったけどさ、鮫嶋先輩はやめといた方がいい」
「……なんでさ?」
露骨に、不機嫌です! と表情で示してみせる。
この男、やめとけと言う割に、その理由を絶対言わない。
こちとら初恋だよ? 理由も無しに諦められるわけないじゃん。
「なんでって……。はぁ、教えない。自分で気づけ」
「はあ? あのさタツ、ふざけてる? あたしはっ」
「ハイハイそこまで~。猪股ちゃん、もらってくよ」
ちょっと険悪な空気になりかけたところ、気持ち悪い猫なで声を出す別クラスの同学年男子 (チャラ男)に横やりを入れられる。
名前は忘れた。興味もないし。
「ハイドウゾ」
淡々と、チャラ男にスポーツドリンクを手渡す。
こいつは色々キモいので、できるだけ近づきたくない。
部活顧問の指導で、水分補給は欠かすなということで部費で用意していなければ、誰がこんなヤツにってくらい。
そんくらいキモくて嫌い。
暑い夏の日の部活。それでも、視線を氷点下にして睨み返せば、肩をすくめて部室に行った。
「あ、猪股先輩、毎日すいません。代わりますね」
「うん、お願いね」
しきりに恐縮する後輩ちゃんがやっと来たので、あとは任せることにする。
あたしもちゃんと水分補給してから、水着に着替えに、部室へと入っていった。
さあ、泳ぐぞ。これでも、次期主力なんだし。
※※※
「やあ、猪股ちゃん。用ってなに?」
部活の終わりに、いつもさっさと帰る鮫嶋先輩を捕まえて、ちょっと人気の……いやいや、人目からちょっと離れた場所に引っ張る。
「あ、あの、鮫嶋先輩」
「うん」
落ち着け、何度も練習しただろ。
「その、ここの地元で、夏祭りやる話、知ってます?」
「ああ、聞いた。祭りとかうちの地元じゃやらないから、羨ましいな」
のほほんとしている鮫嶋先輩。
うー、こっちはドキドキしてしんどいのに……。
「その、夏祭り、い、一緒に、行きませんかっ!?」
「……ああ、うん。俺でいいなら」
……ビックリした。断られるかと思った。
だから、つい、詰め寄ってしまう。
「ほんとです!? ほんとに、あたしと?」
「ああ、いいよ。俺で後悔しないなら」
後悔? するわけない。一年とちょっと煮詰めてきた初恋が実るかもしれないんだ。
……後悔なんて、するわけない。
……でも、なんで、達也の顔が浮かぶんだろう……。
※※※
「お母さーん、変じゃ、ない?」
夏祭り当日の夕暮れ時、浴衣に着替えたあたしは、変なとこないか何度も確認した上で、お母さんに何度も見てもらう。
普段着けない髪止めとか着けてるし、なんど鏡を覗いても不安は晴れない。
「不安なのは分かるけど、ちゃんと可愛いわよ?」
「そうかなー?」
ため息混じりに、それでもちゃんと応えてくれるお母さんに礼を言ったら、なぜか追加でお小遣いをもらった。
「告白するんでしょ?」
「う、うん」
多めの臨時お小遣いを手渡しつつ、急に真剣な顔になるお母さんに、ちょっとビビりながらもなんとか返事する。
「じゃあ、頑張んなさい。女も、度胸が必要よ!」
そういって、ペシッと軽く背中をはたかれた。
「じゃあ、よろしくね、達也くん」
………………えっ。な、なんでタツが……。
「や、その、おばさんに頼まれた。うちの両親からも。だから、送迎はやるから」
「……うん、で、なに?」
なんだか、いつもより熱っぽく見つめてくるタツに、なんだか居心地が悪くなるというか、変な感じになって雑に聞いてしまう。
「いやその、いつもよりきれいで可愛いなって。浴衣も髪止めも似合ってるし、可愛い」
「…………うん、ひゃっ」
可愛いを二度言われて、ドキッとしてうまく返事できなかったけど、ひとまずお気に入りの靴を履こうとして、つんのめってタツに突撃してしまう。
「灯里、大丈夫?」
……大丈夫じゃ、ない。
…………なんか、分かんないけど
………………分かんないけど、ドキドキする。
……………………なんで、だろ?
