第2話 宿泊者
レイが宿に着いてから数時間が経過し、街灯が無いアルフ村は深い闇に包まれていた。夕食の準備ができたと伝えにやってきたジェシカに連れられ、レイは一階の広間へと向かう。広間には木製の円卓があり、先客たちが囲んでいた。
「お、人気のない宿だと聞いていたが、こんなに美しい騎士殿も宿泊しているとは、俺も幸運だな。」
そう言って、男はレイが座る予定の椅子を引いた。
「お気遣いありがとう。紳士殿。」
「お安い御用ですよ。あと、俺の名前は紳士殿じゃなくて、リー。こう見えて結構腕の立つ剣士なんですよ?」
「そうか。よろしく、リー。私はレイだ。しがないただの騎士だよ。」
レイがそう言って椅子に腰掛けると、向かいに座っていた長髪の男が彼女を睨みつけながら話に入ってくる。
「・・・その鞘に描かれている模様はなんでしょうかね?騎士様。俺には『アルメリア家』の紋章に見えるのですが?」
『アルメリア家』という言葉を聞いた者は皆、ハッと驚いた表情へと変化する。先ほどまで近くにいたリーも恐れるように彼女から一歩距離を取る。
「・・・いかにも。私はアルメリア家の騎士だ。皆が思い浮かべている『アルメリア家』の正当な血筋の人間だよ。」
「は!やっぱりな。《《あれほどの虐殺》》を行った家系の人間が、騎士を名乗るとは。身の程をわきまえていただきたいものだな。」
レイは表情一つ変えずに円卓の上にあったグラスに手をつける。その様子が気に食わなかった長髪の男は声を荒げた。
「おい!俺の話を聞いていたか?」
「あぁ、もちろん聞いていたさ。『身の程をわきまえろ』だろ?それに従い、静かにしていたではないか。」
「お前なぁ・・・。まぁ良いさ。この吟遊詩人のジャン様がお前の詩を各地で詠おう。『殺戮に溺れた騎士』の没落の詩だ。世界中に広めてくれる。」
「そうか。それは悪くない。しかし、貴公が詠うまでも無く《《この名》》は既に広く知れ渡っている。それでも良いのなら是非とも詠ってくれ。」
「おいおい・・・お前、狂ってるのか?」
ジャンは呆れたように言うと、彼の隣に座っていた小綺麗な服装に身を包んだ若い男がなんとか話を変えようとする。
「まぁまぁ、みなさん。どんな人物にせよ、旅の途中の出逢いというものは大切にすべきですよ。申し遅れましたが、私はアレックスといいます。魔具の収集と研究を生業としているものです。」
「自己紹介をありがとう、アレックス。魔具の収集と研究とは、非常に興味深いな。」
「著名な収集家のエウルールさんとかに比べると大したことは無いですが、これでも人工魔具とか・・・」
「さぁ、みなさんお集まりですかね?」
アレックスが話そうとしていたところを割り込んできたのは、店主のケーニッヒ。レイを部屋へ案内したときよりも声が大きくなっているのは、一足先に酒を嗜んだせいだろう。
「誰からも返事はありませんでしたが、全員お集まりと見受けられますな。一階に泊まられているジャンさんにリーさんに、二階にお泊まりのレイさん。」
「ちょっと待ってくれ、ケーニッヒ殿。私がきた時は一階の部屋は満室で、二階も三部屋中の一部屋が埋まっていると聞いていたが・・・。これだと人数が足りなく無いか?」
「一階の残りの部屋はうちの看板娘のジェシカが使っていて、二階には臨時で雇っている従業員が一人使っているんですよ。彼女は知り合いから預かっている子なんだが・・・名前はなんて言ったっけかな。」
広間の隅に立っていた臨時で雇われてるという若いメイドが、円卓の方へ近づいてきて挨拶をする。
「もう!ケーニッヒさん、はやく私の名前を覚えてくださいよ!みなさま、ご機嫌よう。私はフランカと申します。」
フランカはスカートの裾を摘み、上品に挨拶をした。