42.代替品
新章始まって早々ですが何故だか妙に重たくなりました
授業が終わった後、私は事情を聞くために先生に呼び出された。と、言っても何故あんなことになったのか、サクラに何故敵視されるのかは私が知りたいくらいで、結局ほとんどの質問を、わからない、知らないで終えることになってしまった。
これ以上の追求は出来ないと判断した先生が私を解放した頃には、日はすっかり落ちてしまっていた。部屋を出る時、最後に告げられたのは、私が一日の謹慎、サクラが三日の謹慎という罰則だった。
名目は、授業の妨害。私、転生者、サクラ。それぞれが別の部屋で聴取を受けたので詳しいことまではわからないけど、後から転生者に聞いた部分と私が先生から聞いた事を合わせると、一つの事情が見えて来た。
それはサクラの使おうとした魔法そもそもその正体がわからず、どういった罰則が妥当か判断できないということだ。
確かに私も知らない詠唱だったけれど、それは天下の王立学園教師にしたって同様だったらしい。だけど、目の前で使われた魔法が解らない。それは国で最高峰の教育機関に勤めていると自負する先生方のプライドと名をいたく傷をつけるものだったらしく、
あれは魔法を行使しようとしたのではなく、存在しない魔法を使う振りをしただけである。学園はそう結論づけてしまったらしい。だから、サクラの罰則は授業を妨害しようとした三日分のみである、と。
そして、それだけではないと私は考えている。ここまでは私が得た情報を繋ぎ合わせたもので、ここからはただの予想になるけど、事情があったにせよ罰則が妙に軽いのは彼女、サクラがある貴族からの推薦で入学している、そういう話を聞いたことがあるからだ。私たちと同じ、家名を推薦状替わりとして。
学園が勝手にその名に配慮したか直接圧力があったかまではわからないけれど、サクラとグランベイル推薦の私、侯爵家含む貴族二家を巻き込んで大事にしたところで、学園にとっては百害あって一利も無い。
その上その場にいた他のクラスメイトはと言うと、彼らはそもそも何が起こったのかをきちんと認識していない者が大半だった。何故ならサクラの魔力を明瞭に感じ取れたのは私とソフィア、転生者の三人だけだったからだ。
アシュレイが言うには、あれが詠唱のようなものだとはわかっても魔力を感じなかったとか。他何人かにもあたってみたけど、全員似たようなことを言っていた。聞いたこともないけれど、そういう類の魔法なんだろう。
これに関しては元々感受性が高くて目の良いソフィアはともかく、あまり魔力的感受性の高くない私がああまでしっかりと感じ取れた理由はわからない。ちなみに転生者はなんとなくわかったと言っていたので一旦慮外に置いた。
これらの事情が重なって、サクラの起こした騒動はその日の内に半ば無かったこととして処理された。
一連の騒動が終わり、寮の部屋に帰った私を待っていたのは、思い詰めたような表情でじっと座るソフィアだった。
ただならぬ雰囲気に私まで緊張しながら、静かにソフィアの対面へと座ると、彼女はそれを見計らったように口を開いた。
「フィリスさん」
「は、はい」
気迫すら感じる声色に、思わず敬語で返答する私。いつもはふわふわとした雰囲気だけに、こういう時のソフィアは余計に怖い。
これから何が起こるのかと戦々恐々とする私を前に、ソフィアはペコリと頭を下げた。
「まずは、ありがとうございました。わたしのこと、庇ってくれて」
その声に一切の険はなく、意表を突かれた私がかろうじて、え、えぇとだけ返事をすると、ようやく頭をあげたソフィアが、でも、と続ける。
「わたし、思うんです。フィリスさんはもっと自分を大事にしても良いって」
「え、それはどういう……」
「あの時、サクラさんが魔法を使おうとした時、わたしとアシュレイさんを突き飛ばさなかったら、隠れるなり対抗して魔法をくみ上げるなり間に合いましたよね?」