「大丈夫? 灯里? どっか痛い?」
「……えっと、たぶん……。あ、だ、大丈夫」
「なら、そろそろ行こうか」
「う、うん」
タツから離れるのに、少しの時間が必要だった。
タツに抱き締められて、落ち着くために深呼吸すれば、一度汗を流してきたのか、なんか、シャンプーかボディーソープかなんかの匂いと、少しの汗の匂いがして。
なんか分かんないけど、ドキドキしたから。
※※※
夕方のチャイムに合わせて、祭りは始まる。会場の方では、毎年偉い人や年寄りの挨拶から始まって、地元小学生のヨサコイ、中学生の創作太鼓など、それなりの演目を披露してから、花火を打ち上げて締めにする。
祭りの会場は、小高い山の上の神社で、敷地は結構な広さ。そのため、山の麓から打ち上げる花火は、祭り会場からだと結構近くて迫力がある。
夕方のチャイムまであと10分。
約束の時間にはまだちょっと早いけれど、鮫嶋先輩との待ち合わせ場所に行くことにする。
「灯里、最終確認だけど」
神妙なタツの顔に、なにを言われるか予想できてしまう。
「鮫嶋先輩は、やめとけ」
「ねえ、タツ?」
だから、あたしも。
「もし、タツに好きな人ができて、他の人からやめとけって言われたら、諦める?」
言われたタツは、少しだけ目を閉じたあと、目を見開いて。
「………………いや、諦めない。諦めたくない。当たって砕けて落ち込んで泣く」
時間はかかったけど、しっかりあたしの目を見て返事してくれたタツに、あたしも真剣に返す。
「これは、この恋は、あたしにとって初恋だから。初恋は実らないって言うけど、そんなの、やってみないと分かんないじゃん。だから、砕けるかもしれないけど、やってみるよ」
「………………そうか。そこまで言うなら、当たってこい」
それでも、砕けろとは言わないんだよね。
そういう優しいところはほんと好き。
ねぇ、そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって。
たとえこの恋が実らなくても、あんたのせいにはしないから。
※※※
神社の敷地の端の方。物置に使っているという古い小屋の一角を待ち合わせ場所にしていた。
待ち合わせまであと5分。
ちょっと遅れたかもと思っていると、鮫嶋先輩は既に待っていた。
これは申し訳ないと、声を掛けようとしたら、誰かの声が聞こえてくる。
慌てて物陰に隠れて、静かに覗き込んで声の主を確認する。そこには、鮫嶋先輩と狐玉先輩。
噂どおりなら、鮫嶋先輩と狐玉先輩は幼馴染みという。
なら、狐玉先輩は電車通学なのかな? と、現実逃避してしまうが……。
「……っ!?」
神社の端の方といっても、敷地内には変わりなく、わずかに照明はある。
その、頼りない照明に照らされて、抱き合ってキスする二人は、まるで、舞台の主人公のようで。
まるで、恋人同士のように、情熱的なキスを交わす二人に、割って入る隙など見当たらなかった。
「はぁ、もう、そろそろ時間だぞ響。俺はこれから可愛い後輩をフらなきゃならないんだ」
「ふふっ、その様子、特等席で眺めてるわ♪」
「趣味が悪いぞ。可愛い後輩が泣くところを見たいのか?」
「あら、可愛いからこそよ。私の栄太に色目使って。いい気味だわ。泣かせてあげなさいよ」
「響、お前な」
「栄太も、なんで断らなかったの? こんな人気のないところを待ち合わせにしたんだから、ワンチャンあるかもって期待したんでしょ? …………私のこと、飽きた?」
「……響、お前な。……飽きるわけないだろ? 可愛い恋人のことだぞ。飽きるわけない。……でも正直、猪股ちゃんとワンチャンあるかもって期待はしてた。だから、用意も、な」
「あら、じゃあ、見せつけてあげましょうよ。私たちの間に割り込む隙間なんてないってことを。あのピュア可愛い女狐ちゃんに♪」
「お前ってヤツは、本当にっ!」
「やぁんっ♪」
