第5話 死体の無い殺人現場
ジャンの部屋には飛び散っ血痕だけが見られ、誰の死体も凶器らしきものも、そこには存在していなかった。自分の宿泊している部屋が何者かの血で染まっている光景を目にしたジャンはパニック状態になり、ただひたすらにケーニッヒの胸ぐらを掴んで文句を言っていた。
「おい!!どうなっているんだ!なんで俺の部屋がこんなことになっているんだ!」
「落ち着いてください、ジャンさん!私だってわけがわからないんですよ!」
「さっさと犯人を見つけろよ!」
喚き散らかしているジャンに対して、レイは落ち着いて質問をする。
「ところで、ジャン殿。なぜジェシカの部屋にいたのだ?」
「な、なんだって良いだろう。いちいち聞かなきゃわからんわけでもあるまいし。」
それを聞いたフランカは赤面しうつむき、ケーニッヒはなんとも言えない表情をしていた。レイは冷ややかな視線をジャンに送り、話を続ける。
「そうか。では、ジャン殿、少し部屋の中を見ても良いかな?」
「良いわけないだろ!」
「はて、『さっさと犯人をみつけろ』と言ったのは貴公ではないかな?現場を見ることもなく、犯人を見つけることはできないと思うが。」
「っくそ。あぁもう、なんでも良いから早く犯人を見つけてくれ!気味が悪い。」
「承知した。」
そうしてレイはジャンの部屋へと入り、捜査を始めようとする。
「レイさん、私も犯人探しのお手伝いをします。」
フランカが怯えながらもそう申し出た。
「有り難う、フランカ。では、他の宿泊者達に怪しい者がいないか、聞き込みをしてきて欲しい。衣類に血痕がないか、言動に不審な点は無いかを聞き出すんだ。」
「は、はい!では、行ってきます!」
「ちょっと待ってくれ。一応聞いておくが、《《この事件の犯人は君では無いな》》?」
レイはそう言ってフランカの目をじっと見つめる。フランカはその瞳に吸い込まれそうな感覚に陥り、一瞬返答が遅れたが「私は犯人じゃない」と返答をした。少しの沈黙の後に、レイは「そうか」とだけ言った。
レイはジャンの部屋の調査を始めた。血痕は主に三箇所に飛び散っていた。最も大きな血痕はベッドの上、次点で床。これだけを見れば、《《何者か》》がベッドで殺害され、その血が床にも流れ落ちたと考えられる。しかし、《《床とベッドの間には血の流れがない》》。それぞれが点在している。そして血痕が存在している最後の箇所は、ジャンの荷物の上。その荷物は、扉のすぐ近くに配置されているベッドからは対角に位置している。
「(妙だな。血と血の繋がりを追えば、被害者の動きが見えてくるはずだが・・・。どの点を結んでも不自然な点が存在している。)」
レイは部屋の隅々まで調べたが、その三点の血痕以外には特に不自然な点を見つけることはできなかった。
フランカの調査の進捗を確認しようと、レイが円卓のある広間へと移動を始めると、受付の裏側にあたる通路から何者かの声が聞こえ、足を止めた。
「俺がお前の部屋にいるうちに俺の部屋がめちゃくちゃにされてたんだよ。気味が悪い。お前何か心当たりはないか?」
「知らないですよ。それよりアナタが私の部屋にいたことはケーニッヒさんにバレてないですよね?」
「うっ、それは・・・。」
「・・・サイアクです。」
「仕方ないだろ!部屋を出る瞬間を見られちまったんだから。そんなことより、とにかく気味が悪い。俺はもうこの宿を出ようと思う。」
「勝手にしてください。もう知りません。」
「なんだよその態度は、このクソ女!」
ジェシカはジャンの頬を強く叩き、涙を流しながら広間の方へと歩いて行った。ジャンは近くにあった樽を蹴飛ばし、裏口から外に出て行った。その樽は残飯等の客前には出しておけないようなゴミを溜めていたものらしく、その周囲にはわずかな腐臭が漂っていた。
それらの光景を見たレイの思考は《《ある一つの可能性》》にたどり着いていた。