1.空から降ってきたものは
転生する側ではなくされる側が主人公です。ゆるい感じの物語になりますが、よろしくお願いします。
1話と銘打っていますが実質プロローグなのでこの話だけかなり短めです。
2021/07/05 加筆修正
疲労で折れそうになる姿勢を、無理矢理正して屋敷の通路を進む。いっそ今すぐにでも床に寝転んでしまいたくなるような疲労感をなんとか抑え込んで、私は自室にたどり着く。いつもと変わらない、私の一日の終わり。
私の一日は、学問・政治・立ち居振る舞い、家庭教師による詰め込まれるような教育で始まる。食事時も休憩時も、爵位相応の貴族らしい振る舞いを求められ、他は全て勉強の時間。私の気の休まる時間ほとんどはない。
仕方のないことなのはわかっている。私は、”侯爵令嬢 アイリス・グランベイル”なのだから。肩書に見合うだけの人物に、侯爵足り得る人間にならなければいけないから。だからこれらは私が貴族であるために必要なことだ。
それでも、どうしても時たま息苦しさを感じてしまう。それが私の未熟故と頭では理解していても。
「はあ……一時で良い。どこかへ飛んで行ってしまいたい」
呟き、ベッドに倒れこもうとした時、ヒヤリと頬に冷たい夜風が当たる。風の吹いてきた方を見ると、何故かバルコニーの窓が開いていた。
「使用人の誰かが閉め忘れたのかしら」
暖かくなってきたとは言え、まだまだ夜は冷える季節だ。窓を開けたまま眠れば、風邪をひいてしまいかねない。私は仕方なく、窓を閉めるためにバルコニーに近づく。
窓に手をかけながら、なんとなしに外に目をやれば、煌くような夜空が私の目に入ってきた。真っ黒な夜の帳の中に、宝石のように輝く星たち。今日は一段と星のよく見える日なのだろう。それはとても幻想的で、手を伸ばせば、星々に手が届いてしまいそうなくらい。
思えば、夜空をゆっくりと見上げるなんていつぶりだろう。明日も早いし、身体も疲れている。それでも、私はもう少しだけこの夜空を見ていたくなって、気が付けば足は何かに誘われるように、自然にバルコニーへと向かっていた。
「綺麗……」
バルコニーから見る夜空は格別で、雲一つない空にくっきりと浮かぶ光たち。満天の星というのはきっとこういうのを言うんだろう。
本当に届かないかな、なんて。遊ぶように空に向かって手を伸ばしていると、ふと、一つの星が目についた。それは、他の星よりも一等大きな輝きを放つ星。それこそ、本当に手が届きそうに錯覚するくらい、近く感じる。
「とても大きくて綺麗だけど、あんな星あったかしら?」
しばらくその星を見つめていると、段々と輝きが大きくなっていることに気が付いた。まるで近づいてくるような錯覚を―― そこで私は気づいた。錯覚ではなく、その星は本当にこっちに近づいて、いや、落ちてきていることに。
私は慌てて踵を返し、部屋の中に引っ込もうとしたが、不運なことに焦りから足を縺れさせ、転んでしまった。
大きな輝きは、私の目の前まで迫っている。ぶつかる、もう駄目だ。そう思って、私は反射的に目を閉じた。
一瞬か、はたまた数刻か。
目を瞑ってからどれだけの時間が経っただろう。覚悟していたような、何かが衝突する感覚は、いつまで待ってもこなかった。
やっぱり、空から星が落ちてくるなんて気のせいだったんだろう。そう思い直し、おそるおそる目を開けた私の目の前には、何故か”私”が立っていた。