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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

何考えてんのか分からない

作者: 井花海月


「お前ってほんと、何考えてんのか分かんねぇよな」


 それが、クラスメイトの藤井の口癖だった。


「そうかな?」

「ああ、正直気味わりーぜ」


 先月、この学校に転校してきてから、この藤井という男にずっと言われ続けている。

 藤井は高身長のイケメンといった風貌で、対する僕は典型的な眼鏡オタクっぽいなよなよした格好をしている。

 そんな僕に、どうしてこの藤井という男が関わってくる必要があるのか理解できないでいた。


「藤井、鈴木のことなんてどうだっていいじゃん」


 そこへ、藤井の肩をぽんっと叩く金髪のギャル。

 名前は忘れてしまったが、藤井の彼女だった気がする。


「あ、ああ……最近、この近くにクレープ屋ができたみたいだし、食いに行こうぜ」

「それ私も言おうと思ってた! 藤井ったら分かってるぅ!」


 ギャルの登場により、藤井と肩を組んで談笑しながら教室を出て行った。

 なんにせよ、面倒な絡みから解放されたようで、安堵の息を吐くと鞄を肩にかけて椅子から立ち上がる。


「やっほ! 転校生くん!」


 そこへ、藤井と入れ替わるように教室に入ってきたのは、椎名だった。


 椎名春菜。

 いつも元気で動き回るため、常に揺れているポニーテールが特徴的で、転校生とはいえ別クラスの僕に気さくに話しかけてくる変わり者の少女だ。


「もう、相変わらず、とぼけた顔をしちゃって」


 あははと笑い、ぽんぽんっと僕の肩を叩いてくる。


「いや別に……てか、まだ転校生呼びなんだな」


 もう転校してきて一ヶ月なのだから、藤井を除いて僕に興味を持つ人間もいなくなったくらいの時期だ。


「んー、なんか転校生くんって感じがするんだよねー!」

「どんな感じだよ……」

「よし、それなら名前で呼ぼう。山田くん!」

「鈴木です」


 これだけ話しかけてきておいて、名前も知らなかったのかこの子は。


「鈴木ィ? 贅沢な名だねぇ、お前は今日から鳳凰院だよ」

「この上なく贅沢な名前になったな」

「あはは。鈴木くんはノリがいいね!」


 別に普通だと思うんだけど……。


「あれ、鈴木くん。メガネがズレてるよ」


 僕の目に向かって、すぅっと手を伸ばしてくる椎名。


「いいよ。自分で直せるから」


 そんな手を拒んでメガネをかけ直すと、彼女はほんの一瞬だけ不愉快そうな顔を浮かべるものの、すぐに笑顔に戻り、


「さて帰ろう、転校生くん!」

「結局、その名前に戻るんだ?」


 初めて会った時からそうだったが、椎名の無邪気な表情と、このマイペースさは違和感すらあるものだった。

 クラスメイトならまだしも、別クラスでいきなり僕の前にやってきて、教室案内をしてくれたばかりか「困ったことがあったら相談してね」とやけに親身に近寄ってくる。


 とんでもない世話焼きなのか、それとも……。


 藤井っぽくいうと、『何考えてんのか分からない』ってやつだ。



 ☆



 昼休み。

 いつも通り焼きそばパンを咀嚼していると、藤井が僕の前にやってくる。


「……」


 随分と苛立った様子である。


「……どうしたの?」


 僕の焼きそばパンを食べる姿が気に障ったのだろうか。そうだとしたら、気の小さい男大賞を受賞できるだろう。


「……放課後、屋上で話がある」


 藤井はそれだけ言い捨てると、僕の席を後にした。

 放課後に屋上で話って、いったい何のつもりだろう。

 まさか、藤井が告白してきてBL展開なんてことはないだろうし……。


「やっほ、鳳凰院くん!」

「呼び方統一してくれよ……」


 他クラスだろうとお構いなしに、僕の前に現れる椎名。


「よかったらお昼一緒に……って、もう食べちゃってるのね」

「うん、もうすぐ食べ終わるところだよ」


 少し残念そうに口を尖らせた後、彼女は空になった焼きそばパンの袋に目を向ける。


「今日もパンなの?」

「ああ。ここにきてから、ずっとパンだ」

「えーっ!? そんなんじゃ栄養失調で死んじゃうよ!」

「大丈夫だ、栄養には問題ない」

「あるよ! 糖質と脂質の塊だよ! ……あ、そうだ」


 何かを思いついたように、人差し指を立て、


「そういうことなら今夜、私が君に手料理を振舞ってあげよう!」

「え?」


 唖然とした声を上げたのは、僕だけではなく、近くで話していた男子もだった。


 椎名の手料理……だと?


