表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/74

34.お買い物


「思ったより早く終わったわね」

「そうですね。次も早く終わらせちゃいましょう」


太陽がまだ登り切らないような昼前、すっかり慣れた手つきで皆の洗濯物を干し切った私が、次の掃除のためソフィアと共に聖堂に向かっていた時だった。


「すみません、すみません」

「謝罪はもういい。起こってしまったことは仕方ないからな。しかしどうしたものか」


裏口に近い廊下で、顎に手を当てて唸るバイロンと、教会では見慣れないような多少飾り気のある服装をした男がそのバイロンに何度も頭を下げている光景に出くわした。

聖堂まではここが一番近い、しかし明らかに面倒ごとの臭いがする。避けるか、そのまま横をすり抜けるか。その一瞬の迷いのうちにバイロンとばっちり目が合ってしまった私は、無視するわけにもいかず仕方なくバイロンに声をかけた。


「おはようございます。何かお困りごとですか」

「フィリス!とソフィアか、丁度いい。フィリス、君、金勘定は得意か」

「えっ?まあ人並みには」


バイロンの目が獲物を見つけた狩人のようにキラリと光る。突然の質問に反射的に答えてしまったが、これは答えを誤ったかもしれない。

ずんずんと大股でバイロンが私に近づいてきたかと思えば、懐から革袋を取り出して目の前にひっさげた。受け取れと目で訴えてくるバイロンに、私はしぶしぶながらも手を前に出した。


「これは?」

「金だ」


お金とあまり関わりのない教会生活。そんな中で金銭が絡んでくる出来事は絶対に碌なことじゃない。

嫌な予感に慌てて手を引っ込めようとした時にはもう私の手の上には革袋がおかれていた。手のひらに伝わるじゃらじゃらとした重みから、それなりの額がこの中に入っていることがわかる。


「……何をさせたいんですか」

「ちょっとした買い物を頼みたい。実は今夜分の食材が足りなくてな」


そこからのバイロンの説明を掻い摘んで話すと、いつもまとめて食材を買っている商会が発注をミスし、折悪く教会側でも備蓄を一度新しく買い直すために一旦使い切った直後だったそうで、今ここにはほとんど食べ物がないというのだ。

明日には商会も食材を改めて仕入れ直すらしいのだが、今日分だけは如何ともし難いので足りない分を私に買って来て欲しいということだった。


「面目ありません。わたくし共カルオ商会の手落ちであり、本来なら補填しなければならないところなのですが、大口取引が重なってしまいこちらも今手元にモノが全くない状態でして」


カルオ商会と名乗った身なりの良い男は布で額の汗をぬぐった。


「わたくし共も努力はしたのですが、最近は商会内外での人員の交代も多くてんやわんやで。そのせいで商会頭も副会頭も不在にしてまして、今別の形で補填しようにも責任者が居ないので動くに動けずと言った次第でして。誠に申し訳がありません……」


ペコペコと頭を下げる商人。私はその商人の言葉の中に一つに引っかかりを覚えていた。


「近頃人員の交代が多い、というのは?」

「えぇまあ。あまり詳しくは言えませんが、ある侯爵様との取引の関係でして……」


直感した。絶対その侯爵は転生者だ。いやまあマリーの話と照らし合わせてそんな気はしていたけど。

私は「それは大変ですね」と商人に慰めの言葉をかけながらも、内心でそのことに謝り倒す。皆様、グランベイルがご迷惑をおかけしています。


「それで、だ。荷馬車と金は教会から出すのでちょっとした買い物を引き受けてくれないだろうか」

「良いですけれど、何故私なのですか?」


我が家が関係しているという負い目もあって、引き受けることは構わないのだけど、金銭を預けるなら私よりも信頼できる人物にした方がいいんじゃないだろうか。


「それだがな、他に任せようにもここには金勘定の苦手な者が多い。個人単位での買い物なら問題ないかもしれんが、それなりの金を任せるにはちと不安が残る。身軽に動けて金勘定が出来そうな者というと存外少ないのだ。その点フィリスならと思ったのだが」


言われてみれば確かに、その条件で思い当たる人物はほとんど居ない。行き着いた先が消去法で私ということなら仕方ない。ただ消去法とはいえ、金銭を任せられるくらいバイロンに信用されるようなことをしていただろうか。それだけが腑に落ちないけど、まあ向こうが良いというなら良いんだろう。

半ば乞うように私を見つめるバイロンに、「わかりました」と頷きを返すと、バイロンは肩の荷が下りたように息を吐いた。


「あぁ、ただ私これから清掃の予定だったんですが、それだけ代わりを見つけてからでいいですか」

「いや、そっちは俺が適当に頼んでおこう。すまんが頼んだ。モノの内訳は―」


バイロンから必要な物を聞いた後、話の流れで女性一人というのも、と言う理由でソフィアも同行することになり、成生で私たち二人で街に出ることになった。

その後も幾つか話を聞いてから、最後に


「アヤメ商会という新興の商会に行くと良い。そっちも最近取引を始めたところだが、何かと融通は効かせてくれると聞いている」


と、商会の説明だけ受け、バイロンと相も変わらず頭をペコペコと下げる商人の二人に見送られて、私とソフィアは教会を出た。



「俺が忙しくさえなければ、ソフィアの代わりについていきたかった……」


二人を見送った後、一人ぽつりと佇むバイロンの呟きは、誰にも聞かれることなく宙へと消えていった。






街へと繰り出した私たちは、予定よりちょっぴりだけ時間をかけながらも、順調に商会への道を辿っていた。


道中ほとんど街中に来たことが無いソフィアは、キョロキョロと物珍し気に辺りを見回しては歩を緩め、私がしっかり前を見ないと危ないからとそれを注意しつつも、同様に箱入りだった私も街が珍しくないわけもなく、歩みを止めてはソフィアに注意されて、結局二人で笑いあう。

