33と34のまにまにカピバラの進路相談
【進化の部屋】
何もない空間に白の部屋へと続くドアがある。
クマ一頭とカエル一匹とカピバラ一匹がいる。
宵闇|《ごめん……。また詰まっちゃったよ》
遠闇『Bチーム難航してるねぇ』
しらず〔前回の思考19でも一年ほど停滞していたが、今回はそれを上回ってきたな。世間の環境も変わってブレインズのお喋りする時間が取れなくなってしまったというのもあるが〕
《何度か今後の進路を考えてはみたんだけど結局僕だけだとどうしようもなかったから、また二人に相談したいんだ》
『もちろんだよ!』
〔うん、宵闇の懸念事項を聞かせてくれ〕
《それじゃあ言うね。えっと……》
《幻想の部屋でドラゴンつくれちゃいそうだなって》
『へ?』
〔は?〕
『ドラゴンってあのドラゴン!? ブレインズの目標達成できちゃうの宵闇クン!?』
〔なにやら思いもよらない相談内容だったんだが……。もっとこう、つくる設定が思いつかないとか矛盾の解消が出来ないとかそういう悩みかと思ってたんだが〕
《もちろん直接的な悩みはそれになるんだけど、その原因の心当たりを探ってみたら、ドラゴンつくれちゃうせいじゃないかなって結論になっちゃったんだよね》
『ほへぇ』
〔……詳しく聞こう〕
《実のところ精霊の設定をして、精霊を溜めて力を使うしくみを整備したことで、生物が飛ぶための条件をクリアしちゃってるんだ。あとはすべて”〇〇精霊の力で飛んでいる”って説明できちゃうからね。ドラゴンみたいに元々翼を持っていて揚力を得られる形状なら比較的簡単に飛ばせるんじゃないかなって思うんだよね》
〔確かに、やってやれないことはないだろうな〕
《でもそれだけだとドラゴンがドラゴンたる背景があまりに弱くて。だからどんな進化を辿ってそうなったかを描いていこうと思っていたんだ》
『そういえばBチームの元々の作戦では、古代をまず考えてその後時代が飛んでどんな進化を遂げたかを設定したい、って言ってたよね』
《でも古代の生物だと魔法設定を活かしきれなくて設定づくりが進まなくなっちゃって》
〔それで今度は時代を考慮せず、魔法設定を優先して行うことに決めたんだったな。それで思いついたならその魔法を使う生物を新たに考える、と〕
《そうなんだ。それでそれぞれの精霊の特性を振り返ってる途中だったんだけど、それも途中で置いて魔力の蓄積の設定づくりをしちゃってさ》
『わかりやすく迷走してるね!』
〔あの迷走はドラゴンの生物としての骨格にリアリティを持たせるための外堀埋めだったわけか〕
《もうぐねぐねで読み手に申し訳ないよ》
〔それで次の話題の方向に悩んでいる、ということでいいのか?〕
《うん》
『う~ん、迷走するのがドラゴンのせいなら、もういっそドラゴンの設定を始めちゃったら?』
《でも確かな裏付けのないドラゴンを考えようとしたってブレインズのやる気は出ないよ》
『さっきの古代と現在の進化の過程を見たいってやつさ、先に現在の方を設定してから過去の姿を考えたっていいんじゃない? とりあえずドラゴンつくってから背景設定考えたっていいと思うんだ。だってもうドラゴンが飛べる下地自体は出来てるんだろ?』
《……そっか。ドラゴンが生まれるべき環境を先に作らないとって思ってたけど、そういうルートもあるんだ》
《でも、精霊の特性を振り返るのもやりかけなのにいいのかな? それに前回のAチームのあれからしばらく音沙汰なしだったくせに唐突にドラゴンをつくりはじめちゃって、作品としての流れとか……》
『あははは』
《なんだい遠闇君》
『だって君、オイラが思考11のまにまに進路で悩んでいた時、“作品の面白さや読みやすさなんて度外視してやりたいことを好き勝手やるのがブレインズの役目だ”って言ってたじゃない』
《そんな乱暴な言い方だったっけな?》
『ドラゴンの話題、幻想の部屋で振ってきちゃいなよ。ブレインズなら絶対に食いつくって』
《そうかな》
〔私もそうするべきだと思う。今の宵闇に必要なのはドラゴンの外堀を埋める事じゃない。吹っ切れることだ。ブレインズがやる気にさえなればあとは――……〕
クマとカエル、二匹の声が揃う。
『〔設定なんていくらでも生み出せる〕』
《あはは。……そうだね、早速いってくるよ》
カピバラの姿が進化の部屋から消える。
