第1話 アルフ村の宿
眩しすぎるほどの日差しが不規則に揺れる馬車籠の中へと侵入している。そこには二日に及ぶ移動に疲れ、気怠そうに外を眺める女騎士の姿があった。馬車が揺れるとチラチラと日差しが目に入り、彼女はその度に目を細めていた。
「お客さーん!目的地が見えてきましたよ!」
「あぁ。わかったよ。ありがとう。」
気の良い御者へと礼を言い、彼女は支度を始める。真紅の長髪に薔薇の装飾がされた気品ある剣の鞘を携えるその姿は、誰がどう見ても『騎士』そのものであった。
「しかし、あんたみたいなべっぴんの騎士様がなんであんな田舎に行くんだい?」
「ははは。特別な理由は無いんだ。ただ、この世界を見て回りたいと思っただけなんだ。」
「へぇ。変わった騎士様だなぁ。そういえばまだちゃんと名前を聞いていなかったなぁ。お名前を伺っても良いですかい?」
御者がそう問いかけると、彼女は数秒だけ黙った。そして、微笑んだ表情で彼に応える。
「私は、レイ・アルメリア。アルメリア家の騎士だ。」
馬車を降りたレイは御者に運賃と少しのチップを支払い、小さな村へと入っていく。彼女が目的地としていた場所は『アルフ村』という人工約80人ほどの非常に小さな村であった。この村からそう遠く無いところには『カドニア』という商業大国があり、多くの若者は仕事を求めて離れて行ってしまったようだ。レイは閑散としたその村にある、小さな宿へと足を運ぶ。
「いらっしゃい。」
「御機嫌好う。二日ほど滞在したいのだが、部屋は空いているかな?」
「あぁ、空いているとも。今日はめずらしく客が多いんですが、問題ないですよ。」
「それはよかった。」
店主は空いている部屋の鍵を持って案内を始める。レイが滞在する部屋は二階の角部屋。二階建てのこの宿は、それぞれの階に三部屋ずつだけの小さな宿であった。
「今日は一階は満室だけど、この階はもう一部屋空いています。だから、もしこの部屋が気に食わなかったら言ってくださいね。もう一つの空いている部屋に案内しますよ。」
「わかった。ありがとう。」
50代後半といった容姿をした店主の慣れた接客に感謝しながら、レイは案内された部屋へと入る。六畳ほどの小さな部屋にはシングルベッドと小さなソファが備え付けられていた。彼女はベッドへと腰を降ろし、荷ほどきを始める。
作業を進めていると、廊下の方が騒がしくなってきたのでレイはその様子を伺う。するとそこにはエプロン姿の若い娘に長髪の男が言い寄っていた。
「ねぇ、どうせ暇でしょ?ちょっとだけ話そうよ。」
「ちょっと、困ります。仕事中なので。」
「仕事が終われば相手してくれるの?」
「それは・・・。」
嫌だとはっきりと言えない彼女を見ていてもどかしく感じたレイは、助け舟を出す。
「もし。そこのお嬢さん。すまないが、少し助けてもらえないかな?」
「え、あぁ、はい。どうしましたか?」
「窓の建て付けが悪いのか、上手く開かないんだ。見てもらえるかな?」
長髪の男は礼を睨みつけ小さく舌打ちをし、一階の方へと消えていった。エプロン姿の女性はレイの部屋に入るとすぐに礼を言った。
「あの、助けて下さってありがとうございました。」
「気にしなくて良い。だが、毎度助けてあげられるわけではないからな。相手をする気は無いとはっきりと意思表示をした方が良い。」
「そうですよね・・・。わかってはいるのですが、数少ないお客様なので強く言えなくって・・・。」
「それもわかるが、君はメイドである前に一人の女性でもあるのだ。嫌なことは嫌だと言うべきだ。」
「ありがとうございます。次は、ちゃんと断ろうと思います。・・・あの、申し遅れましたが、私はジェシカといいます。助けて下さり本当にありがとうございました。」
「私はレイだ。今日から二日間滞在予定だ。よろしく頼むよ、ジェシカ。」
ジェシカは深々と頭を下げて、レイの部屋を出ていった。
こうしてレイは知らず知らずの内に、この宿で起こる《《奇妙な事件》》に巻き込まれていくことになる。