二次会
広場での祝会が終わり、場所はリィリの家に移る。そこにはリリアラとルリィとナァゼ、それから二人の両親が来ていた。ディシスが二人の両親を呼んだのだ。
そして、一同は居間の卓についた。
「いやぁ、私達まで呼んでもらえるとは、なんだか気まずいねぇ。こういう場は不慣れで」
「あなた、いつもナァゼがお世話になってるのだからシャキッとして下さい」
「はいっ!」
呑気な口調で話すのはナァゼの父親、ユゥス=ウィルマ。村の衛兵をしている強化魔法の使い手だ。ナァゼにもその血が色濃く受け継がれているようだ。
そしてユゥスに厳しい声を突き刺すのはナァゼの母親であるヘレン=ウィルマ。整った顔立ちはナァゼによく似てキリッとしている。
ユゥスを一撃で黙らせるところから家庭内の地位が伺える。そして悲しいかな、ナァゼの性格はどちらかといえば父親のユゥス似であり、よくルリィに尻に敷かれているのも納得できた。
卓の上を彩るのは食事というよりはつまみだ。食事は済ませてきたため、今は飲み会のようになっている。
ディシス達は酒を入れているが、リィリ達はまだ早いとディシスが止め果実のジュースだ。
この国で飲酒の年齢制限はないが、体格的に見て最もな判断だった。
「それにしても、ディシスさんが村に来た日はビックリしたもんだ。見たこともねぇ外見に人外の強さ。はじめのうちはおっかなかったが、あんたが来てくれたおかげでホント助かったぜ」
「それもそうだけど、リィリくんがディシスの子じゃないと聞いた時が一番びっくりしたわ。容姿もそっくりで、あんなに可愛がっていたものだから余計にね。でも、拾った子をあんな目で見るんだもの。信頼できる人だと一目でわかったわ」
ぶっきらぼうな喋り方をするのはルリィの父親のダイン=キィス。ユゥスと同じく村の衛兵をしていて衛兵長をしている。
隣で優しい声で話すのは母親のアニ=キィス。ルリィ曰くキレると傍若無人でヤバイらしいのだが、ナァゼやリィリからしてみればルリィもさほど変わりないように見えた。
「ありがとうございます。この村には子供が少ないので、リィリが馴染めるか不安だったのですが、お子さん達に良くしていただき助かりました」
「いえいえ、むしろ貴方に指導をつけていただきうちの子もマシに育ちましたよ。今じゃ子供の方が良く出来るくらいで、親としては嬉しいやら悲しいやら」
ディシスが謝辞を述べると、ユゥスがしみじみと返す。
村の衛兵は三十人もいないが、ナァゼとルリィはその誰よりも抜きん出て魔法の技術が高かった。
そして不満そうに笑いダインがぼやく。
「そうだぜ、今じゃ魔物が激減してこっちの仕事もあがったりってもんだぜ」
魔物を倒しその素材で生計を立てる衛兵達の稼ぎは確かに減っていた。しかし、ディシスがその分を補っていたのであまり問題にはならなかったのである。
とは言いつつも、魔物化した動物はあっという間に数を増やすので、リィリ達が村を出た時のために対策は怠っていない。ディシスはその時のために衛兵達の指南役も買って出ている。
「でもディシスさんのお陰でだいぶ村は良くなりました。戦力の増強だけでなく、金銭面でも豊かになっているといえますよ」
「となり村から妬まれるくらいにはいい暮らしが出来るようになってきたわね」
ヘレンとアニも同意する。
強い魔物を倒せればそれだけ上質の素材を売りに出せる。それは森に囲まれた村にとって大きな助けになっていたのだ。
「母さんも親父もディシスばっかり褒めてどうすんのさ。今日はリィの誕生会なんだぜ?」
「そうよ、空気読んでよね」
ナァゼとルリィがディシスの話ばかりする両親にケチをつける。それを聞いたリリアラが二人をなだめる。
「まあまあ、二人とも。ご両親だって色々話したいのよ。あなたたちに面と向かって言えないことだってあるのよ? 子供より魔物を倒せない現実を愚痴りたくなる気持ちも少しは分かってあげて」