 彼女は女子の中でも容姿レベルはかなり高い方だと思う。

 こう話しているだけでも目をつけられる可能性があるのに、昨日は下校して、今日は手料理……僕はいつからリア充男子になったのだ。


「大丈夫、私料理は上手いから! それじゃ、放課後にまた!」

「あ……ちょっと!」


 静止も聞かず、ドタドタと教室を出ていく椎名。相変わらずマイペースな人だ。

 周囲を見渡すと、気に入らないと言った様子の目線を送ってくる男子一同。


 やれやれ困ったな……僕は目立たないように学園生活を送るつもりだったのに。


 ☆


「それで、話って?」

「……くりゃあ、分かる」


 放課後、HRが終わると同時に藤井と共に屋上に向かう。

 彼の顔つきは険しく、チラチラとこちらを睨んでくる。


「もしかして、椎名のこと?」


 階段を上がりながら、思い当たった節を尋ねると「はあ?」と怪訝な顔をされる。


「アレは全く関係ねぇよ」

「アレって……」


 藤井が彼女に好意を抱いていて、今日の件で嫉妬しているのかと思ったが見当違いだったようだ。


 屋上の扉を閉め、誰もいないことを確認すると、改めてといった様子でこちらに向き直る藤井。


「……俺はここ一ヶ月、お前が何考えてんのか分からないって話をしたよな」

「そう、だね」


 なんだろう……今、空気が少しピリッとしたような……。


「何考えてんのか分からない……それはおかしい話なんだ」


 見間違いかと思った。

 藤井の目と口が、徐々に吊り上がっていく。



「どうして『人の心を読める』俺が、お前の思考だけは読むことができない」


 ビキビキと音を立て、藤井の顔にヒビが入っていく。


「俺ともう一人、お前の偵察をやってる奴がいるんだが、やはり考えを読むことは出来ないとの報告だった」


 そして、脱皮でもするかのように人間の皮を剥ぎ捨てた。


「そこで俺は、思考の読めないお前を放置するのは危険だと判断した」


 気がつけば、そこに立っていたのは藤井とは似ても似つかない化け物だった。

 巨大な目玉が三つ僕を見据え、鋭い牙からは何メートルもある舌が伸びている。


「悪いが、お前を排除させてもらう。心配するな、お前が死んでも、俺の仲間がお前に成り代わって生活してやるからよ」

「そ、そんな……」

「へへへ、恐怖で声もでねぇか? 今、俺たちの地球制圧計画は順調なんだ。邪魔されるわけにはいかねぇ。ここで死んでもら……」



「とんでもない。待ってたんだ」



 僕はメガネ……いや、メガネ型対エイリアンデバイスを外す。


「なっ……!? お前、まさか……!!」


 このメガネ型対エイリアンデバイスは、つけている間はエイリアンの思考を読み取る能力を一切遮断することができる。

 そして、デバイスを外したことにより僕の思考が奴の頭に流れ込んできたのだろう。今度は奴が驚愕の声を上げる番だ。


「そうだ。僕はお前らエイリアンによって支配された未来から地球を取り戻すためにやってきた戦士。自ら正体を表すとは、探る手間が省けたよ」


 藤井の正体がエイリアンだと分かった以上、奴を生かしておく理由はない。


 この怯んだ隙を見逃すことなく、腰から対エイリアン用に作られたベータガンを取り出すと、引き金を引く。


「ベータガン!」

「ギャァアアアアッ!!」


 ベータガンの直接射撃を受けたエイリアンの姿は一瞬にしてコナゴナになり、跡形もなく崩れ去る。

 流石はエイリアンを殺すために作られた兵器、ベータガンの威力は奴らにとって絶大だ。



 僕は、このエイリアンの侵略を止めるべく、この時代へとやってきた。


 奴らは人間の姿をし、平然と僕たちの人生に干渉し、やがて支配していく。

 その手段は様々で、政治で人々を扇動したり、アイドルとしてファンを集めたりと、ゆっくり確実に数を増やし、侵略していくのが奴等のやり方だ。

