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31.皆の動き

外は夕暮れ、炊き出しもそろそろ終わりを迎える予定の時間だ。私はと言えばその間ずっと休憩所に籠り切り。

変わったことと言えば、途中でひょっこりと転生者が現れて「はぐれちゃってごめんね!」と謝るなりまた姿を消したことくらいだった。

仕方なく休憩所の外から聞こえてくる喧噪に耳を澄ませていると、パサリと休憩所のテントの入り口を開ける音が聞こえた。


「エラにマイラじゃない。もう終わったの?」

「まあね。あたしらは早めに終わったからあんたの様子を見に来たってとこ」


エラは手近な椅子を手繰り寄せると、トンと腰を下ろす。エラもマイラも早めに終わったということは同じ班のソフィアももう終わっているはずだけど。

そう思ってソフィアが来ないか無意識に目を休憩所の入り口にやっていると、エラが笑いを堪えられなかったように軽く噴き出した。


「え、何?どうしたの?」

「いえ、ただ、わかりやすいなーと思って。ソフィアなら今最後の荷物片づけに行ってるから、もうちょっとで来るわよ」

「そっちは私たちがやっておくから先に休憩所の方行ってらっしゃい、って言っても頑なに自分の分は自分でやりますって。そんなこと言いながらもすごく急いでたし、そんなに早くこっちに来たいなら任せればいいのにねえ」

「あんたら二人ともお互いのこと好きすぎるでしょ。ま、見てて微笑ましくなるからいいけどさ」


エラにつられてマイラまでクスクスと笑いはじめる。それに何故かよくわからないけれど胸の奥から恥ずかしさがこみ上げて来て、誤魔化すためについ声を荒げてしまう。


「そんなことより!炊き出しはどうだったの?」

「ごめんごめん、揶揄うつもりは無かったからそう怒らないで。で、炊き出しだっけ?まあ無事に終わったわよ」

「途中ちょっとトラブルはあったみたいだけどねえ」

「トラブル?」

「予定より人が多いとかで、このままだと食材が足りないんじゃないかって話になってさ」


その原因にはちょっとどころじゃなく思い当たる節がある。多分、私と転生者が下層でやってきた清めの魔法のせいだ。元々、あの辺りに居た人たちは来ないことを前提に予定や予算が組まれていたのだろう。

しかも結構な人数だったので食材の端数や余剰で補えるようなものじゃない。

下層でやったことそのものを後悔はしていないけど、そのせいで今回の慈善事業が台無しになってなんかいようものなら、それが原因で来そびれた下層の人たちにはどう謝ればいいのか想像もつかない。

謝るにしたって、侯爵令嬢時代ならいざ知らず、今の私にはお金も無ければ立場も無いので出来ることなんて限られてる。最悪、下層で清掃活動辺りも視野に入れた方がいいだろうか。

結構真剣に頭の中で教会と下層を行き来するためのタイムスケジュールを組み始めていた私を置いて、エラが少し興奮したように話を続ける。


「でも、驚いたよね。その話をしてたらいきなりグランベイル様が来て、費用は自分が出すから今すぐ市場から出来るだけ材料を買ってくるようにって、警備してたギルドの人に言い出してさ」

「そ、そう。そんなことがあったのね」


思いもよらない方向に転がった話に私の顔が引きつった。とにかく動くのは転生者の良いところではあると思う。思うけど、動くたびに事が大きくなるのだけはなんとかならないのだろうか。私も片棒は担いだけれど。

警備を任されたギルドも買い出しに行かされるとは思っても居なかっただろうし、ただでさえ警備が手薄になる可能性があると言っていたのに、人手不足もいいところだろう。

しかも量が量なので突然こんなことになって市場の方にまで混乱が波及したりしていないか。家名義ではなく転生者個人が費用を負担なんてして、転生者の懐は大丈夫だったのか。他にも心配の種が多すぎて話の顛末を聞くのが怖くて仕方ない。


「それで……どうなったの?」

「始めは現場も大混乱してたんだけど、偶然こっち見に来てた商業ギルドの人を通じて、急遽商業ギルドとも連携してなんとかなったって。人が話してるのを聞いただけだからこれ以上詳しいことは知らないけどね」


商業ギルドの人ありがとう。偶然なんとか出来そうな人が間に入ってくれていて本当に助かった。これで結局現場は混乱して、炊き出しもままならずに終わりましたなんて言われた日には私は気が気ではなかっただろう。