「リリねぇ、それ一番気持ちを理解してあげてないセリフだと思うわ……」
ルリィがつっこむと、リリアラは首を傾げる。そしてあいかわらずの毒舌にユゥスとダインが笑顔のまま硬直している。
それを見た母親たちも流石に気の毒になったのか苦笑いを見せる次第だ。
「まぁ、お子さんたちも立派に成長してますし、来年からはタシタの高等教育機関に行かせるのでしょう? 喜ばしいではありませんか」
ディシスが話を明るい持ち上げる。
それを聞いた親たちはみるみる機嫌を取り戻す。
「本当に嬉しい限りです。子供達をこの村に縛りたくなかったので、私たちは全力でこの子達の背中を押してやりたいと思っていますよ」
「私も、彼らが立派な冒険者になる日が楽しみです」
親たちを代表するようにユゥスが話し、ディシスが答える。
この世界の子供の多くは冒険者になることを夢見ている。そしてルリィとナァゼも例外ではなく、人並み以上にそれに憧れていた。
それは今は子の親となった者も同じで、幼い頃一度は冒険者になる日を夢に見るのが割と当たり前だったりもした。
「ところで、リィリくんはどちらの学校へ?」
アニがディシスに尋ねる。当然、冒険者を目指しているのならば冒険者学校を出るのが早い。卒業時には迷宮探索権を得られるし、世間体も良くなる。
だからアニはディシスならもっと大きな町の学校にリィリを通わせると思っていたのだ。
しかし、ディシスからは意外な答えが返ってくる。
「いえ、この子は学校には行きません」
「なに!? それだけの力があれば王都のアミュリウスだって目じゃないだろう?」
ダインが驚きのあまり声を上げる。
そして、ここでやっとリィリが口を開いた。
「僕はルリィさんやナァゼくんのように放出系魔法が使えないので、試験を合格する基準を満出せないんです。受ける以前に資格がないって事で……」
「そう……、なのか……」
ダインが気まずそうに呟く。
部屋には再び沈んだ空気に包まれる。しかし、ディシスがそれを打ち破るように話し出す。
「ですので、この子には一足先に王都に行って修行を積ませようと思います。王都の近くにあるエィガスの森ならばさらに強い魔物と闘えますし、実績も残しやすいでしょう」
「ということは、銅印を取りに行かせるわけね」
「ええ」
ヘレンがディシスの目論見を見抜き当ててみせる。
ステータスメダルに銅印が押されれば、その実力は迷宮に通じるものと判断され、同時に迷宮探索権も手に入る。
「たしかに、リィリくんなら三年、いや、二年もかからずに銅印に届きそうですね」
「そういうことかい。そりゃうちの子等もうかうかしてらんねぇってわけだ」
ユゥスとダインもそれぞれの感想を述べる。
そして、それを聞いたルリィとナァゼは俄然やる気が満ちたという表情で言葉をつなげる。
「俺たちだってすぐ追いついてみせるぜ」
「ええ、そもそもリィくんにはアタシたちが付いていないと危なっかしくてしょうがないわ!」
ナァゼとルリィも同じ手を打つこともできたが、彼らの両親が二人に学歴を積んで欲しいと願っていたため学校に通う方針になった。
彼らの道はここで二手に別れてしまうが、その志は変わらず、一つの方向へ向いていた。
それを確認し合うように目配せをする三人を、ディシスたちは見守っていたのであった。
「ところで、リィリくんはいつ村を立つんですか?」
不意にユゥスがディシスに尋ねる。
「ルリィさんやナァゼくんの成人祝いが終わり次第すぐに立たせる予定です。教えなければならないこともたくさんですよ」
ルリィとナァゼの成人祝いは二ヶ月後。それまでリィリはディシスによる特訓を受けることになる。
「それじゃ、この村も寂しくなるわね」
「ある意味では良いことなのかもしれないけどね」
ヘレンとアニも呟く。
「あ、そういえばルリィ」
「ん?」
「ん? じゃなくてアレ渡すの忘れてるぞ!」
