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11.信用

「一つ、アイリス嬢と内密に話したいことがあるんじゃがいいかのぅ」


私とソフィアとそのお爺様が幾つかの他愛ない話をして、少し区切りがついたところでお爺様がそう切り出した。


『私と、ですか?構いませんが、どのようなお話で?』

「なに、少しアイリス嬢のことについて聞きたくての」

『私のこと、ですか?』


お爺様は機嫌が良さそうにニコニコと笑っているが、それ以上は言葉を続けようとしない。

ここから話すことはあまりソフィアには聞かせたくないということだろうか。



『解りました、盗聴防止の魔術でよろしいですか?』

「あぁ、発動魔力は儂が負担しよう」

『感謝いたします』


私も作り笑いで応対する。この老人はソフィアの味方であって私の味方ではないのだから、ソフィアを挟まない内密の話をするのであれば表情は隠しておきたい。

少なくとも、立場がはっきりするまでは。

私が身体を失う前、貴族を相手にしていた頃のことを思い出しながら、表情を作っていく。

この老人もおそらくはこっち側だ。感情を隠すことを知っている。


笑顔で相対する私たちに、不穏な空気を感じとったのか、ソフィアが少し不安げに声をかけてくる。


「あの、二人とも……?」

「大丈夫じゃよ、ソフィア。少し話をするだけじゃから」

『そうですね。ソフィア、丁度いいから話の間に算術の復習をしておくのはどう?貴女のお爺様に勉強の成果を見せるの』


私の提案に、これ以上話に入れないことを察したソフィアは「わかった」と言うと机の方に向かった。

無理矢理話からはじき出したことに内心で謝りつつ、お爺様に続きを目で促す。


「それでは用意をするかの。≪光と風の精に命じる。我は万物を覆い隠す者。我とこの者をこの世界より隠匿せよ≫」


ソフィアのお爺様が唱えた魔術によって、私とお爺様の周囲に魔力が渦巻いていく。

盗聴防止の魔術、この魔術はしばらくの間、お互いの声を互い以外の周囲に聞こえなくして、表情も周囲からは認識できなくしてしまう魔術だ。

それがしっかりと発動したことを確認してから、ソフィアのお爺様は口を開いた。


「まずは改めて自己紹介といくかのぅ。儂はソフィアの祖父、前総主教、ガウス・リード。今は教会内ではなんの役職も無いしがない老人でのう。それでアイリス嬢、お主は何者じゃ?」


お爺様、いや、ガウス翁は浮かべていたニコニコとした笑顔を消して、こちらを探るような視線を向けてくる。孫娘の隣に突然現れた霊に向ける視線としては当然のものだと思うけれど。

ただ、その目に宿る眼光は、どう見てもしがない老人のそれではないとだけは言いたい。


ガウス翁の問いになんと答えるべきか、一瞬だけ考えて、私はありのまま全てを伝えることにした。

荒唐無稽な話だから、いっそ誤魔化してしまうことも考えたけれど、ソフィアと関わっていく以上下手に誤魔化してこの老人との関係が悪化するとやりづらいのは間違いない。

信じてもらえるかはもう賭けだ。


『ガウス翁、私はグランベイル侯爵家が娘、アイリス・グランベイルです。故あって何者かに身体を乗っ取られ、このような状態に陥っています』


私の出自を聞いたガウス翁がわずかに目を見開く。流石に侯爵家の令嬢だとは思っていなかったらしい。

ガウス翁が驚きをすぐに表情ごと消したのを横目に見ながら、私は身体を乗っ取られてからのあらましを説明していく。


身体を何者かに乗っ取られて、乗っ取った”それ”は今「アイリス・グランベイル」として活動していること、身に覚えのない殿下との婚約でソフィアと出会って、ここに連れて来てもらったこと。


『……それで、今はソフィアにお世話になりながら身体を取り戻す方法を探しているところです』

「ふむ……」


ガウス翁はあごひげを撫でながら、情報を吟味するように黙りこんだ。

緊張感のある沈黙が互いの間を流れる。

ほんの数舜の後、思考をまとめたらしいガウス翁が、一度目を伏せてから話しだした。


「事情は理解したわい。儂はグランベイル嬢を信じよう。勿論、あとでソフィアにも話の真偽を確認させては貰うがのう」

『感謝します、ガウス翁。それと、アイリスで結構です。こんな場所でグランベイルの名を出しても面倒ごとしか起こさないでしょうから。……しかし、私が言うのもおかしいかもしれませんが、

