第3話 魔具
フランカは軽く会釈をした後にまた広間の隅に戻っていった。その後もほろ酔い状態のケーニッヒは自身の出自や経歴についてを繰り返し語っていた。その間にこの宿のコックであるティムとジェシカは慣れた手つきで食事を運んでくる。新人のフランカはジェシカに皿の配置等を教わっていた。
全ての料理が運ばれて、ようやく夕食が始まる。円卓を囲っているのはレイと剣士のリーと魔具研究家のアレックスに詩人のジャン、そして店主のケーニッヒ。ジャンとレイの一悶着のせいか、ケーニッヒ以外の者は口数が少なかった。しかしケーニッヒはそんなことはお構い無しに話を進める。
「そう言えば皆様はどうしてこんな辺境の宿に?」
ケーニッヒのその問いかけに最初に答えたのは剣士のリーであった。
「私はカドニアにいる友人に呼ばれたんです。本当はここに滞在せず真っ直ぐに向かう予定だったのですが、お恥ずかしい話、長い馬車道で体調を崩してしまって。」
「おぉそれは気の毒に。たしかに昨日お越しになられた時は、青ざめた顔色でしたな。」
リーは恥ずかしそうに肩をすくめた。続けて魔具研究家のアレックスが答える。
「僕はなんとエーベルハルト・エウルール氏に招待を受けてここに来たんです。暗号じみた地図をもらったのですが、実を言うとまだここから先の暗号を解明できていなくて・・・。ここで足踏みをしてしまっているのです。明後日が約束の日付なのですが、間に合うのか心配でなりません。」
「それはそれは。半年に一度ほどエウルール殿はこの村に姿を現しますが、彼は本当に変わった人ですな。世界中の魔具をひたすら収集しているようですが、一体何を考えているのやら。おっと、もうこんな時間か。私はちょっとここらへんで失礼しますよ。みなさんは引き続きお楽しみくださいね。」
この世界には『魔具』と呼ばれる道具がある。魔具は魔素を媒介に発動できる道具であり、火種を起こすだけのものから豪炎を巻き起こすような威力を発揮するものまで存在する。魔具の発動に必要な『魔素』は、酸素や窒素といった元素と類似したもので、この世界の動植物はさそれぞれ魔素を生み出す器官を持っている。魔具によって生み出された魔法は魔素を介してその効果を発揮する。例えば熱を生み出す魔具は魔素を振動させて熱を伝搬させる。その魔素はもちろん空気中にも存在している。
ケーニッヒが席を立ち、気まずい空気が流れていた円卓だったが、その沈黙を打ち破るように魔具収集家のアレックスはレイに話しかけた。
「そう言えば、アルメリアの血筋の人は『剣の魔具』を得意としているんですよね?」
「あぁその通りだ。剣の形状をしていれば大抵のものは扱える。自然魔具から特級魔具までな。」
「やっぱりそうなんですね。すごいです!取り扱える魔具はその者の素質だけで決まってしまいますからね。僕の母は昔、料理人になりたかったらしんですが『火の魔具』を全く取扱えなくて、その夢を諦めてしまったみたいなんです。」
「そうだったか。それは残念だ。」
「いえいえ、もう仕方ないことですから。」
アレックスとレイが会話をしている間に、ジャンはジェシカの側へと移動していた。昼に受けたレイのアドバイスを活かすことができていないのか、彼女はジャンに対してうやむやな態度を取っていた。そしてしばらくして、ジェシカはジャンに半ば無理やり連れて行かれる形で円卓を離れていった。それを横目で見ていたレイは、深くため息をついた。
夕食を終えたアレックスは酒が回りふらふらとした足取りで一階の部屋へ戻り、フランカとティムは夕食の後片付けをしていた。レイはその片付けを手伝った後に二階に戻ろうと受付の前を横切ると、カウンターで作業をしていたケーニッヒに呼び止められた。
「レイさん、ちょっとすみません。ジェシカを見ませんでしたか?どこを探しても姿が見当たらなくて・・・。」
「夕食中に詩人の彼と姿を消したようですが、その後は見ていませんね。」
「え?ジャンさんと?あぁ、またあの子は・・・。」
どうやらジェシカの《《ナンパされ癖》》は、今に始まったことでは無いようであった。