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6.お友達に

07/16加筆修正

再び客間に戻ってきた私は、ソフィアに私の置かれている状況を改めて整理して話してみせた。どうやって身体を奪われたか、今私の身体がどうなっているか、身体を奪い返す方法がわからないこと。方法を探しに行こうにも自分一人では部屋から出ることすら出来ない上に、部屋から出られたとしても屋敷の周りに視えない壁があって出られないこと。


『そんなわけで、私は屋敷から出られないから調べられないの』

「見えない壁?もしかして……」


ソフィアには何か思い当たるところがあるようだ。本人は言おうか言うまいか迷っているみたいけど、今は少しでも情報が欲しい私は、躊躇いなく先を促す。


『何か心当たりがあるの?』

「う、うん。わたしの知ってる中に似た魔法があるの。それに」

『それに?』

「もし私の知ってるそれなら、一時的に通れるようにするくらいは出来る……かも」

『本当?!』


もしそれが本当なら、私の活動範囲は劇的に広がることになる。元々、この屋敷の中だけでは手詰まり感があった。即座にその話に乗ろうとして、私は続くソフィアの言葉で躊躇した。


「ただ、出来たとしても私の力じゃ数分が限界だと思う」

『数分……』


つまり、私がこの屋敷から出る事が出来る機会は、事実上この一度きりと言っても過言ではないということだ。ただのシスターが侯爵家の敷居を跨ぐ機会はそう多くない。何か理由が無ければここに再度ソフィアが訪れることはもう出来ないだろうし、

理由が出来るとしても二年後の婚約の時だ。それではもう色々と遅い。逆に、私が一度この屋敷から出た場合でも同じだ。ソフィアにここを開けて貰わなければ私は出入りは出来ないけど、その肝心のソフィアが恐らくここまで来れない。

壁が貼られているのはあくまで侯爵家の敷居内で、そこに不法侵入して魔法を行使しろなんてとてもじゃないが言えないから。


ここから出れば活動範囲は広がるけど、逆に転生者を見張ることが出来なくなる。どうしたものかと眉間に皺を寄せ、頭を悩ませていると、ソフィアが泣きそうな顔で突然頭を下げた。


「あの、ごめんなさい……」

『な、何?!どうしたの急に』


突然ソフィアに謝られたが、私にはそれに思い当たるところがない。ここまで何か悪いことをされたような覚えも無いし。もしかして、やっぱり私に協力するのを辞めますのごめんなさいとか?!

思い至ってしまった可能性に私は内心戦々恐々としながら、ソフィアの次の言葉を待った。


「その、わたしが不出来だから」

『不出来?あなたが?』

「……うん。お爺様なら、数分なんて言わず、ずっと穴を開けて固定するくらい出来たはずなのに、わたしじゃ力不足で出来ないから。出来たら、アイリスさんが悩むことだってなかったのに……」


どうやら、この一件が彼女のコンプレックスを刺激してしまったらしい。この状況をなんとか出来る。それだけでも十分凄いことなのに、出来ないことが、出来ない思いが先に来る。

きっと彼女は優しすぎるのだろう。出会ったばかりの私なんて、それこそ放っておいても彼女にはなんの問題もないはずなのに、わざわざ心を痛めることも含めて。

だからこそ、今は何も返すことの出来ない私でも、言葉でくらいは報いたい。


『私が悩んでいたのは確かだけど、それは貴女が選択肢をくれたから。貴女が来なければ、私はずっとこの屋敷の中でどうすることも出来なかったでしょうから。それに、私はここに来たのがソフィアで良かったと思っているわ』

「でも、お爺様ならもっと上手く……」

『関係ないわ。貴女のお爺様がどれほど優れた人物なのかは知らないけど、私は貴女がここに来てくれたから、こんな得体の知れない私なんて放っておくことも出来たのに、わざわざ話を聞いて、挙句協力までしれくれようとする貴女だからこそ、私も悩むような真似が出来ているの。

貴女のお爺様でも、他の誰でもなく貴女だからこそよ。だから、貴女が不出来だとか不足してるだとか、そんなもの私には関係ないの。ここに来たのが心優しい貴女で良かった。それだけよ』


これは、私の嘘偽りない本心だ。実際、私は既に彼女に助けられている。誰にも話せず知られることすらなく独り心細かった。そんな時、偶然とは言えこんな得体の知れない私の話相手になってくれただけでも十分感謝しているのだ。それこそ無視してしまえば面倒ごとも無かっただろうに、わざわざ心配までしてくれて。

まあ、これはちょっと恥ずかしくて口には出せないけど。


自分で自分の考えに恥ずかしくなって誤魔化すために頬を掻いていると、ソフィアの目からぽつりと涙が零れた。ぽつりぽつりと零れる雫は、流れるごとにどんどん大粒になっていく。


