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50.”アイリス”の行方


「フィリスは、アイリス・グランベイルなの?」


転生者の口から出た言葉に、私は大きく目を見開いて固まった。

なんで急に、なんで今そんなことを聞くの。

中々口を開かない私に、転生者が躊躇いがちに言葉を続ける。


「もし違ったらごめんなさい。でも、どうしても今聞きたいの。お願い」


もし違ったら。転生者はそう言う割に私の正体を確信しているようで、同時に私に正体を問うその姿は切実で、ある種の決意を秘めているようにも見えた。

ソフィアのことでいっぱいいっぱいだった私は最初、どうやってこの場を誤魔化すかを考えた。とてもじゃないけど答えられるような状態じゃないと思ったから。

けれど、転生者の姿を見て、私の中から誤魔化してこの場を有耶無耶にするという選択肢は消えた。きっと、今ここでそう聞くだけの理由があるんだと、転生者をそう信じることにしたから。

ほんの少しだけ残った思考力をかき集めて、なんとか私は姿勢を正す。


「そうです。と、私がそう答えたらどうなさるんですか」


「……返すものがあるの。身体を、”アイリス・グランベイル”を、あなたに」


真っすぐに私を見つめる転生者の提案したそれは、まさに私のずっと望んでいたことだった。そのはずなのに。

いきなりのことだったからか、それともその声に何か暗いものが見え隠れしていたからか、ずっと望んでいたことなのに、私はすぐに頷くことが出来なかった。

それに一つ、どうしても聞かないといけないことが出来た。


「その後、貴女はどうなるんですか。身体を返したとして、アイリスで無くなった貴女は?」


「……わからない。けど大丈夫、なんとかなる!あてもあるからアイリスのことは気にしないで。返すほうが大事だもん!」


転生者は取り繕うように笑ったけど、表情が一瞬が陰ったのを、私は見逃さなかった。

身体を返すことに不安を感じているに違いない。宛なんか、もしかしたらないのかもしれない。そう感じるくらい、転生者の作り笑いは硬かった。

それでも精一杯私が気にしないようにと言葉を尽くす彼女を前にして、私は心を決めた。


「……侯爵家に生まれて、幼くして母を亡くしました。それから父は再婚もせず、人が変わったように私の教育に熱を入れるようになりました。礼節、政治、社交、教養。貴族として必要な全てを、休む日もなく教えられました。遊びたい、休みたい、そんな風に思うことも無くなったのは七歳くらいの頃でしょうか。

表向きの友人は数多く居ましたが、真に友人と言えたのはアシュレイだけ。最も心を許していた侍女の名はマリー。王国に根付く侯爵家、グランベイルの長女。それが一年と少し前までの私でした」


ただ黙って私の話を聞く転生者は、罪の執行を粛々と待つ罪人のように見えた。


「一年前、身体を失ってからの私は偶然ソフィアと知り合って、ある切っ掛けからフィリスになりました。それからずっと元の身体を取り戻すために思案して、

偶然貴女に出会って、付き合っていくうちに貴女がどういう人かを知りました。だから、身体の返還の件はお断りします」


私が拒否を告げると、転生者は数秒呆けたように口を開け、我に返った途端に声を荒げた。


「なんで?!元々フィリスのでしょ?それにずっと思案してたって」


「さっき私に身体を返すって言ったとき、無理に笑ってましたよね。それに貴女自身はどうなるかはわからない、とも言ってました」


「それは」


その指摘に転生者は言葉に窮した。


「最初、何もわからないままに突然身体を奪われて、恨めしくなかったと言ったら嘘になります。何を企んでるのか、相手の正体は。必死に勘ぐり疑いました。

でも、今は違う。貴女の人柄も、やってきたことも、全部じゃないにしろ知っています。その中で、貴女が自分から誰かを不幸にしようとしたありませんでした。それに、貴女は自分から決心して身体を返したいと言ってくれました。きっと、本当はその後の保証なんて何もないのに、です。だから信じます。貴女を」


私は、転生者にも笑っていて欲しい。こんな風に彼女の表情を曇らせてまで、身体を取り返したいとは、もう思わない。


「身体を失った時、意識だけが宙に浮いているような状態でした。近くに居るのに誰からも気付かれず、誰にも触れられない。不安で不安で仕方なかった。あの時偶然ソフィアに見つけて貰えなかったらと思うとぞっとします。貴女には、そんな思いしてほしくない」


穏やかに、宥めるように私が微笑むと、転生者は俯き、最期の抵抗とばかりに言葉を絞り出した。


「でも、それじゃあ”アイリス・グランベイル”はどうするの……?」


「お互いが満足する形を見つけるまで、貴女に預けておきます。どっちも笑って納得できるような形を見つけた時、その話をお受けします」


ぽたり、と。転生者の、アイリスの見慣れた瞳から、雫が一粒床へと落ちた。


「ありがとっ、許して、くれて。そんな風にっ、優しくしてくれて。思った通り、ううん、それ以上に、”アイリス”はやっぱり素敵な人だった……!」


ごしごしと服の袖で、貴族令嬢とは思えないような乱雑さで転生者は涙を拭う。

満足するまで泣いた彼女は、パンと頬を両手で叩いてから顔を上げた。

その目には、何か決意が宿っていた。でも、さっきとは違う、少しのほの暗さをも感じさせない瞳だ。

私と転生者の視線が、交錯する。


「ならせめて、これだけは話をさせて。アイリスの、アイリスになるよりも前の話。今のソフィアにも関係のある話だから」



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