銀色と藤色
Restart:双子の星を受けし者たち(https://ncode.syosetu.com/n9027go/)のサブストーリーです。
こちらを読んでからお読みください。
「ともー。今日泊まりに言っていい?」
「あ、ごめん。泊まりはちょっと。」
「なに?とも、いつも泊めてくれないよね。彼氏でもいるの?」
「いませんて。いないけど、泊まりはごめんね。」
「まあいいけどね。彼氏できたら教えてね。『寄居朋に彼氏ができましたー』って祝福するからさ。」
「あ、あはは。ありがとう。」
大学に入って私は一人暮らしを始めた。女友達なら家に遊びに来てもらっても構わないのだが、どうしても夜にやることがあるため、泊まってもらうのだけは断っていた。
どうしても夜にやること、それは、22時からのゲーム「トレジャーディスカバリー」だ。宝探しゲームだが、宝を獲得するためにはボスを倒さなくてはならない。そのためにパーティを組んで挑むのだが、その集合時間が22時なのだ。
『銀さん、今日はどうしますか?』
『今日は、山の上の怪鳥を倒してみますか。あそこのトレジャーは誰も取ったことがないみたいです。』
私たちは、5人のパーティだが、私はそのパーティのリーダーだ。キャラクター設定は男性キャラで、名前は『銀』。女性キャラだとなめられて、全然言うことを聞いてくれなかったことがあり、それ以来男性キャラでプレイしている。
『銀ちゃん、今日も調子良さそうね。』
私と一番仲の良いお友達『ウィステリア』ちゃん。大学一年から一緒にプレイしているから、かれこれ3年くらい一緒のパーティでプレイしている。この子が本当にいい子で、必ず時間には来てくれるし、攻撃力は無いのだけど、回復のタイミングがバッチリでパーティではかなり重宝している。見た目もめっちゃ可愛い女の子だ。
『うん。ウィステリアちゃん。今日も来てくれてありがとうね。』
『私は銀ちゃんと遊ぶのが楽しいからね。いつもありがとう、リーダー。』
ううっ、なんていい子なんだ。
こうして、私は毎日このゲームで遊んでいる。もともとゲームが好きで、一人で「桃太郎電鉄」をやるのが好きだった。友達とやっていても楽しいけれど、貧乏神の擦り付け合いでケンカになったことがあって、一人でやるのが気楽で良いと思っている。そして、毎回スリの銀次にお金を掏られ、一人でやっていても負けてしまう、そんなシビアなゲームが好きだった。スリの銀次から、キャラクターネームは『銀』にした。この名前なら男性キャラでも問題ない。
この日は、山の上の怪鳥を倒してトレジャーをゲットした。かなりの高得点で、本日の高得点パーティの上位にランクインした。
『みんな、今日もありがとう。お疲れさまでした。』
本日のゲーム終了です。
『ねぇ、銀ちゃん。』
あれ、ウィステリアちゃんが残っている。
『ウィステリアちゃん、どうした?』
『ずっと気になっていたんだけどさぁ…』
ずっと気になっていた?何だろう。
『何?どうしたの?』
『…銀ちゃんてさ、女性でしょ?』
は?なぜそう思う?私、頑張って男性キャラ演じていたでしょ?
『な、なにを言っているのかな?僕は…』
『わかるよ。言葉の優しさとか、気の使い方とかが女性っぽいもん。』
『…みんなには内緒にしてもらえる?』
『やっぱり女性なんだね。そっか。私は銀ちゃんが男性でも女性でも、小学生でもお年寄りでも、変わらずお友達だけどね。』
ウィステリアちゃん。やっぱりいい子。
『じゃあ、銀ちゃんが素直に認めてくれたので正直に言うけど、私は男性だよ。』
は?ウィステリアちゃんが男性?またまたご冗談を。いや、でも私が男性を演じていたように、この人もずっと女性を演じていたのか。恐るべしネットの世界。
『そうだったの?全然気付かなかった。』
『また明日ね、銀ちゃん。』
そう言ってウィステリアちゃんはログアウトしていった。その日以来、男性キャラを演じるのが何となくぎこちなくなってしまった。
『ねぇ、銀ちゃん。』
この日も、トレジャーをゲットして解散した後、ウィステリアちゃんだけ残っていた。
『どうしたの?ウィステリアちゃん。』
『俺は、銀ちゃんのことが好きだよ。ずっと一緒にやってきて、銀ちゃんが女性だって正直に話してくれて、友達から一歩先に行きたいって思っちゃった。今度一緒に会わない?』
