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27.アイリス

すえた臭いが鼻をつく。ところどころにゴミや汚物が散乱し、歩くのさえ躊躇ってしまいそうな道。

いつ崩れるかもわからないボロボロの壁が四方を囲み、道端にはやせ細った人たちが施しを求めて座り込む。彼ら彼女らは、光すら写さないような仄暗い目で私たちを見上げていた。


王都に存在する貧民街、通称下層。話に聞いていたよりも遥かに陰惨な様相のそこを、私こと元アイリス・グランベイル、現フィリス・リードは、何故か現アイリス・グランベイル兼転生者と共に疾走していた。

後ろからはソフィア他班員たちが追いかけてきているはずだけど、転生者の足が妙に早いせいでいつの間にか姿を見失ってしまっている。

炊き出しを行う予定の広場からも距離があるせいでここは警備の巡回も薄い。女二人でこんなところに居るのはどう考えてもまずいので早くソフィアたちと合流したいけど、転生者を一人で行かせるのもそれはそれでもっとまずい。結果、私は転生者に手を引かれ走りながら、息も切れ切れに声をかけることしか出来なかった。


「す、少し止まって頂けませんか!」


もう何度目かになる呼びかけでようやく転生者が足を止めた。肩で息をする私を見て、転生者はハッとしたように手を離す。

危なかった。私の体力はとっくに限界を迎えていて、あと少し声が届くのが遅ければ、手を繋いだまま転生者にこの路面を引きずりまわされるところだった。


「ごめんごめん。ゲームではあんまり描写されなかったところだったからちょっと興奮しちゃって」

「ゲーム……?描写……?」

「あー、話に聞いてた、みたいな?あんまり気にしないで!」


ひらひらと手をふる転生者だったが、私の中ではやっぱり腑に落ちない。遊戯ゲームと下層と描写という単語がどうにも繋がらないからだ。

ここに来るまでの間も短い間だったが、転生者と話していて何度かこういうことがあった。言葉に時々、別の言語で話しているような違和感があるのだ。

意味が通らないというか、別の意味で単語を使っているみたいに感じるというか。この辺りはもしかしたら転生者の出自と結び付けられるかもしれない。

現状、意図しない状況ではあるけど、ある意味一対一で転生者に話を聞く好機ではある。この機会にそれとなく転生者に色々と探りを入れてみるのもいいかもしれない。それに今頃、ソフィアたちもギルドの傭兵たちと一緒にこっちを追って来てくれているだろうし、下手に歩きまわって入れ違いになるよりはここで話をして待っていた方が良い。いざとなれば魔法で呼ぶ手もある。

そう考えると、この状況は私にとってそう悪くないものであるように思えた。


「そういえば、アイリス様はどうして私を同行者に選んだのでしょうか」


これはずっと疑問に思っていたことだ。今回の催しの同行者として、何故人となりも知らないような(あちらからすれば)初めて出会う私を選んだのか。

もしそこに何か深い理由があるなら素直には言わない可能性は高いけど、それでもわずかな表情の動きから読み取れることはある。私は表面上は作り笑いを浮かべながらも、転生者の一挙手一動を見落とさないように目を細める。

だが、転生者の反応は私の予想していたものからは大きく外れていた。転生者は、はにかむように笑ったのだ。


「好きなキャラ……じゃなかった。人に似ていたから、かなあ?」

「す、好きな人、ですか?」


それはちょっと予想外だ。少なくとも、私が見る限りは表情に嘘も見受けられないし、まさか本当にそれだけの理由で見ず知らずの人間を近くに置くことにした、と?

