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53.脱走決行



「いよいよだね。準備はいい?」


「勿論」


決意を瞳に、小さな鞄を肩に、お互い頷きあって部屋を出る。それが十数分前のこと。


私は今、夜の闇に紛れながら盛大に肩を揺らし、息を荒げて疾走していた。


「ちょ、ちょっとまって、速い。というかなんであれだけ走ってあなたは汗一つかいてないのよ!」


「いつももっと走ってるからかな」


こっそり抜け出すルートを知っているというアヤメに、先導役まで任せたのは失敗だったかもしれない。

私だってダンスや演奏ならこのくらいで息が上がることも無いけど、こと走るという行為だけは相性が悪い。

どんな時でも焦りを表に出すことなく、優雅に振舞う。そんな貴族の当たり前が故に、私は走ることにとにかく不慣れだからだ。

かと言って気を抜くとアヤメとの距離がどんどんと開いていくからペースを緩めることも出来ない。

というかアヤメが速過ぎるんだけど。足音もほとんどしないのに、大の男顔負けのペースで地面を蹴る。ここだけ切り取ったら騎士の訓練課程にだって混ざれるんじゃないかって思うくらいにはアヤメは風になっていた。

そんなアヤメは徐々に脚が縺れ始めた私を見兼ねて、校舎の影になっている部分に素早く入り込むとちょいちょいと手招きした。

私のために小休止を取ってくれるつもりらしい。私も後に続いて影に入り込み、体裁も何も一切投げ捨てて壁に背をべったりと預けて地面に座り込んだ。


「貴女本当にアイリスとして生活してたのよね?なんでそんなに走り慣れてるのよ……」


「いやー、こっちに来てから足が自由に動くことが嬉しくて、しばらく何かにつけて走り周ってたもん」


ケロリとした顔で言っているけど、それは尋常なことじゃない。だって中身が違うとは言え基本は私のタイムスケジュールのはずなのに。

どうやってそんな時間と体力を確保していたのか私が聞きたい。


「敵わないわね、ほんと」


「?」


「なんでもないわ。それで、ここからどうするの?」


私たちが走ってきたここまでは、警備が居るとは言えただの学園内の敷地。

だけど、ここからの学園外周の壁沿いには、侵入者を防ぐための警備が多く配置されている。

外敵を防ぐための厳しい警備がそっくりそのまま私たちの障害になってしまうのだ。


「実は向こう側の壁の一部に隠し通路があるんだ。火水風地の四属性の魔法をある程度の出力で同時に使うとあそこの壁がぽっかり空くの」


「原作とやらの知識ね。でも水は私が使えるとして残り三属性はどうするの?」


常識的に考えれば、得意属性以外の属性が関係する魔法は出力がかなり落ちるというのが一般的な魔法論のはずなんだけど。


「だいじょぶ。全部使えるから」


まあそんな気はしてたけどね。アヤメがこの調子で禁忌の魔法にだって適正を持ってても私は驚かない。


「前々から思ってたけど魔法、かなり多芸よね。ほんとに魔法のない世界から来たのか疑わしいくらい」


呪文もまともに詠唱しないのに、扱える魔法の数は底が知れない。それこそ、魔法の多用さだけで見たら教科書に載る偉人たちに並ぶレベルだと思うんだけど。

当の本人はイマイチピンと来ていないようで小首を傾げている。


「そんなことないと思うけど。あ、そっか、忘れてた。それはアイリスが特別なんじゃないよ。皆が間違えてるの」


何かを思い出したとばかりに、アヤメは小さく柏手を打った。


「どういうこと?」


「魔法って、要はイメージを現実に持ってくる力なの。だから、得意な属性以外は扱うことが難しいって教えられてるから、そのイメージに引っ張られる。

呪文だって、魔法を使うのに必要なんじゃなくて、そういう現象しか起こせないって思わせるために制限をかけてるんだよ。なんでも出来る魔法だからこそ世界が壊れないように。あ、これ世界の秘密だから内緒ね」