…私がネットゲームをプレイするにあたり、現実世界で会うことだけはやってはいけないと心に決めていた。ネットで知り合った人たちが事件になることは多々あるが、ゲームの世界で演じている自分と、素の自分とのギャップを見られたくないからだ。ゲームの世界の自分と、現実世界の自分、どっちの自分が素なのかはわからないけれど…。
『ごめん。それだけは、できない。でも、ウィステリアちゃんが嫌いとかそう言うわけではなくて、私もウィステリアちゃんのこと大好きだよ。でも、ずっと女性だと思っていたし…。』
『そっか。そうだよね。わかったよ。』
翌日、ウィステリアちゃんは来なかった。その翌日も来なかった。私は、毎日ゲームの時間を楽しみに過ごしていた。それが、ウィステリアちゃんが来なくなって、楽しさを失ってしまった。心の「楽しい」と感じる場所にぽかんと穴が開いてしまった感覚だ。ゲームが楽しかったんじゃない、ウィステリアちゃんと過ごすのが楽しかったんだ。ずっと女性だと思って、友人として接してきたけれど、失恋するってこんな感覚なのかな。
心に空いた寂しさを抱えながら、数日過ごした。
そして、ずっと病で入院していた母が亡くなった知らせを受けた。唯一の肉親だった。寂しさに寂しさが重なって、もうゲームどころでは無くなってしまった。
一週間ぶりに大学に行くと、友人が明るく声をかけてくれた。
「ともー。断られるってわかっているけど、今日泊まりに行っていい?」
「…いいよ。」
「え?いいの?」
「うん。いいよ。」
もうゲームもやっていない。一人で家にいても寂しさでいっぱいになる。
「この前さぁ、初めてナンパされたよ。」
「えっ、ナンパ?」
「今どき?って感じだよね。もちろんお断りしたけど、なかなかのイケメンだったよ。普通にモテそうなのに何でナンパなんてしているんだろうって感じだった。」
「…気を付けてよね。変な人多いから。」
それから、私はネットゲームとは無縁となり、大学を卒業して普通に就職して会社員として働いていた。そんな普通の会社員に声がかかったのは、入社2年目の夏だった。急に呼び出され、応接室に向かうと、二人の男性がいた。
「初めまして。木村と申します。寄居さんに折り入ってお話がありまして、こちらにお邪魔させていただきました。」
これが、私と木村さんとの最初の出会いだった。
「この方も、先ほど話をして同行してもらうために来てもらっています。寄居さんも一緒に来ていただけますか?」
木村さんの話は信じがたかったが、私はちらっと木村さんの隣にいる青年に目を向けた。この人も同じように話を受けて、信じて付いてきている。詳しく話を聞いてみてもいいかもしれない。少し離れていたけれど、私はゲームが大好きだ。魔法が使えるなんて夢のような話だ。
こうして、私は木村さんのスカウトを受け、政府の機関の一員となった。
俺の名前は藤島享。カーディーラーの営業マンとして働いている。ずっとまじめに働いているが、最近ハマっているゲームがある。「トレジャーディスカバリー」というゲームで、宝探しゲームだ。宝探しと言っても、宝を獲得するにはちょっとしたボスを倒す必要がある。そのために、パーティを組んでボスに挑むのだが、「かわいい」という理由だけで女性キャラで始めてしまった俺は、戦力としては無に等しく、パーティから追い出されないために回復だけはしっかりやっていた。このパーティは強いメンバーが集まっていて、ようやく見つけた俺に最適のパーティなのだ。特にリーダーがしっかりしていて、指示も的確、たかが5人のパーティで上位にランクインするくらいだ。リーダーと仲良くしておくためにも、このまま女性キャラを貫こう。
『銀ちゃん、今日も調子良さそうね。』
「銀」と言うのはリーダーの名前だ。リーダーは男性キャラで弓使い。きちんと毎日22時には参加してくれて、俺と一緒に遊んでくれる。
『うん。ウィステリアちゃん。今日も来てくれてありがとうね。』
「ウィステリア」という名前は、本名藤島享の「藤」から取っている。
『私は銀ちゃんと遊ぶのが楽しいからね。いつもありがとう、リーダー。』
これは本音だ。3年間ずっと一緒に「トレジャーディスカバリー」で遊んできた。俺たちは他のメンバーが用事で来られない時も必ず一緒にプレイし続けてきた。リーダーと話すのは楽しかったし、仕事でどんなに嫌なことがあっても、このゲームの世界に遊びに来れば忘れられた。実は、ずっと気になっていたことがあった。ある日、かなりの強敵と噂されたドラゴンのボスがいた。そのボスをようやく倒したときに、リーダーが俺に言ってくれた一言だ。
