38.学園へ!
いつもご愛読ありがとうございます。一応ここから第二部、学園編ということになります。
ここまで書いてこれたのも読んでくれる皆さま及び感想・ブクマしてくださる方々のおかげです。
そして、よろしければもう少しお付き合い頂けると幸いです。
日が出て間もないような、まだ人気も少ない時間。魔法石から作られた、登録者を自動で感知して閉会する門を前に、私とソフィアは一歩、踏み出した。
私とソフィアを感知して、ゴゴ、と石が擦れる音と共に、門が開いていく。
「いよいよね」
「うん」
「ソフィア」
「フィリスさん」
「「入学おめでとう」」
私たちはお互いを笑顔で祝福すると、眼前の開いた門を通り、とうとうガストラル王立学園の敷地に足を踏み入れた。
「私たちの部屋は……あった。ここね」
絵画やインテリアで飾られた長い廊下の途中、私は301と書かれたプレートの掛けられた部屋の前で足を止める。一緒に後ろをついてきていたソフィアもそこで立ち止まり、ふう、と一息ついた。
「ここまで結構長かったですね」
「平民寮だもの、中央から一番遠い場所にあるのは仕方ないわ。ま、廊下で立ち話もなんだし早速入っちゃいましょ」
私は懐から取り出した鍵を扉に差し込むと、ドアノブを捻り中に入った。
左右の両角に机とベッドが二つ置かれ、中央の持て余し気味にぽっかりと空いたスペースには先に届けて貰っていた荷物たちが鎮座している、狭くはないけど広々と言う訳でもない部屋。ここが、これから私とソフィアが三年間暮らす場所だ。
「荷物以外は見事に何も無いわね」
「ですね。貴族寮の方だともっと違うんでしょうか」
そう言いながら、部屋に入るなり手早く荷ほどきを始めるソフィアを見て、私も慌てて手を動かし始める。入学式までまだ時間はあるけれど、それまでに最低限の用意はしておかないといけない。
今日すぐに使うものを纏めながらも、私はなんとなしに口を動かし続ける。
「そうねえ、広さはもっとあると思うけど、内装は案外変わらないんじゃないかしら。貴族連中ならインテリアなんかは各自勝手に持ち込んで好きにやるでしょうし」
「そんなものですか」
「そんなものよ。まずそもそも寮生じゃない貴族も多いけどね。半分以上は通いなんじゃないかしら」
この学校には寮が付設されているというだけで、必ずしも寮に入らなければならないわけじゃない。王都住まいの貴族だと、通いの方が多いくらいだ。
寮に住んでいるのは王都以外から来ているか、無駄に高い馬車の登録料が払えない貴族のどっちかだと、私も昔聞いたことがある。
「だから入学日なのに人が少なかったんですね」
「今居るのは寮生くらいのはずだもの。通いの人たちはもっと後から来るんじゃないかしら」
そんなこんなで無駄口をたたきながらも、区切りのいいところまで荷物が整理出来た頃には丁度良い時間になっていた。
私は時計に目をやり、荷ほどきをする手を止めすっと立ち上がる。
「そろそろ講堂に行きましょうか。全部やっていると式に遅れそうだし」
「うん。あ、でもこれだけやっちゃいたいからちょっと待って」
ソフィアは手にしていた道具を手早く机に仕舞うと、残りの荷物を部屋の隅にどけた。
「じゃ、行きましょうか」
二人揃って部屋から出て、講堂の方へと足を向けた瞬間、私は偶然廊下を歩いていた黒髪の少女と目があった。
少女は隣に居るソフィアに視線を移したかと思えば、何故か目を丸くして、ズンズンとこちらに近寄ってくる。
目と鼻の先にまで近づいてきた少女は、再び私と目を合わせた。
「あんた、”誰”?」
「えっ?……私はフィリス・リードですが」
睨みつけるように私を見つめる少女を怪訝に思いながらも、私が言葉を返すと、少女の眼光がさらに鋭くなる。
「そいつの隣はあんたじゃないはずよ。あんたみたいなのは見たことない。この世界はあんたのせいなの?」
「え、いえ……」
矢継ぎ早に言葉を重ねる少女だったが、私には言っている事の半分も理解出来ず、曖昧に言葉を濁すことしか出来ない。
私を目だけで射殺さんとする少女にどうしたものかと困り果てていると、突然ハスキーな声が私と少女の間に割って入った。
「入寮早々喧嘩かい?程々にしないと、入学式に遅れてしまうよ?」
声の主は赤い髪を後ろで纏め、貴公子然とした男装をした女性、アシュレイ。その貴族時代の友人のいきなりの登場に私は思わず声をあげてしまった。
「アーシェ?!」
はっとした時にはもう遅かった。アシュレイは訝し気に私の事を見ると、顎に手を当てて首をひねった。
