第4話 事件の朝
部屋に戻ったレイは、睡眠を取ることにした。周囲を警戒するように上半身を起こし、剣を手元に置いていた。そんな状態の睡眠の中で、彼女は夢を見ていた。
刀を腰に差した男が草原の中に立っている。桜が舞い散る中で目を瞑り、深くゆっくりと呼吸をしている。レイは吸い寄せられるように彼に近づいていき、声をかける。
「なにをしているの?」
「・・・深呼吸だよ。ここの空気は素晴らしい。」
「空気なんて、どこも変わらないよ。」
「そんなことはないさ。ここの空気は澄んでいて、とても良い。」
レイは彼の言うことを確かめるように深呼吸をする。しかし、彼が言う「澄んでいる」という意味は理解できなかった。
「やっぱり、ただの空気だよ。」
「ははは。そもそも君はここ以外の空気を味わったことがあるのかい?」
「クルサリアス以外の場所の空気?私は無いよ。」
「そうか、《《レイ・アルメリア》》はクルサリアスから出たことが無いんだな。じゃあ、《《君は》》どうかな?」
刀の男はレイを見つめ、そう言った。
夢から目覚めたレイは、陽が登り始めて薄明るくなってきている外に目を向けた。
「また、懐かしい夢をみてしまったな。」
ベッドから窓辺へと移動したレイは、ゆっくりと深く空気を吸った。
ケーニッヒの宿に滞在してから一晩が明けた。朝食の時間は全員一緒であり、フランカが宿泊者全員の部屋を訪れ、朝食の準備ができた旨を伝える。現在、円卓に並んでいるのは、
女騎士:レイ
旅剣士:リー
魔具研究家:アレックス
店主:ケーニッヒ
看板娘:ジェシカ
それに、キッチンにはコックのティムがいる。この空間にいないのは、フランカと詩人のジャン。フランカは何度呼んでも出てこないジャンを再び呼びに行っている。しばらく待ってもまだ帰ってこないフランカをケーニッヒが心配する。
「フランカの奴、遅いなぁ。ちょっと様子見に行ってきます。皆さんは先に朝食を始めていてください。」
「私も同行しよう。ジャン殿は少々手癖が悪いようだからな、何も無いとは思うが一応私も《《応援》》として同行しよう。」
「おぉそうですか、ありがとうございます。」
レイとケーニッヒはジャンの部屋へと向かった。
ジャンの部屋の前には心配そうに何度もドアをノックしているフランカがいた。
「ジャンさん。大丈夫ですか?もし起きているならお返事をください!」
フランカに続くようにケーニッヒも声を掛けるが、ジャンからの応答は無い。そして、レイは《《ある異変》》に気付いた。
「ケーニッヒ殿、この部屋の合鍵は?」
「え、あぁそれなら全部屋共通の鍵がここに。でも、さすがに勝手に開けてしまうのは、信用にも関わるしなぁ。」
「そうも言っていられないかもしれない。この部屋からは《《血の匂いがする》》。」
フランカとケーニッヒは「えぇ?」と声を合わせ、半信半疑の中で鍵を使い扉を開いた。するとそこには、赤黒い液体がベッドに飛び散った光景が広がっていた。その光景を見たフランカは叫び、ケーニッヒは言葉を失っていた。レイは冷静に《《その空間にあるはずのモノ》》を探していた
「ジャンさん!ジャンさん!」
フランカは何度も繰り返し叫んだ。すると、隣の部屋から《《ジャン》》が姿を現した。
「なんだよ、うるさいなぁ。二日酔いで気持ち悪いんだ。少し静かにしてくれよ。」
「え、ジャンさん・・・?死んだんじゃ・・・?」
「なんだって?勝手に殺すなよ!」
混乱するフランカに、レイは言った。
「そこにいるジャン殿は本物だ。」
「でも、でもこのジャンさんの部屋には血が飛び散っていて・・・」
「しかし死体が無い。あるのは《《飛び散った血だけ》》だ。」
「え、でも、それだったら変じゃないですか?だって・・・」
「その通り、変なんだ。《《この宿にいる人物は誰も死んでいない》》のだから。」