そんな簡単に信じてよろしいんですか?荒唐無稽な話ですし、ソフィアに話を聞くと言っても私がソフィアを騙しているかもしれないのに』

「儂はあの子の人を見る目を信じておるからのぅ。ソフィアがあそこまで懐いておるんじゃ、悪い人物ではあるまい。それに身体を奪うという魔術に思い当たることが無いでは無いんじゃ」


その言葉を聞いて、グッと身を乗り出しそうになる我が身をなんとか自制して、取り繕った表情で私は口を開いた。


『心当たりがあるんですか?良ければ教えてほしいのですけど』

「教えたいのは山々じゃが立場上おいそれと言えんところにそれはあるでのう。故に教える前に先にソフィアに聞きたいことがあるんじゃが、いいかのぅ?」

『ええ、勿論』


私が頷くと、ガウス翁は一旦盗聴防止の魔法を止めて、ソフィアの元に歩いていった。


「ソフィア」


ガウス翁の声に、机に向かって勉強をしていたソフィアが顔をあげる。


「お爺様?お話は終わった、の?」

「それなんじゃが、ソフィアに聞きたいことがあってのう。ソフィアから見てアイリス嬢はどういう人物じゃ?」


その問いに私は息を呑む。ここからの二人の話次第で、ガウス翁から私が喉から手が出るほど欲しい魔術の情報が聞けるかどうかが決まる。

ソフィアは、「アイリスさん?」と聞き返してから、満面の笑みでこう言った。


「とっても良い人、だよ。優しくて、綺麗で、いろんなことを知ってて、教えるのも上手で、大好き」


……顔が熱くなってきた。貴族言葉でのおべっかには慣れてるけど、こうストレートに褒められるとなんだか落ち着かない。

しかもソフィアには裏表がないのがわかる分、余計に威力がある。


私が羞恥心と戦っている横で、ガウス翁はさらに質問を重ねる。


「ではソフィアの目にはアイリス嬢はどう映っておる?」

「透き通るみたいに透明で、すごく綺麗」

「ほぅ」


ガウス翁が意外そうに眉をあげる。

ガウス翁は「そこまでか……」と呟くと、ソフィアの頭をぽんぽんと撫でた。

「ソフィアや、勉強の邪魔をして悪かったのう」


ガウス翁は穏やかな笑みをソフィアに向かって浮かべると、私の方にやってきて再度盗聴防止の魔法を唱える。

魔法が発動したのを確認してから、私は話を切り出した。


『どうでした?聞きたいことは聞けたので?』


今のやりとりで何を確認したかったのかはわからないけれど、私が身体を取り戻すための情報への大きな一歩が、今のやり取りで決定したかと思うと、ガウス翁の返答に身構えてしまう。

そんな私の内心を知ってか知らずか、ガウス翁は重々しくこう切り出した。


「うむ……アイリス嬢はソフィアに随分と好かれておるのう」


重い雰囲気から予想外の返答に「へ?」という間抜けな声が私の口から洩れた。ポカンと口をあけた私を一瞥し、苦笑しながらガウス翁は話を続ける。


「あのあまり自身の懐に他人を入れたがらん子が、こうまで言うんじゃ。まあ話しても問題なかろう」

『えっ、ソフィアに確認したいことと言うのは、私の話の整合性などじゃなく、私の人柄の話だったんですか?』


かか、と笑うとガウス翁は口の端をぐいっと上げる。


「その人柄が大事なんじゃよ、ことソフィアに至っては。あの子は不思議な目を持っとる。そのせいか、あの子は人を表面じゃなくもっと根本的なところで見ておる。魂、とでも言うのかのう。

だからあの子はその人の本質を見抜く。そんなソフィアがああまで言うなら、儂にとっても信用できる。まあ好かれすぎてちと妬ましいがのう。儂なんて面倒な政争のせいでほとんど会えんというに……」


そこから息子たちの政争のせいで滅多に会えない孫娘についてグチグチとぼやきだしたガウス翁がおかしくて、私はつい笑ってしまう。


『ふふ、私はそんな大層な人物ではないと思うのですけど、信用を得られたなら良しとします』

「まあ他にもちと思い当たるところが無かったわけではないしのう。グランベイル侯爵家の娘が何やら人が変わったように色々しとるという噂も聞いとったし」

『そのお話詳しくお願いします』


聞き捨てならない言葉を聞いて、私はガウス翁にずいっと詰め寄った。

こんなところまで悪名が響いているとは、偽私は一体何をやっているのか。



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