 僕の両親も、僕の外見に変身したエイリアンに騙されて殺された。


 この時代はほとんどエイリアンの干渉があるようには思えないが、情報では誰がエイリアンでもおかしくはないほどに侵略が進んでいるようだ。

 つまり、誰がエイリアンでもおかしくはないということで……。


「あれ……鈴木くん?」


 がちゃりと屋上の扉が開き、ひょこっと顔を覗かせる彼女の姿に、慌ててベータガンを隠す。


「し、椎名……どうして、ここが?」

「うーん、偶然かな!」


 おどけたムードを醸し出し、誤魔化すように笑う彼女だが、偶然にしちゃあ出来過ぎではないだろうか。


「ねね、そんなことより、早くキミの家に行こ?」

「あ、あぁ……」


 そういえば、今夜は椎名が手料理を振る舞ってくれるって話だったな。

 しばらく栄養のない冷めた飯ばかりだったから、暖かいハンバーグなんかが食べたい。


「分かった! ハンバーグだね!?」

「え?」

「……あ、あはは! 鈴木くんは分かりやすいんだよ。顔にハンバーグが食べたいって書いてあるよ!」


 すっかり忘れていたが、さっきの藤井と交戦した時から、対エイリアンデバイスのメガネを外したままだったことを思い出す。


「そうと決まれば、買い出しに行こう。スーパーまで競争だー!」


 ご機嫌な様子で、こちらに背を向けて歩き出す椎名の方を見据え、僕はメガネをかけ直し、腰にゆっくりと手を伸ばす。



 どうしてキミは、僕が屋上にいるって分かったんだ?


 どうしてキミは、僕がハンバーグが食べたいって分かったんだ?


 どうしてキミは……僕に優しくするんだ?




『忘れるな。奴らは平然と、親しげに私たちの生活に侵食し、油断したところで容赦なく命を奪う』


 両親の死後、育て親になってくれた師匠の言葉を思い出す。

 師匠の言葉はいつだって正しく、エイリアンの犠牲者はいつも、油断した人間だった。


『疑わしきは罰しろ。多少の犠牲を払ってでも、世界を救ってくれ』


 過去に行く前、師匠から受け取った言葉だ。


「キミも……キミまでも……なのか……?」


 もはや声にすらほとんど出ていないほどに、僕の喉から震える声が漏れ出る。


 彼女と出会った一ヶ月前から、今日に至るまでの記憶が、フラッシュバックする。


 キミが僕に向けてくれた笑顔は、本物なのかい……?


 初めて出会った時からそうだった。


 キミは本当に、何考えてんのか分からない。


 本当はキミが、初めから疑わしくてたまらなかったんだ。


 キミがエイリアンだというなら、キミほど人の心を抉ることに、優れた奴はいないよ。


 ベータガンを握る手が震える。


 このベータガンは、対エイリアン用に作られたものだから、エイリアンが相手であれば先程のように一瞬で溶かすことができる。


 でももし、彼女がエイリアンではなく、人間であったなら、僕は彼女の亡骸を抱えて一生後悔しながら生きることになるだろう。


 もし、奇跡が起これば助かるかもしれないけど……いやよせ、こんな甘っちょろい考えだから、僕の同期は殺されたんじゃないか。



 そうだ。

 僕は使命を果たさなくてはいけない。


 そのためなら、多少の……多少の犠牲は払わなくちゃいけないんだ。


「……鈴木くん?」


 彼女が足を止め、こちらを振り向こうとする。


 やると決めたからには、一瞬の躊躇もしてはならない。


 何度も訓練で教わり、エイリアンとの戦闘でも幾度となく繰り返してきた動作だ。


 ただいつもと違うのは、視界の先が水で溢れてよく見えないということだけだが、この至近距離なら問題はない。


 彼女の体に銃口を向けるのと、彼女がこちらを振り向いたのは同時だった。



「……なんで、泣いてるの?」







 ーーそして、引き金を引いた。



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