第6話 誰も殺していない
ジャンとジェシカの一悶着を見届けたレイは、本来の目的を達成するために広間に向かった。広間にはジャン以外の者が全員揃っていた。フランカはリーと話をしていた。おそらくレイが頼んでいた事情聴取を進めているのであろう。レイが来たことに気づいたケーニッヒが彼女に声をかける。
「あ、レイさん。部屋の方はどうでしたか?」
「残念ながら犯人断定に至るほどの物的証拠は見つからなかった。」
「そうでしたか・・・。」
ケーニッヒは残念そうに俯く。
レイはフランカに任せていた事情聴取の結果を確認する。
「もう全員と話はしてみたか?」
「ジャンさん以外の方からはお話を伺えました。ジャンさんはずっと捕まらなくて・・・。」
「では、ジャン殿以外の昨晩の様子について教えてくれるか?」
フランカは頷き、説明を始める。
「旅剣士のリーさんは、レイさんや魔具研究家のアレックスさんよりも早く自室に戻られてからすぐに就寝されたそうです。続いてアレックスさんがお部屋に戻られて、同じくすぐにお休みになられたとのことです。アレックスさんは昨晩の記憶が曖昧みたいですが、部屋に戻る直前に広間でレイさんと会話をしていたことはハッキリと覚えているみたいです。」
「そうだな。彼は少々酒を楽しみ過ぎたようであったな。リー殿もアレックスも《《部屋に戻った後のこと》》を証明をできるような証言はあったか?」
「いえ、部屋に戻った後については誰も・・・。」
「なるほど。承知した。では、続いて君を含めた従業員について同様に話を聞かせてくれるか?」
「はい。調理師のティムさんと私は食事の後片付けをした後、少しお話をしてからそれぞれの部屋に戻りました。ティムさんは離れの小さな宿に住んでいらっしゃるので、そちらへ戻られました。私はレイさんと同じ二階の部屋へ戻りました。ジェシカさんは夕食の途中でジャンさんと自室へと移動されてからは、外に出ていないとのことです。最後に、ケーニッヒさんは夕食が始まってすぐに受付まで移動して、事務作業の残りを片付けていたみたいです。リーさんも部屋に戻る際には受付で作業をしているケーニッヒさんの姿を見たと仰っていました。」
「たしかに私もケーニッヒ殿とは受付で会話をしたな。広間から部屋に移動するには必ず受付の前を通るのだから当然だが・・・いや、待てよ。」
「どうしました?」
レイは《《ある者のある発言》》の矛盾に気付き、考え込む。突然黙り込んだレイを心配そうにフランカが見つめる。その時、受付の方からジャンの声が聞こえた。
「俺はこの宿を出ていくぞ!お客様の部屋に血を撒き散らすような悪趣味な宿なんかクソ喰らえだ。」
ジャンは乱暴に出入り口の扉を蹴飛ばして開け、大股で不機嫌そうに出ていく。ケーニッヒが彼の後を追い外に出る。
「ケーニッヒさんったら、あんな人追う価値もないのに。」
ジェシカは冷ややかな視線を送りながら小さな声で言った。そのままなんとなく気まずくなった宿泊者達は散り散りに部屋に戻っていた。
二日目の夕食の時間になり、ジャン以外の全員が再び円卓に着く。昨晩ほど会話が盛り上がることもなく黙々と食事を進めていた。その空気をなんとか変えようとアレックスがわざとらしく食事を褒め出す。
「そ、それにしてもここの料理は本当に美味しいですね!特にこの鶏肉なんて筋も少なくて食べやすいです!」
「お褒めいただきありがとうございます。ちなみにですが、今お召し上がり頂いているのは兎肉となっております。」
「あ、すいません・・・。」
淡々としたティムの指摘にバツが悪くなったアレックスは肩を竦めて全体的に小さくなってしまった。その様子を見たレイが会話のフォローをする。
「兎肉か。あまり口にした経験が無いな。ここら辺で獲れた兎を使っているのか?」
「その通りです。ここから少し歩いたところに生息している兎です。獲れたての活きの良い兎ですし、この時期は身も締まっていて食べ応えがあります。」
「なるほど。確かにアレックスの言う通り、見事な料理だ。」
結局その後も会話が続くことはなく、各々の部屋に戻っていった。自室に辿り着いたレイは、窓辺にある小さな椅子に腰を掛け、はぁとため息を吐き出す。
「思っていたより《《下らない真実》》が見えてきたな。・・・さて、頼んでいた物は見つかったか?マキナ。」
レイのその言葉に反応するように、部屋の隅で姿を消していた少女が姿を現した。
「はい。《《あの場所》》からレイが言っていた通りの物が見つかりました。」