しかし結局大部分は丸く収まっていそうな話で締め括られ、そのことに私がそっと胸を撫でおろしていると、エラが突然グッと拳を握って勢いよく立ち上がった。


「でもあたし貴族のこと、グランベイル様のこと誤解してた!」

「へ?」

「お貴族様ってもっとこう自分のことばっかりで、平民なんか見てもいないんだって思ってたんだけど、そうじゃなかったんだよ!」

「エ、エラ?どうしたの?」


立ち上がった勢いそのままに、次々とその時の転生者の様子やそれに対する賛辞がエラの口から飛び出してくる。

エラの熱気に軽く引いていると、微笑ましいものを見るような目つきでそれを見守っていたアイラが私にそっと耳打ちをする。


「エラちゃん、身銭を切ってでも平民を助けようとするグランベイル様を見てすっかりファンになっちゃったみたいでねえ」

「――だからあの時のグランベイル様の必死さは絶対民を思ってのことだったはず。演技でああはならないわ!ってフィリス聞いてる?」


急にエラから話を振られた私は、慌てて頭を何度か縦に振った。本当は半分くらい聞きていなかったけど、ここでそれを言うとまた熱弁が始まってしまいそうなので聞いていたことにするのが吉だ。


「でもフィリスいいなー。グランベイル様と一緒に南の方歩いて来たんでしょ?どんな感じだった?」


転生者は現貴族の中ではかなり善性に寄った人である。それは間違いないのだけど、いつになくキラキラとした瞳で私から転生者の話を聞き出そうとするエラを見ていると、複雑な気持ちになる。

いや、貴族が平民に慕われることは素晴らしいことだ。だけど、アイリス・グランベイル、転生者からはいつか私が身体を取り返すので、実際のエラの憧れの人はそのうち貴族でなくなるし、そもそも元は貴族でなかった可能性も高い。

どう返答したものか悩んでいると、見かねたマイラがエラと私の間に割って入った。


「エラちゃんストップ。フィリスちゃんもあんなことがあったばかりなんだから、まだ気持ちも整理出来てないでしょうにそうズカズカと踏み込まないの」

「ご、ごめん」

「いいわよ、別に。ただちょっと、今はそのことはあんまり話したくないから、今度にしてくれると助かるわ」


理由は違うけど気持ちの整理がつかないことは事実なので、エラの追求から逃れるために私はとりあえずマイラの挙げてくれた理由に乗っかる。

エラを止めてくれたことへの感謝をマイラに目で伝えると、マイラは軽く頷いたかと思えば、パンという乾いた音と共に手を叩いて鳴らしたみせた。


「さて、他班の撤収も済む頃合いでしょうし、私たちもそろそろ行きましょうか」

「そうね……そういえばソフィアは?もう少しで来るって言ってたけど」

「確かに遅い。全く何やってんだか。仕方ない、ちょっと手伝いに行ってくるわ」


軽く息を吐きながら、呆れたようにエラが立ち上がった時だった。


「ごめんなさい、遅くなっちゃった」


急いで来たのか、息を切らしたソフィアが丁度休憩所に顔を出した。


「遅くなったのは別にいいんだけど、何かあったの?」

「向こうの班で人が倒れたらしくて、それで手伝いとか色々……」

「色々って、人が倒れたんだったら危険とかは無かった?」

「うーん……」


心配から私が声をかけると、ソフィアにしては珍しく歯切れの悪い回答が返ってきた。

さりげなく目を逸らしているし、表情もあえて私に見せないようにしているような……?

ソフィアの態度に引っかかりを覚えた私が、ソフィアの顔を良く見ようと顔を近づけた時。


「はいストップ。貴女たちが二人の世界に入ると長いのよねえ。こっちに来たばかりのソフィアちゃんには悪いけど、先に撤収してしまいましょ」

「大体フィリスはソフィアのことになると過保護が過ぎるんだよ。そんなにべったりしてるといつか嫌われるぞ?」


マイラが呆れたように立ち上がり、エラが揶揄うようにニッと口角を上げる。口々に好き勝手に言う二人のせいでソフィアに抱いた違和感は頭から飛んでいった。


「貴女たちねえ!」


私の怒声に背を押されるようにエラとマイラはいそいそと休憩所から出ていき、それを追うようにわたしたちも後に続いて出て行った。



更新遅くなりましたすみません。ここからはまた投稿ペース上げていければいいなと思ったり思わなかったりします。

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