私があまりの答えに茫然としていると、転生者は慌てて何かを否定するように手を振る。


「あっ!アイリスに同性趣味があるわけじゃないからね。アイリスが恋愛的に好きなのはエリオット殿下。その人はなんて言うかな、尊敬?憧れ?みたいな」

「その人が私に似ていた、と?一体どのような人なのでしょうか」

「気高くて優しくて、逆境でも負けない強い人。とっても格好良くて可愛いの!表向き屹然としてるのに内心は繊細だったりしてでもそのギャップが良くて!物語の途中からは色んなことが重なって、心を病んだり悪役になっちゃったりするけど……」


目をらんらんと輝かせて語る彼女からは、何かを偽る人間特有の嘘臭さが全く見受けられない。どうやら、本心から言っているようで、しかも段々とヒートアップしてきている。


「ルートによってはヒロインのためにわざわざ汚名を被ったり、自分の身も省みずに危険に飛び込んだりいっつも他人のために頑張るの。でもそのせいで大体不幸になるのだけは許せなかったなー」


何かを思い出すようにしみじみと語る転生者。一旦息継ぎのために話が途切れたが、今にもまたその人物の話をし出しそうな雰囲気を感じるので、再び話し出す前に私は口を挟む。


「その人が好きなのはわかりましたけど、私がその人と外見が似ている、ということですよね?それだけで私をわざわざ指名したのでしょうか」

「だけ、って言うか、その人はもう居なくて会えないんだ。でも、フィリスに会った時、なんだかその人に会えた気がしてなんだか嬉しくなっちゃってつい勢いで。嫌だった?」


えへへと笑いながら頬を掻く転生者の姿は、少しだけ寂しげに見えた。


つまるところ彼女の慕っていた、恐らく故人と私が似ていたせいで懐かしさから暴走してしまったらしい。貴族のやることとしては些か衝動的に過ぎるけれど、私も他人の思い出まで否定する気にはなれないので、今回のことはそういう物だと受け取っておこう。


「そういうことなら私も、外見がアイリス様の思いに浸る一助となれたのなら吝かではありません」


私が遠回しに今回のことを肯定すると、転生者は何故か腕を組んで唸り始めた。


「うーん。いや、始めは外見だけだったんだけど、なんか言い回しも似てるんだよねー。厳密にはちょっと違うんだけど、雰囲気というか?あ、その人、自分と同じでアイリスって言う名前なんだけど」


転生者の慕うその人と私、言い回しと外見と名前まで同じとは、奇妙な偶然もあるものだ。そこまで似ていると言われると件の人物が私と近しい血であることを疑いたくなるけど、そんな兄弟姉妹は私には居ない。あるとすればお父様の不貞だけど、あのお母さまを溺愛していた人が不貞を働くとも思えない。

一応私の身うちや知り合いにに該当者が居ないか、脳内で親戚一同を洗っている間にも、転生者の語りは続く。


「でね、アイリスが下層に来ようって思ったのもその人の影響なんだー」

「影響ですか。その人は慈善活動家だった、とかでしょうか」

「ううん違う。でもずっと下層、っていうか平民のことを気にかけてた人だったから、その人の代わりにアイリスが何かやらなきゃなーって」

「代わりに、と軽く言いますけれど、これだけの規模で事業をやるのであればそれなりに大変だったのでは?」


転生者はいつも能天気に笑っているように見えるけれど、これだけの規模の人数や資金を動員して下層で人を動かすのはそれなりの労力だったはずだ。

お父様は協力どころかほぼ間違いなく干渉すらしてこないはずなので、これを全部、少なくとも始まりは転生者一人でやり始めたということになる。それだけに何かもっと裏があるのではと疑っていたけど、もし今まで転生者が言ったことが全て真実なら、これだけのことを慕う人の思いを継ぐためだけにやったということだ。

貴族としては破天荒だったり、行動が軽すぎたりする転生者だけど、そのどれにも悪意は感じない。恐らく善良な人間であることは間違いないだろう。

あるいは貴族としても、下層の現状を知識だけでわかった気になって、思い煩うだけで何もしなかった私なんかよりも転生者の方がずっと……。



「アイリスはほら、なんていうかもうこの世界に居るだけで満足してるから。不満があるとすれば、それこそ自分じゃないアイリスと会えないことくらい」


にへらと笑う転生者が、私には妙に眩しく見えた。



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― 新着の感想 ―
[一言] ”アイリスに同性趣味があるわけじゃないからね” 残念です
[一言] 転生者アイリスちゃん、普通に良い子ですね~。しかも憧れの人って……うん、この二人の絡みはこれはこれでエモい?気がします。 転生者ちゃん、憧れの人の姿が変わってしまっても無意識にその本人を選ん…
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