そんな感じにゆったりと、でもせわしなく街を歩いていると、ようやくお目当ての商会の目の前までやってきというところで、ソフィアが何かに気付いて指を差した。


「あれ?ねえフィリスさん、あの人……」


ソフィアの指の先に目をやると、一人店先で跳ねまわっている”アイリス・グランベイル”がそこに居た。

いやいや、そんなわけがない。慈善事業の時も確かに一人で行動していたけど、だからと言って侯爵令嬢が早々一人でこんなところをうろついているわけがないじゃない。しかもとんでもなく目立っているし……。

深呼吸をしてから、幻覚だったことを願って再度目を向けると、転生者はどこからかやってきたマリーに羽交い絞めにされていた。

マリーってもっと言葉で諫めるタイプだと思ってたけど、いざとなれば物理的な手段も取るのねー。なんて現実逃避じみたことを考えていると、ソフィアが私の袖をクイと引っ張った。


「フィリスさん、そろそろ帰ってこないと向こうも気付いたみたいだよ」


ソフィアの言葉にハッとして逃避から意識を帰還させると、転生者が私たちに向かってぶんぶんと手を振っていた。


「やっほーフィリス!偶然だねー!」


通りに響き渡るような大声をあげ、衆目を一身に集めながら、転生者が駆け寄ってくる。

その注目の的っぷりに、一瞬真剣に他人のふりをしようかどうか迷ったくらいだ。


「こんにちわ、アイリス様。アイリス様もお買い物ですか?」

「うん。これを仕入れにきたの」


そう言って転生者が取り出したのは、魔物が描かれた紙だった。複数ある足が特徴の、生命力が強いことで有名な魔物だ。

ただ、素材としては武具や道具にも使い辛いことからあまり流通はしていないんだけど。


「珍しい魔物ですね、何に使うんですか」

「食べるの」

「へぇ。食べる……食べ……?」


一瞬思考が止まった私を見たマリーが、額に手を当てて大きくため息をついた。

確かに、以前マリーから転生者が魔物を食べようとした話は聞いていた。聞いていたけど、なんというかこう、もっと動物に近い形の魔物だとばかり思っていた。

それがまさかこんな不定形なスライムに近い魔物だったとは……。


「アイリス様、フィリス様もお困りになっているでしょう。だから魔物を食べようとするのは普通ではないのでおやめ下さいとあれほど」

「いや、だってタコだもんこれ。おいしいと思うんだけどなー」


マリーに諫められても転生者に悪びれる様子はなく、むしろこの魔物を手に入れる機会を虎視眈々と狙っているように見えた。


「ねえ、ソフィアは食べたいと思う?これ……」

「わたしはちょっと、いいかな……」


私とソフィアが引いている間に、マリーは転生者から紙を取りあげて荷物の中に厳重にしまい込んだ。

転生者は「あーっ!」と抗議の声をあげているが、一切相手にしない構えだ。頑張れマリー。

心の中で密かにマリーを応援していると、転生者との攻防を一通り終えたマリーが私の方に向き直った。


「それで、フィリス様方は何をなさっていたのですか?」

「こっちは普通の買い物。仕入れにちょっと不備があったみたいで、食材が足りなくてね。それでここのアヤメ商会なら融通が利くだろうって言われてきたんだけど……何その顔」


私が商会の名を出すや否や、マリーはなんとも言えない顔で目を逸らす。


「いえ、確かに融通は利くと思いますが、その……お気を確かにお持ちくださいね……」


マリーの煮え切らない口ぶりに首を傾げていると、突然マリーの後ろから転生者がひょっこりと顔を出した。


「あー、確かに教会はお得意様だもんね!いいよ、フィリスになら安くしちゃう。ようこそアイリスのアヤメ商会へ!」


バーンと自慢げに胸を張る転生者。その横で、マリーはひたすらに項垂れていた。

私も一瞬空を仰ぎかけたが、私とてそろそろ転生者の奇行には慣れてきたところだ。商会を運営する貴族も居ないではないし、14歳の令嬢ということを差し引けば、貴族主導の商会というのは何もおかしなことを言っているわけではない。ただちょっと年齢的に前例がないだけだ。転生者の事業の拡大があまりに早いこと以外はまだなんとか受け入れられる範疇だ。

今目の前で起きたことを、ギリギリのところで冷静に思考していると、ふと、私の頭に転生者のある発言が浮かんできた。


「さっき、魔物の話をしている時なのですけど、私が買い物ですかって聞いた時、仕入れって言ってましたよね。もしかして」

「うん、商会でタコを取り扱おうと思って。他にも色々仕入れてるんだー!」


その言葉で、最早私にとってこの商会は、ただの店ではなく伏魔殿と成り果てていた。あの魔物と肩を並べるようなものが他にも色々あるなんて、この中で一体何が待ち構えているのか、想像するのも恐ろしい。


「そうだ!せっかくだからアイリスが案内するよ!こっち!」


嬉々として(半ば強引に)案内役を引き受けた転生者は私とソフィアの手を取ると、抵抗する間も与えずに店の中に突撃していった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