軽々しく世界の秘密とやらを打ち明けて来た魔法界の麒麟児に、凡人たる私は思いっきり頭を抱えた。

それが本当なら新説どころの騒ぎじゃない。魔法学会がひっくり返る大惨事だ。

いや、理屈は分かる。もしもそれが本当で、皆が皆魔法で望むものを実現できるというなら、この世界は今よりもっと混沌に満ちているはず。

それに制限をかけるために、名前も知らない昔の誰かが魔法に定義を付けた。そこまでは分かるけど、そんな重大な秘密を休憩中の小話代わりに打ち明けられても困る。


「つまり、それはあれ?本来なら私も貴女と同じように呪文も省略して、多種多様な魔法を扱うことが可能ってことよね」


「理論上はねー。でも一度身に着いた常識を洗い流すのは難しいってファンブックでも言ってたから、すぐには無理かも」


イメージ通りに魔法が作動するということは、私たちで言う不可能という常識や雑念が混じればそれまでということらしい。

その辺、元々魔法とは自由なものという認識を持ってきていたことこそがアヤメの強みなのかもしれない。


「貴女が無茶苦茶出来た理由はこれね……。私も常識に属する側だから、すぐそんな風に魔法を使うことは出来ないと思うけど、一応覚えておくわ」


「誰かに言っちゃだめだよー。フィリスは悪用しないけど、迂闊に知られると世界が壊れるーだったかな?そんな感じのことが書いてあった気がする」


「言わないわよ。こんな危険な知識」


私がそう言って立ち上がったを合図に、私たちの脱走劇は再開した。



それから何度か警備の足音とすれ違うように、建物の死角に茂みにと移動を繰り返して、ついに私たちは目的の場所へとたどり着いた。

そこは一見何の変哲もない壁。しかし、壁の模様から邪魔なものを取り除き、注意して見ればその中から意味を持った魔法陣が浮かび上がってくる。勿論、そう易々と発見出来るようなものではなく、

私だって事前の知識が無ければ完全に見落としていただろう。


「ここの壁に向かって魔法を使うの。そうすると、魔法は発動せずに力だけが流れて壁が消えるはず」


アヤメが手を壁にピタリとつけ、私もそれに習って手をあてる。魔法を発動するために魔力を練ろうとした、まさにその時。


「そこのキミ!何をしている!」


警備にしては妙に小声で、肩を掴まれ呼び止められた。

もしも警備に見つかったら、どうするか。その対応は互いの間で出発前に既に決めてある。私は壁から手を離して、肩に置かれた手を振りほどいて逃走を……。


「……なんでこんなところに居るんですか」


振り向きざまに私が目にしたのは、、悪戯が成功したとばかりに口を端を吊り上げるアシュレイ。

……もう立場とか関係なくそのにやけた頬を引っ張って端正な顔を崩してやろうかしら。

呆れた私は足を止め、取り決め通りわき目も振らずに逃亡しようとしていたアヤメの手を掴んで留まらせる。


「はは、大成功。気配だけで追って来てみれば、何か面白そうなことをしてるじゃないか」


お前は猟犬か。私はそう心の中で突っ込みをいれながら、目の前に居るのがアシュレイだと気づいてようやく足を動かすことを辞めたアヤメの手を離した。


「面白そう、とか。そんなふわふわした理由でこんな夜分に寮を抜け出さないでください」


「どうせソフィアのために何かやっているんだろう?じゃなきゃ、キミが彼女の元を離れるものかよ。ボクも一枚嚙ませなよ」


先程までのお茶らけた雰囲気は身を顰め、鋭い空気を纏うアシュレイ。

こういう時のアシュレイは止まらない。彼女も彼女で、ソフィアの今に思うところがあるようだ。

……こうなると誤魔化すよりも説明してしまった早いわね。信頼できる人物であることは間違いないし。


「私たちはここから秘密裡に抜け出してある人物に会いに行きます。ソフィアを目覚めさせるために」


「そっちへの助力は必要かい?」


アシュレイの言葉を受けてアヤメに目をやると、アヤメは首を横に振った。


「そっちは大丈夫。それよりも、動けないソフィアのことを見ておいて欲しい。アイリスの侍女に任せてるけど、守りが厚いに越したことはない」


「承った。ボクが彼女の目になろう。それと、こんなところからわざわざ出ようとしてるんだ。キミら、学園に申請はしてないんだろう?キミのことだから手は打ってあると思うがボクの方でも手を回しておこう」


こっちは任せてキミらはキミらのことを、とでも言わんばかりのウィンクを一つ。

いつも通りに言動の端々がキザったらしいけど、アシュレイなら信頼できる。

学園に残した憂いが消えた私は、外に向かう壁に向かって手をかざす。


「ソフィアのこと、お願い」


「あぁ。ボクの名に懸けて」


私が手の平に魔力を集中し、それに続いてアヤメも魔力を込める。

呪文を詠唱しながらしばらく魔力の吸われていくような感覚に身を任せていると、ふっと魔力の吸収が途中で止まる。気付けば壁の一部がまるで元々そこには何も無かったかのように消えていた。


私たちが穴から出ると、それを見届けたように学園の中と外を繋いだはずの穴は綺麗さっぱりと消えていた。



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