『ど、どうしたの?!私の言葉に何か不愉快な部分でもあったの?!』

「ち、ちがうの。ただ、そんなこと言われたことも無かったから、嬉しくて」


良かった、ただのうれし泣きらしい。悪い意味での涙ではなかったことに私は胸を撫でおろしたが、同時に彼女の言葉の一部が引っ掛かった。

――そんなこと言われたことも無い、か。私の言ったこと自体は、そんなに大仰なことじゃない。それなのに、感極まって泣くくらいなのは、彼女が涙もろいのか、あるいは言葉通りよほど普段軽んじられているか。

もし後者だとしたら、ほんの少しだけ、昔の自分とソフィアが重なる。私も、誰にも認められることのない日々を送っていたから。そして、それはとても辛いものだから。


仮に、本当にソフィアがそんな状況に居るのなら、私はこの気弱な恩人の味方になってあげたい。勿論、貴族たる私は打算もしっかり持っている。ここで彼女の味方になっておけばより協力的になってくれるかもしれないし、今後何かと融通が利くかもしれない。

だからこれから言う言葉は決して情に流されただけではない。決して。まあ、それでもこの決断をお父様なら許さないのでしょうけど。


『ねえソフィア、あなたが嫌じゃなければ、私とお友達になりましょう。そうすれば、不出来だとか不要だとかそんなの関係なくなるでしょう?』

「えっ、で、でも、アイリスさんは貴族で、わたしは平民、だよ?つり合いが取れないよ」


私の提案にソフィアは驚きで涙もすっかり引っ込んだようで、今度は目を白黒させて慌てている様子がなんだかおかしい。


『いいのよ。もし私が身体を取り返しても、ただの平民のシスターと侯爵令嬢じゃ会ってお礼も出来ないじゃない。その点、お友達なら家に招待しても不思議じゃないでしょう』


きっと、この少女は知らない。貴族が友誼を結ぶということのその意味を。貴族は、軽々にお互いの関係性を口にすることはない。繋がりというのは、強味にもなれば弱みにもなる。

だから互いに何があっても煙に巻けるように貴族同士は暗に繋がりを示すことはあっても、明言することは少ない。突けば割れてしまうような薄氷の上に成り立つ関係。私もほとんどそうだった。


なのに私は口に出した。お父様には絶対に反対されるとわかっているはずなのに。あえてお父様の方針に背くのは、思えば初めてのことかもしれない。それでもあえて私が口にするのは、やっぱり私はこの少女に絆されて……いや、あくまで身体を取り戻すことを優先しただけだ。そうに違いない。


『どうかしら、私とお友達になってくれる?』

「本当にいいの?わたし、丁寧な言葉も得意じゃないし、ダメなところばっかりで」


ソフィアは遠慮がちに言ってはいるけど、嫌がっているようには見えなかった。ならば、と私はさらに一歩踏み込む。


『じゃあ言い換えましょう。私がソフィアとお友達になりたいの。ダメかしら』

「……ダメ、じゃない。アイリスさんが良かったら、わたしもなりたい」


頬を上気させて控えめに言う彼女は、女性の私から見ても、とても可愛らしかった。それを見て、私までなんだか顔が熱を帯びはじめた。

何故だか恥ずかしくて、顔の熱を気取られないように平静を装って話す私は、ちょっとだけ声が高くなっていたと思う。


「まずはお友達として、お互いのことをもっと知りましょうか」


それから殿下の供回りが呼びに来るまで、私たちはお互いの色んなことを話し合った。





こうして、私とソフィアは友人になった。それはまるで、何かに導かれたかのような偶然が重なった結果だった。









―――― その頃庭園では ――――



「殿下、次の公務の時間がそろそろ」


護衛の一人がエリオット王子に耳打ちをする。王子は、隠すこともなく肩を落として「あぁ」と頷き、姿勢を正して対面の令嬢に向かい合った。


「アイリス嬢。名残惜しいが本日はここまでのようだ。」


「そんな……。それはとても残念だわ。まだまだお話したいこともいっぱいあったのに……」


心底残念そうな令嬢の姿に、王子は後ろ髪を引かれながらも、そのまま言葉を続ける。


「それはまた後日にしよう。では」


そう言って、エリオット王子は席を立つ。


「改めて、君の婚約者となれたことを嬉しく思うよ、アイリス嬢」


「アイリス、と呼んでいただけないんですか?」


ふふと笑いながら、令嬢は王子に語りかける。からかうような言葉に、王子は顔を赤くする。


「あ、アイリス。ではまた会おう」


若干しどろもどになりながらも別れを告げたエリオット王子は、供回りを引き連れて庭園を去っていく。


「ねえ」


それを見届けた令嬢は、手近な使用人に話しかける。


「あの、エリオット様の近くに居た青い髪のシスター。あの子はどこに?」


「ソフィア様なら、体調が優れないとのことで別室にてお休みになられています」


その返答に令嬢は、意外そうな顔で独り言を漏らした。


「多分あの子、アイリスのスチルの端とかに映ってた取り巻きの子よね。あんまり印象はないけど。ゲーム通りなら私のところに話にくるかと思っていたのに……」


そんな言葉は、誰に聞かれるでもなく空に溶けて消えていった。






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