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7.外へと

07/16加筆修正

私に新しい友人が出来た。ちょっと気弱で、でも素直な、心優しい友人が。

それと同時に、屋敷に残るか、家から出て手がかりを探すか。どちらにするか、私の気持ちは固まりつつあった。

今、殿下の供回りがエリオット殿下の出立を知らせに来た後、ソフィアも屋敷から出立する準備をしているところだ。


『決めたわ。ソフィア、壁のことをお願い。私、外に出ようと思うから』


どちらにせよ、この屋敷の中に居たままでは、何の変化もないだろう。なら、こんな状況でも新しい友が出来たように、新しいところに踏み出してみるのも悪くないのかもしれないから。


「それで、いいの?」

『ええ。ここで腐ってるよりは、そっちの方が可能性があると思ったの。ところで、壁はどうやって穴を開けるの?』

「あの壁の魔術は意識すればわたしにも感じることが出来るから、近づいて触れれば干渉できる、と思う」


ソフィアの詳しい説明によると、壁に触れてそこから魔力を乱すことで一時的に穴が開くらしい。穴は人、一人分程度の大きさが限界で、干渉を辞めたらすぐに塞がり始めるだろうから、塞がるまでの間に私が通り抜ければいいそうだ。

ちなみに説明の途中に冗談で、塞がっていく最中の穴に身体を半分だけ入れた状態で塞がり切ったらどうなるのか聞いてみたら、涙目で絶対にやらないでと言われたので二度と言わないようにしよう。罪悪感がすごいから。


『透明な壁の穴を通るってのもなんだけど、要はソフィアが魔術を使った近辺を通ってみればいいのね』

「うん。そこからはアイリスさんの自由だけど……そういえば、アイリスさんはここから出たらどうするの?」

『そうねえ……』


おずおずと尋ねるソフィアに、私はまだ自分の行先や住む場所すら決めていなかったことを思い出した。

まあ、この身体は食事も睡眠も不要みたいなものだし、独りで出歩いても(おそらく)襲われる心配もないから、極端に言えば街道や街の下層に住み着いたって問題ない。

元侯爵令嬢としてはどうかとも思うけど、こんなところで見栄を張っても仕方ないし。

強いて希望があるとすれば、ソフィアに会いに行きやすいように教会の近くに居を構えたいということくらいだろうか。


『まずはどこか住むところを探そうかしら。教会の近くだとソフィアにすぐに会いに行けていいかなと思うんだけど、教会近くに人気のない空き家でもあればいいんだけど』


最悪、適当な廃墟にでも住み着くことを視野に入れてあれこれ考えていると、ソフィアが恥ずかしそうに頬を紅潮させながらこう切り出した。


「あ、あの。空き家じゃないけど、アイリスさんが良かったら、わたしの部屋は?一人じゃ広いくらいだから、いいかなって思ったんだけど」

『えっ、いいの?私と今日会ったばっかりなのに、部屋になんて』

「アイリスさんなら、いいよ。お部屋、広くて一人で寂しかったから、賑やかになるなら嬉しいくらい」


えへへ、と照れくさそうにはにかむソフィアを見ていると、頭のどこかでどうにもそれでいいかなと思えてしまう。

いけない、私の今後のことなのだから、しっかりと考えていかないと、働け私の貴族的打算。


しかし、考えれば考えるほど、ソフィアの提案はそう悪くないものに思えた。第一に、私はソフィアがいなければ扉の開け閉めすら満足にできず、部屋の出入りにすら困る始末。それに私が転生者の使った魔術についての情報を集めるにしても、ソフィアがいなければ書物を捲ることも人に話を聞くことも出来ない。

もしかしなくても、今の私はソフィアがいなければ何一つ出来ない哀れな存在なので、ソフィアの近くに居るという意味では同室に住まわせてもらうのは良い案に思える。

と言うか、本当にダメだな今の私。今後何もかもソフィアに頼り切りになりそうだ。いざ身体を取り戻してソフィアに恩返しするときは、私の貴族的権力を総動員して爵位をどうにかしてソフィアに与えるくらいの恩になることは考えておいた方がいいかもしれない。


自身のダメさに頭を抱えながらも、ソフィアに了承を返そうとして、寸前でとある考えが頭を過る。

あれ、でもシスターであるソフィアの家ってそれは教会では。と。


『ねえソフィア、貴女の部屋というか家って、教会よね』

「うん」

『教会的に、私って存在そのものが経典に対する冒涜みたいなものだと思うのだけど、そんなところに住んで大丈夫かしら』

「あっ」


ソフィアの目が急に泳いだ。やはりというか、私の存在は教会的にアウトらしい。私、教会に着くなり祓われたりするかもしれない。


「で、でも私以外に視える人は居ないから大丈夫だよ。……多分」


しどろもどろになりながらも弁解するソフィア。でもそこは多分じゃなく大丈夫だと言い切って欲しかったところだ。


『まあ、いいわ。どうせ他に行く宛も無いし。と、いうことでしばらく貴女のお部屋に住まわせて貰ってもいい?』

「えっと、いいの?」

『いいも何も、私が住まわせてもらう立場だもの。ソフィアが良ければそれで』

「も、勿論良いよ!」


目を輝かせて喜ぶソフィアを見ていると、教会で何かあってもなんとかなる。なんだかそんな気がした。





それから私たちは、屋敷の使用人に見送られ、グランベイル邸を跡にした。



屋敷から出る際、透明な壁を壊した時の光景を私は忘れないだろう。


「≪光の精に命じる。我は隔たりを断つ者。我が祈りを以て、護りを穿て≫」


詠唱を紡ぐソフィアに反応するように、透明なガラスのようなものが砕けて宙に舞う。これが、壁の一部なのだろう。キラキラと輝くそれは夕焼けに照らされて一層美しくて。

屋敷から出る私を阻むものは、もうそこにはなかった。私は、ソフィアと一緒に、屋敷の外へと一歩踏み出した。

新しい私の、私たちの、ここがその始まりだった。




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