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56.足りない物は


アヤメに先導されて以前ソフィアと買い物に来たお店の、さらにその奥に通される。

商会長室と書かれたここは、妙に可愛げのある色合いとインテリアで構成されている辺りアヤメの店舗内での私室、それもあまり余人をいれることを想定していないものだろう。

ちょっと目をやるだけでも商会にとっては重要極まりないであろう書類が幾つか目に着く。

協力関係とは言え、どさくさで他人様の商会の機密を盗むような真似は罪悪感が勝る。私が努めてあまり部屋の中を見てしまわないようにしていると、アヤメがマリーから受け取った紙束をそのまま私の目の前に滑らせた。


「はい。これ今ある取引先と取引してる物、それと今後うちで扱う予定のものの一覧だよ」


「いやいやいや、それ部外者に見せていいやつじゃないでしょ!」


私が慌てて書類を突き返そうとすると、アヤメはこてりと首を傾げた。


「なんで?フィリスは悪用しないでしょ」


「それは、まあそうだけど。そうじゃなくて」


「全部知ってて貰った方がフィリスも動きやすくない?」


「そりゃ動きやすいけど」


なんというか、アヤメがどうやって商人世界と貴族社会の荒波を泳いで来たのか心配になる。

あるいはアヤメ自身が大波みたいなもので、全部巻き込んで引っ掻き回してたからこういうところが粗にならなかったのかも。


「とにかく、今回はもうそういうこととしておくけど、あんまり誰にでもやらないようにね」


「信用してる人にしかやらないよ」


「信用してる人でもよ!」


しきりに首を傾けているアヤメは、やはり得心がいっていないようだ。

アヤメはこれで結構脇が甘いから、いつか名うての商人や老獪な貴族相手にするする懐に入られて何か大事に発展してしまう気がして仕方ない。

小一時間はこの件でお説教をしたかったけど、まあ今は一旦横に置こう。ソフィアのことが優先だから。

ソフィアが目覚めてからアヤメとこの件はゆっくり話合おうと心に書き留めて、私は目の前の紙束に手を伸ばした。




「驚いた。新興のセテク商会、老舗のカロナ商会にケルテス商会とまで取引をしているのね。これなら思ったよりも早く集まるかも」


材料のリストと渡された書類を見比べながら、ペラペラとめくっていく。

繋がりを持とうと思っても一見では取引出来ないような老舗の商会までこのリストに載っているんだから、アヤメの影響力の高さを思い知るわ。

五枚目の書類を捲り、六枚目に取り掛かろうとしていると、横からアヤメが書類の文字列に向かって指を指した。


「ここ。ビーラの蜜だけど、ハレー商会は?あそこなら隣の国とも取引してたから入手できると思う」


「ん。悪くないわ。ただ、そことは最近取引を始めたばかりよね?だったら直接取引するよりも、元々ハレ―商会と繋がりのあったジェイン子爵を経由する方が早いと思うわ。ビーラの蜜は貴重品だから、取引を始めたばかりのところには優先して卸してくれることはないだろうし。

その点子爵ならもう十数年はその商会と取引をしているはずよ。彼にならアイリス・グランベイルからの貸しがあるから一蹴されることもないだろうし。と言っても私には一年以上のブランクがあるから社交界事情は確実ではないのだけど。マリー、今子爵との関係は?」


マリーに逐次確認を取りながら、私の中にある一年前の情報を、マリーの持つ情報で補正していく。取引が出来そうなものは商会から、貴族側から手を回した方が良さそうなら貴族側から入手経路を挙げていく。一通り確認が済んだ頃には、素材の大半は入手の目途が立っていた。

その様子を、アヤメは惚けたように眺めていた。


「すごいなあ。今までは騙し騙しやってたけど、アイリスじゃこうは出来ないや。やっぱり、本物は違うね」


寂しさを滲ませて、アヤメが力なく笑う。

なんだか私と自分を比較しているようだけど、彼女は根本的に見方を間違えている。だって、アヤメに出来ることが私には出来ないんだから。


「……私にこれだけの商会を一年で作るのは無理だったでしょうね。このお店の雰囲気だって、なんというか凄く柔らかくて、皆笑っている。とても良い空気だわ。仮に私がやっても、こうはならなかったでしょうね。

後からどうにか稼ぐつもりだけど、取引に使うお金だって私にはない。稼ぐ方法だって明確じゃない。ここは貴女に甘える気満々だもの。私なんてそんなもの。要はただの向き不向き。貴女は貴女、私じゃない。でしょ、アヤメ」


「……そっか。同じこと、出来なくていいんだ」


「そんなこと気にしてたの?」


「だって、アイリスの席を借りてるだけって解ったんだから、アイリスみたいにきちんとやらないとって」


「いいわよ別に。今更っていうのもあるけど、貴女は私じゃ出来ないことをしてるじゃない。そういうのを見るのも、まあ、嫌いじゃないから」


ぱぁとアヤメの表情が明るくなる。妙なところを気にしてたみたいだけど、何はともあれアヤメの心の突っかかりが取れたみたいで良かった。


「はいはい、元気になったところで、これ。最後の関門なんだけど」


他の素材は入手の目途が付き二重線がいれてある中で、一つだけ全く触れられていない名前がある。ヘイルファスの葉。

隣国のプレア王国、年中雪に覆われた地の中で、雪溶け後の僅か季節にのみに芽吹くヘイルファスという植物の葉だ。

ただでさえ珍しいというのに、プレア王国では雪が溶けない年もそう珍しくないので、全く手に入らない年もあるというものだ。


「他はなんとかなりそうなんだけど、ヘイルファスの葉だけは難しいのよね」


「隣国の、滅多に取れない植物の葉だっけ。取引でも名前しか聞いたことないや」


「実は、入手方法自体に宛はあるの。毎年、ヘイルファスが採れたら隣国から取引している貴族が居るから、そこからなんとか交渉出来れば。けど、それが難しいのよね」


「それは、どこ?」


ゴクリ、とアヤメの息を呑む音が聞こえる。


「ヘイゲル公爵よ」


これから先、その家と交渉に至るまでの難しさを感じて、私は重々しく言葉を吐いた。

この国に四つしかない公爵家の一つ。その中でも、特に権謀術策に長けたヘイゲル公爵。大抵のものになら手が届いてしまうような財力、権力を持つ公爵家を相手に交渉なんて並大抵のことじゃない。

どうやってそこに行き着くか、頭の中で算盤を弾いていると、あ、とアヤメが突然思い出したように声をあげた。


「それだったらなんとかなるよ!シエル君、ヘイゲル公爵の息子なんだけど、新しいお薬でその子の病気を治したら、すっごく感謝されて、困ったことがあったら頼って欲しいって」


思わぬ朗報に完全に力が抜けてしまった私は、眺めていた書類ごと頭から机に突っ込んだ。

本当に、アヤメは。いつもいつもなんともいい意味で私の予定を崩してくれる。


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