62.取引
「どこかで類似の魔法を使ったことがありますね?」
そんなロイエスの言葉に、顔の筋肉が何かしらの反応をしてしまう前に、私はすっと表情を消した。
アヤメとの入れ替わりか、ガウス翁のくれた身体か。どちらか、あるいはどちらもの事を言っているのだろうけど、両方とも私の一存で話すことは出来ない。
入れ替わりの話は関係者のアヤメとソフィアからも了承を得てから話すのが礼儀だし、ロイエスが何を目的としての質問か解らない以上おいそれと話してしまうのも憚られる。
ガウス翁との件はそもそも口外厳禁だ。
私が臨戦態勢になったのを察して、ロイエスは逆に一当てする気はないと示すように、身体からフッと力を抜いた。
「あぁ、そう警戒しないで。使っていたからどうこうしようという話じゃない。ただ確認したいことがあるだけでね。
ガウスという男から聞いた話だが、一人、その人との約束の手前名前も素性も言えないが、ある事情で魔法を行使したものが居るという。これは君のことだろう?
一応言っておくと、ガウスが君との約束を違えたわけじゃない。万一、禁忌に関連する魔法を使用した場合は、直に会った時でいいから事後僕か僕の師匠か伝えるようにというのが彼との盟約でね。
もう形骸化していた盟約だったし、僕が教会によりつくことは無かったから、本来なら伝わることも無かったものだよ」
私に敵意も無いし、ガウス翁が意図的にバラしたのではないと適度にフォローをいれながら説明していくロイエス。
筋も通っているし、ガウス翁から聞いたと言うのも一旦は信じていいだろう。だが、それを聞いていくうちに、私の中に一つの疑問が沸いて出た。
「話は分かりました。ガウス翁の言っていた人物は私で合っています。ですが、ガウス翁から私に繋がる話は聞いておられないように聞こえましたが、何故それが私だと?」
「同調、キミがソフィア君の意識に潜った時のことだが、それが不自然に早過ぎたんだ。本来はもっとゆっくりと自身の意識を他の意識の中へと沈みこませるための前段階として……いや、今は細かいところはいいか。
とにかく、あれはその系列の魔法の感覚に慣れた人間のそれだった」
確かに私はグランベイル邸でのことも合わせ三度その経験をしているし、いい加減慣れもある。
そんなところから事情が露呈するとは思って居なかったので驚きはあったけれど、ここから辿れる人物はそう多くないだろう。
「そんなところからも気付けるのですね。念のため今後はそういう面にも気を付けます。それで、その上で確認したかったこととは?」
ロイエスは低く唸ると、難しい顔をして剃り残した髭がぽつぽつと目立つ顎を指で撫でた。
「同調が早過ぎた、というのがある意味では本題そのものだ。ガウスのところで一度経験しているとは言え、それを込みにしても早い。他にも意図的か偶発かは置いてその魔法に触れたことはないかい?
ガウスの許可があったことと、ここまで奔走する君を見て悪人ではないと解っているつもりだが、なんとも君の周辺にきな臭いものを感じる。ガウスから聞けなかったことも合わせて、禁忌の魔法の管理人たる僕としては君自身の周辺事情を聞いておきたいんだが」
流石にその道の専門家だけあって、私の事情には若干とは言え勘付かれているみたいだ。
そこから疑問に思うのもまた当然で、私もそれに応じるのは吝かではない。
ただ、それはあくまで私個人としての話だ。
「……それを話すにあたって、私以外にも深く関係している人間が居ます。そちらの事情も話すことに繋がりますから、まずは当人たちから了承を得てから続きを話そうと思います」
アヤメやソフィアに今すぐ決断を迫るものでもないだろう。アヤメはその身に起こったことを話すだけでも、様々な方向からグランベイルという貴族としての名に傷をつけることの出来る武器となるから、明かすとなると大事だろう。
ソフィアだって、眼のことを話さざるを得なくなる。それで彼女がどんな扱いを受けてきたかはエラたちに聞いているし、本人の意識の中でどんな思いを抱いていたのかも感じて来た。少なくとも、二つ返事で掘り起こしていいようなものじゃない。
だからロイエスには申し訳ないが、二人にしっかり了承を得てから話すために、「なのでまた後日」と、そう続けようとした時だった。
「アイリスはいいよ」
なんとも軽い声で、自身が関係者だと言うことを隠すこともなくアヤメはそう言い放った。
私がそれを諫めるべきか迷っている間にも、彼女の口は止まらない。
「大体フィリス、変な気の回し方してるでしょ。大丈夫、アイリスだってそれを話すことがどういう不利益に繋がるのかくらいはいい加減考えてる。
でも、ロイエスほどあの魔法に詳しい人も居ない。だったらアイリスたちの身に何が起こったのかを話すことは、一番最初のアイリスたちの間に起こった出来事を追求する助けになるって思わないかな?」
確かに、アヤメの言うことにも一理ある。私がこうなったそもそもの原因、アヤメが私の身体へと入り込むことになった事件は未だ手付かずもいいところだ。
今の立場と天秤にかけてでもそれに繋がる一手をとアヤメが判断したのなら、私から言うこと何もないだろう。
「ソフィアはどう?」
「あっ?え、はい!わたしですか?」
自分のところに振られると思っていなかったソフィアが素っ頓狂な声をあげる。そんな様子を微笑ましく思いながら、他の誰にも聞こえないように私は声を落とした。
「話すのなら貴女の隠しごと、眼のことにも触れることになるから。嫌ならぼかすか、話さなくてもいいわ。とにかくソフィアがどうしたいかを優先していいからね」
なるべくソフィアに強制しないように、誘導にならないようにと言葉を選んだつもりだったけど、当のソフィアはきょとんとした顔でそれを聞いていた。
「昔は確かに眼のことに触れられるのは嫌でしたけどね。今は別になんとも思いませんよ。他でもないフィリスさんが価値観を変えてくれましたから。
今は眼のおかげでフィリスさんに出会えたことに感謝すらしてますし、いつかこの眼を綺麗だって言ってくれたことあったじゃないですか。好きな人にそう言われて、好きになったんですよ」
「ほら、話が進まんから惚気ははそこまでだ。続きは部屋でやれ」
パンパンと手を鳴らして私たちを引き離しにかかるアシュレイ。
戯け言には肘で抗議しておいたけど、正直、ソフィアのカミングアウトを聞いていてちょっとむず痒くなってきていたから助かった。
あんな風に言われてしまうと、これから目を合わせる時も一々意識してしまいそうだ。
あくまでソフィアは眼のことでの感謝を伝えただけなんだから、おかしな風に受け取らないようにしないと。
私は軽く頭を振って、雑念を払う。アシュレイが怪訝そうにこちらを見たが、今はそれは放っておこう。
「とにかく!二人がそれで良いなら私も話すことに異論はありません。アシュレイにもマリーにも、いい機会だから全部話すわ。私の、私たちの身に何があったのか」