二人が、抱き合ったまま物置にはいって、そして、
突然後ろから抱き締められて、手で口をそっと塞がれる。
「だからやめとけって言っただろ」
聞き慣れたあいつの声に、体の強ばりもほぐれて、力が抜ける。
「……帰ろう」
幼馴染みに耳元で囁かれて、それに頷くしかできなくて。
盛り上がってる二人に、気づかれる前に帰ろう。
あたしの初恋は、こうして、当たる前に砕けて散った。
……正直、ショックが大きすぎて、達也に掴まってないとまともに歩けない。
「こうなると思った」
達也は、分かっていたみたいだ。こうなることを。……だったらさ、
「……だったら、教えてくれても良かったじゃん……。あたし、バカみたい……」
視界が歪む。くそ、泣くな、あたし。せめて家までは。
「言えるかよ。初恋の相手が、他の男に熱上げてんだから。……ちょっとだけ、ざまあみろって思ってる」
「なにそれ、ひどっ。ちゃんとコクってちゃんとフられる前に無惨に引き裂かれた傷心のあたしに、ひどくない?」
「惚れた相手が、他のヤツのモノになりそうだったんだぞ。俺がどれだけ、気を揉んだか」
「ひどいー。あたしの幼馴染みがひどいー」
「悪い。今だけだから。明日からちゃんとするから。俺のこと見てもらえるように頑張るから」
「…………バカ」
「ごめん、言いすぎた。謝るし、償うから、許してくれ。今ならなんでもする。犯罪以外なら」
「言ったな、このバカ。さりげなくコクるし」
ぐいと引っ張って、正面から見つめ合う。
「言ったよ。お前の、灯里のことが好きだから。他のヤツに傷つけられるくらいなら、俺がめちゃめちゃにしてやりたい」
「こんの、バカ……」
人目もはばからず、抱き合ってキスした。
祭り会場から離れたから、どうせ誰も見ていないと思うし。
「ちっ」
突然聞こえた舌打ちに驚いて達也から離れる。
「……はぁ、その様子だと、砕けたみたいね。ちゃんとぶち当たった? 彼女がいる相手に横恋慕とか、バカみたいと思ってたけど」
振り向いた先にいたのは、ものっすごい嫌そうな顔の、クラスメイトの女子。
……やべ、名前なんだっけ? またド忘れして出てこないや。
「あー、烏丸くん、一応ゆっとく。あたし、あんたのこと結構好きなんだけどさ」
「…………すまない、中村さん。俺は、灯里のことが好きなんだ。ずっと好きだった。ずっと惚れてたんだ。だからごめん。中村さんのことはクラスメイト以上としては見れない」
「ん、知ってた。でも、面と向かっていわれると、やっぱキツいね……」
あ、うん。あたしもついさっき思い知ったばかりだから、その気持ち分かるぞ、中村某。
「これできれいさっぱり諦めるからさ、またクラスメイトとして対応してよ」
「……ああ、ごめん……」
「分かったから、もう謝るな。なんか惨めになってくる……」
「それは、本当にすまん……」
「分かったって。じゃあね、お幸せに」
あたしをおいてけぼりにするなと言いたいけれど、空気を読んだつもりになって黙ってた。……もしかして、あたしもごめんゆった方が良かった?
「…………はぁぁぁっ」
「タツ、大丈夫?」
「ん、その、キツい。フるのも、思ってた以上にキツい」
シャツの胸元を握りしめるタツが見てられなくなって、思わずタツの胸元をさすりながら声をかける。
「タツ、帰ろう?」
あたし自身驚くくらい切羽詰まった声が出て、タツも驚いたようだ。
でも、すぐに微笑んで。
「ああ、帰ろう」
タツの方から手を差し出して、二人して、指を絡める恋人繋ぎして、一緒に家に帰った。
真夏の夜に、初恋は、当たる前に無惨に砕けて散ったけれど。
それ以上に大切なものを手に入れたのかもしれなかった。
……いや、気づいただけかな。
二人同時に、まだ少し明るさの残る夜空を見上げてみれば。
少しだけ欠けた月と、一番星とが、明るく輝いていた。
バカップルと言われるようになるのは、少しだけ先の話。