『ウィステリアちゃん、回復いつもありがとう。君がいるから、俺たちのパーティは5人でもこんなに強いボスを倒せるのよ。本当に嬉しいわ。』
本当に嬉しかったのだろう。興奮して入力した文章は語尾が女性になっていた。それ以来、俺は銀ちゃんを女性だと意識していた。そう意識すると、言葉や気遣いに女性らしさを感じる。だけど、銀ちゃんはずっと男性を演じていたから、そのまま気付かないふりをしていた。ところが、あの日、俺はなんであんなことを言ってしまったのだろう。
『…銀ちゃんてさ、女性でしょ?』
『な、なにを言っているのかな?僕は…』
『わかるよ。言葉の優しさとか、気の使い方とかが女性っぽいもん。』
『…みんなには内緒にしてもらえる?』
『やっぱり女性なんだね。そっか。私は銀ちゃんが男性でも女性でも、小学生でもお年寄りでも、変わらずお友達だけどね。じゃあ、銀ちゃんが素直に認めてくれたので正直に言うけど、私は男性だよ。』
『そうだったの?全然気付かなかった。』
『また明日ね、銀ちゃん。』
急いでログアウトした。
銀ちゃんに女性だと認めさせて、自分は男性だと話して、何になるのだろう。その日以降も普通にゲームには参加していたが、どこかぎこちない感じになってしまった。銀ちゃんが女性と気付いてから、おそらく俺は銀ちゃんに恋をしていた。ずっと俺の癒しになっていたこのゲームをぎこちないままにしてはいけない。俺は勇気を振り絞った。
『ねぇ、銀ちゃん。』
『どうしたの?ウィステリアちゃん。』
『俺は、銀ちゃんのことが好きだよ。ずっと一緒にやってきて、銀ちゃんが女性だって正直に話してくれて、友達から一歩先に行きたいって思っちゃった。今度一緒に会わない?』
少し時間が経った後、返事が入力された。
『ごめん。それだけは、できない。でも、ウィステリアちゃんが嫌いとかそう言うわけではなくて、私もウィステリアちゃんのこと大好きだよ。でも、ずっと女性だと思っていたし…。』
わかっていた。俺はこのパーティの一員というだけだ。これまでも、これからも、今まで通り楽しくゲームをするのであれば、会いたいなど絶対に言ってはいけない言葉だった。
『そっか。そうだよね。わかったよ。』
まじめに生きてきて、初めて恋をして、初めて失恋した。銀ちゃんが小学生とか、中学生とか、もしかしたらおばさん、おばあちゃんかもしれないのに、俺は銀ちゃんのことが好きだった。
もっと女性のことを知らなくては…。
俺は、初恋の初失恋を忘れるために、街に行っては女性に声をかけた。もうどのくらいの女性に声をかけたのかわからない。
ある日、女性二人が会社にやってきてケンカを始めた。しまったな。二人ともよく覚えていない。ケンカを止めようとした俺は、見事に二人とも名前を間違えて呼んでしまい、殴られた。すっきりした女性二人は大人しくなって帰ったが、俺は会社をクビになった。さて次の就職先を探すかと思っていた矢先、家に一人の青年がやってきた。
「初めまして。木村と申します。藤島さんに折り入ってお話がありまして、こちらにお邪魔させていただきました。」
木村さんの話す内容は、馬鹿みたいにゲームみたいな話だった。俺が魔法を使えるようになる?そんな馬鹿な。とは思ったが、仕事もないし、給料も良さそうだし、特にやりたいこともないし、ちょっと話を聞いてもいいかなと思ったので、付いていくことにした。
木村さんの向かった先は、とある会社だった。そこでもう一人誘うと言う。俺も社内まで付いていかせてもらった。
応接室で待っていると、一人の女性が来た。
木村さんは俺と話した内容と同じ内容をその女性に話していた。少し悩んでいたが、その女性は俺のことをチラッと見ると、「わかりました」と言って付いてきた。若い女性がこんな嘘みたいな話、信じちゃっていいのか。あぶないなぁ。
車の隣に座った彼女は、薄いグレーのスーツを着ていたが、日差しが車の窓越しに彼女を照らし、銀色に輝いているように見えた。いつもの俺なら、若い女性を前に甘い言葉の一つもかけるのだが、この女性には言ってはいけない気がした。俺は淡い藤色、銀色には負ける。
銀色、で思い出した。散々女性に声をかけて、たくさんの女性ともお付き合いしたけれど、本当に恋をしたのは銀ちゃんだけだったな。
俺の次の恋はいつ始まるのだろう。そう思って、車の窓から街を歩く女性に目をやった。
「あ、美人がいる。」
ボソッと口に出てしまった。
ドスッ
パンチされた方向には銀色の女性。…こいつ、反応面白いな。今までにいなかったタイプの女性だ。久しぶりに心が躍った。