一見なんでもそつなくこなせる“宵闇”は、実際は考えすぎて優柔不断になってしまうことが多い。それはブレインズ唯一のブレーキ役としての責務が関係していたりもするのだろう。
だが役割がどうあれ、“宵闇”の本質もまたブレインズなのだ。
悩めば他の誰かが励ますし、逆の立場になれば同じように励ましてやる。これからも誰かが同じような悩みに直面しては誰かに助けられるのだろう。
それが意識集合体【ブレインズ】という存在なのである。
~思考34 進行中~
《というわけで植物の養分補給方法について相談したいんだけど》
『ドラゴンつくりに行ったんじゃ無かったの!?』
『びっくりした、思わず力いっぱいツッコミ入れちゃったよ……』
《ドラゴンより先に生息場所をつくることになっちゃってね。この一年以上なんの設定を考えようとしてもいまいちはまらなかったのに、今は生き生きと話し合いしているよ》
『オイラ達って気分が乗らなきゃ動きたくても動けないくせにその気になると全力で明後日の方向に突き進むからねぇ』
〔宵闇が心配せずとも勝手にドラゴンの周辺環境の整備が始まったようだな〕
《そうだね、心配すること無かったみたいだよ》
『それで植物がどうかしたの?』
《“空中に浮く樹木に養分は得られるのか”について意見が欲しいかな》
〔空中――つまり地面に根を張っていない植物、ということだな〕
『光合成はできるんだよね』
《できると思う》
〔根っこがない植物……いくつかいるみたいだな。エアープランツとか、菌従属栄養植物なんて呼ばれているようだ〕
『エアープランツ? それに……菌に従属するの?』
〔エアープランツは主に乾燥地帯で地面から水を得られない植物達が進化を遂げた結果だ。葉から水分や養分を吸収して葉に溜め込む。根はあっても岩などに固定させるためにしか使われなかったりする〕
《過酷なだけあって樹木というよりはどれも草に分類されるみたいだね》
〔菌従属栄養植物は、植物が必要とする養分を菌からもらって生きている種のようだ〕
『根粒菌とか菌根菌とか、共生の形が普通は逆だよね? それって菌にはどんなメリットがあるの?』
〔菌は一方的に栄養を搾取されるだけだ〕
『それ寄生と何が違うの!?』
〔正直まったくわからん!〕
《しらず君、それって“菌は”どこから栄養を得ているの?》
〔土中、さらに言えば菌が寄生ないし共生している別の樹木、だな〕
『ヒモがもらったお金でヒモ養ってるみたいな構図だ!?』
《だとしたらやっぱり菌だけ一緒に連れて行っても栄養源にはならないんだね。――地面に頼らず巨木に成長するにはどうしたらいいかな?》
〔どうも根っこの主な役割はこの三つに大別できそうだ〕
・地面に固定する
・水を吸収する
・窒素などの養分を吸収する
『水と養分は分ける必要あんの?』
〔入手しやすさや経路が違う。必須養分は根からも吸収されるが入手が難しく、先程もあげた菌根菌や根粒菌の助けを得ることも多い〕
『あー水は放っておいても雨や露で獲得できるもんね』
〔それと水と言えば、巨木が自身に水を行き渡らせるために光合成を利用しているというのもある〕
『どうやって?』
〔“蒸散”といって、葉で呼吸する時に水分が蒸発する。上の水分がなくなると浸透圧の差で下の方から水分が引っ張り上げられる〕
『そんな仕組みだったんだ!』
《たしかにあんなに背の高い先端まで水を行き渡らせようと思うとすごくエネルギーを使うよね。浸透圧ならそのエネルギーも節約できるんだ》
『あの理科の授業で出てくる唇みたいなのがパクパクしてることにそんな意味があったなんて……』
《“気孔”のことかな?》
〔まあとにかく、“水分”と“養分”の問題をクリアできれば空中でも植物は生きられると思う〕
『でもエアープランツは水も養分も葉っぱから自力入手してるんでしょ?』
〔うぅん……、養分に関しては、空気中のリン酸や窒素をそのまま取り込むことは出来ないという記述もある。水に溶けたものであれば吸収できるらしいから、葉の表面で水分と溶けたものを得ているのだろうか……。どちらにせよ、その方法では獲得できる量は微々たる物だ〕
『う~んそれは困ったね……』
《――ありがとう、二人とも。今の話を元にBチームの皆が巨大浮遊植物の水と養分獲得方法を構築したよ》
『まじですか!? 優秀だねぇBチーム』
〔レポートが楽しみだな〕
つづく