「はて、キミとはどこかで会ったことが?それ以前にその呼び名は……」
「い、いえ、なんでもありませんわ。以前さる貴族の方が貴女をそうお呼びしているのを聞いて、咄嗟に。慣れ慣れしく呼んでしまってごめんなさい」
爆発しそうになる心臓を抑えながら、混乱の極みにある私は自分でも無理のある嘘を並べていく。そもそもなんでアシュレイがこんなところに居るのか。彼女はれっきとした侯爵家の令嬢、仮に居るとしても貴族寮のはずだ。
いきなりのことで思わずあだ名で呼んでしまったし、温厚な彼女のことだから平民に多少無礼なことをされたくらいでは怒らないだろうけれど、私の置かれた状況を素直に言って信じてくれるはずもなし。どうやって誤魔化そう……。
表向き顔を取り繕いつつも内心で半泣きになっている私を、面白いものを見るかのようにマジマジと観察するアシュレイ。お願いだから何もなかったことにして早く立ちさって欲しい。
妙な膠着状態に私の心が根を上げる寸前、黒髪の少女がチッ、と舌打ちをして踵を返した。
「覚えたから、あんたのこと」
最後に一度だけ私の事を睨むと、少女は講堂ではなく庭の方へと姿を消した。
「キミ、一体彼女に何をしたんだい?尋常ではない様子だったけど」
「いえ、私も何がなんだか。彼女とは初対面ですし、ただ目が合っただけで他には何も」
「ふぅん?そこのキミ、それは真実かい」
アシュレイがソフィアに目を向けると、ソフィアはうんうんと頷く。アシュレイはソフィアの目を覗き込むと、一人納得したように首を縦に振った。
「成程。嘘は言っていないようだし、それは災難だったね。ボクはアシュレイ。キミたちは?」
「私はフィリス・リード。こちらがソフィア・リードです」
私とソフィアが一礼すると、アシュレイは私の前に手を差し出した。それが握手を求めるものだと理解して私は手を出した。すると、突然アシュレイは私の手を強く握ったかと思えば、私の身体をグイっと引き寄せ耳元で囁いた。
「ボクのことをアーシェと呼ぶ人は一人しか居なかったはずなんだけど、どういうことか後で聞かせてね。ボクもこっちの寮に住むことになってるから」
言うだけ言ってアシュレイは私の手を離すと、またね、と笑って講堂の方へと歩いていった。
「……相変わらず、転生者とはまた違った方向に読めないわ」
「今の方、知り合いですか?」
「えぇ。貴族時代の、数少ない本当の意味での友人よ。全く、侯爵家の人間なのになんで平民寮に居るんだか」
彼女は昔から変わり者で、貴族の型に嵌らないような振る舞いばかりしていたけど、平民寮にわざわざ住むなんて、悪化していないかしら。
しかも、あれで他の貴族令嬢からは人気があるから手に負えないのよね。
「えぇと、どういう人なんですか」
「一言で言うなら変わり者、ね。いっつも男装して、気障ったらしいことばかりしているし、凡そ令嬢らしくない侯爵令嬢よ」
「女性の方だったんですね……」
ソフィアは不思議なものを見るような目で、アシュレイの消えて行った方向を見つめる。
わかるわソフィア。私だって初対面の時は度肝を抜かれたもの。
「まあ変わってるけど、あれで温厚だからきっと貴女も仲良くなれるんじゃないかしら。彼女、貴族だとか平民だとか気にしないタイプの人だから」
「フィリスさんがそういうなら、仲良くなれる、のかな……?」
「なれるわよ。私の見る目をを信じなさい。それよりも、私には妙に勘の鋭いあいつをどうやって誤魔化すかの方が問題ね……」
私の失言でアシュレイには疑念を抱かせちゃったみたいだけど、まさか全部を言うわけにもいかないし、こんな荒唐無稽な状況を信じてくれるわけもない。
かと言って中途半端に嘘を言えば見抜かれてより追及されるだろうし、ほんと、どうしよう……。
私が今後のことを考えて憂鬱になっていると、ソフィアが何かに気付いたようにあっ、と声をあげた。
「フィリスさん、時間時間!急がないと入学式に遅れちゃう!」
ソフィアの声につられて壁にかけられた時計を見ると、余裕をもって部屋を出たはずなのに、時計の針は無常にも入学式が始まる寸前の刻限を指していた。
「早くいこ!」
声と共にソフィアが走りだす。私は走ることを一瞬躊躇し、足の止まった私のことを振り返った、ソフィアの気遣わし気な顔を見て思い直すと、すぐに走り出した。
侯爵令嬢アイリス・グランベイルだった頃なら、こんな時でも絶対こんな人目のあるところで走ったりはしなかっただろうなあ、なんて思いながら。