怒りの見え隠れするソフィアの指摘に、私はぐうの音も出なかった。まずはソフィアたちの安全を、そう咄嗟に考えて動いたのは事実で、そのラグが無ければ私の動作が間に合った可能性が高いのもまた事実だからだ。
「この点アシュレイさんも怒ってましたよ。わたしだって、ううん、それ以上にわたしは怒ってます。フィリスさんはいっつも自分を蔑ろにしすぎなんです。こんな感じのこと言うの、初めてじゃないですよね。なのに何回言えばわかってくれるんですか」
「それはその、頭ではわかってるんだけどね」
「わかってないです!」
凄まじい剣幕のソフィアが椅子から立ち上がり、私に向かって手を伸ばす。
そうよね、温厚なソフィアでも、これだけ繰り返せば手も出したくなるわよね。
目を閉じ、甘んじてソフィアのささやかな折檻を受け入れようとした私が感じたのは、叩かれる手のひらでも、殴られるような拳でもなく、もっと柔らかいものだった。
それが抱きしめられているのだと気づいたのは、首筋に冷たい雫が一滴、落ちてきてからのことだった。
ソフィアは、私を抱きしめながら、泣いていた。
「なんでいつもそうなんですか。フィリスさんが代わりに怪我して自分が無事でもわたし、全然嬉しくないですよ。もっと自分を大事にしてください」
涙ながらに訴えるソフィアのそれは、私には詰問であり嘆願に聞こえた。心が、きゅっと痛みを主張する。出来るなら、ソフィアに泣いて欲しくない。でもわたしは
「ごめんなさい。実は私、わからないの。今まではずっと私が代わりになれば良かったから。私が全部背負うだけで良かったから、それ以外がわからないの」
言っちゃダメだ。ソフィアにただ心配をかけるだけ。なら、全部隠して嘘で固めた言葉でソフィアに優しく接すれば、この場は丸く収まるじゃないか。
そう頭では考えているのに、言葉が止まらない。こんなこと、言うつもりは無かったのに。
「だから、私はいいの。他が、あなたが無事ならそれで」
「なんで、なんでそんなこと言うんですか」
これ以上を話しても、ソフィアに無駄な心労をかけるだけ。そうわかっているのに、乞うようなソフィアの目が私を逃がさない。
「……私はね、グランベイルの部品なの。しかも、替えの効く代替品。そう父に言われて育ったからかしら。いつからか、なら替えの効く私が、替えの効かない皆の代わりになればいいって、そう思うようになったの。だからね、ソフィアが私のことを思って言ってくれてるのはわかる。でも、私は私以外の方が大事だから。ごめんね」
「そんな……」
「だから、ソフィア。私のために泣かないで」
泣きじゃくるソフィアを、私はそっと抱きしめ返す。これ以上、私なんかのために傷つかなくていいんだと。私の話したことなんか、全部忘れてしまっていいから。そんな思いを込めて。
しかし、私の、何もかもを無かったことにして、箱に閉じ込めてしまうための抱擁は、他でもないソフィアによって振りほどかれた。
「……嫌です。フィリスさんが傷ついたらわたしは泣きます。あなたのことが大切なんだって、絶対あなたにわかってもらいます」
顔を上げたソフィアの目には、決意が満ちていた。
「フィリスさんが自分のことを大事にしないなら、わたしがその分までフィリスさんのことを大事にします。いつか、フィリスさんが自分のことを大切に思えるまで」
「私自身が、それでもいいって納得してるのに?」
「わたしが嫌です。それがフィリスさんの意に反することでも、これだけは曲げません」
ソフィアが、私を真っすぐに見据える。こんな挑戦的な目をしたソフィアは今まで見たことがない。
もはや、私が何を言ってもソフィアは折れてはくれないだろう。
「そっか。わかった、気持ちは嬉しいわ。でも、私はこんなだから。嫌になったらいつでも諦めてね」
もうとっくに日も沈み、夜も深まる時刻。こんなことで明日に響くといけないから。私はソフィアに、おやすみ、と言い残し先に床に就いた。
その夜、疲れているはずの私は、ほとんど眠ることが出来なかった。
実はフィリスは今まで欲しいとかしたいとか利己的な発言をほぼしていません。そういうことです。