「あっ! そうだった!」
突然ナァゼとルリィが席から立ち上がり部屋の隅に置いていた手提げ袋を取りに行く。
すると中から黒い布切れのような物を取り出してリィリの元に来た。
「リィくん、成人おめでとう! これ、アタシたちからのプレゼントよ!」
そう言って手に持ったそれをリィリに渡す。
「眼帯?」
それは、魔物の皮で作られだ眼帯だった。
「お前、目立つ外見してるからさ。銀髪までは良いが、紅い目は流石に俺たち以外には気味悪がられると思ってな。ルリィと二人で作ったんだ」
「私とナァゼの自信作よ! 魔力可視化の術式が裏地に編んであるからリィくんが使えば肉眼よりも見えるはずよ!」
「外側は俺の強化魔法でガチガチにコーディングしてあるから滅多なことじゃ壊れねーぜ!」
そう言ってナァゼとルリィは自信満々に胸を張る。
「……二人とも、ありがとう!」
リィリは二人の作った眼帯を強く握りしめた。
「まぁまぁ、とりあえずつけてみろよ」
「うん」
ナァゼに促されリィリは左目を隠すように眼帯をつけた。
すると、目の前にいる二人のに流れる魔力が光の流線になって見えた。そして、二人の魔力が消耗されているのもわかり、この眼帯を作るためによほど頑張ってくれたのだろうと理解できた。
「なかなかに似合ってるわね」
「サイズもバッチリだ」
ルリィとナァゼは満足げに頷いた。
その後ろでは二人の両親たちが驚愕の面貌を見せている。
「魔力可視化って、魔力感知より上級技だよな」
「学校通わせる必要あんのか? コイツら……」
ユゥスとダインはもはや目が点になっている。
ディシスはそんな二人は知ったことかとリィリに告げる。
「よかったな、リィリ。だがどんな良い道具も使いこなせねば意味はない。明日からはそれを使った実践だ。いいね?」
「うん。せっかくルリちゃんとナァくんが僕のために作ってくれたんだもん。絶対使いこなしてみせるよ!」
「そうか、それでは私からもお前に一つ贈り物がある」
そう言うとディシスはコートのポケットから二つの金属塊を取り出した。
「これは、銃ですか?」
ヘレンが反応する。
「ああ、しかしこの銃は他の銃とは少し違ってね。放出系魔法が使えなくても魔法式を飛ばすことができるんだ」
「「「「は?」」」」
その場にいた全員の動きが固まる。
「ちょっと待ってくれディシスの旦那、今なんて言った?」
ダインがディシスに聞く。
「この銃は弾丸に魔法式を込めて飛ばすことが出来ると言ったのだが?」
「弾丸に込められた魔法式は発砲した後、発動するのか?」
「ええ、そうです」
「強化魔法ではないのですよね? 弓矢で使う付与魔法の類ですか?」
ダインにつられてヘレンも尋ねる。
「違いますよ。これは放出系魔法を使えないリィリのために作ったものです。強化魔法は手元を離れれば効果が切れてしまいますし、付与魔法は魔法の発動後の結果なので、術式自体を飛ばすのとは少し違います」
なぜ皆が驚いているかと言うと、ディシスが作ったというブツが、軽くこの世界の常識を覆すものだったからだ。
この世界にも銃は存在する。薬莢がないこの世界では、火薬と同じ効果を持つ術式を用いて弾丸を飛ばす。そして一時期、弾丸に術式を込める実験も行われていたが、ことごとく失敗に終わっていた。
それは火薬の役割をする魔法式と、弾丸に込められた魔法式が反発し合ってしまうからだ。
発動後である魔法現象は、他の魔法式を破壊してしまう性質があるため、撃たれた弾丸に込められた術式が霧散してしまうのだ。
しかし、例外的に魔法現象に触れても破壊されない魔法が存在する。
それは結界魔法といい、自分の内側で固有化した魔素を放つ放出系魔法とは異なり、自分の外側の自然のままの魔素を操る事で魔法現象を起こすものである。
固有化されていない魔素は、他の魔法現象によって破壊されにくいのだが、出来ることも限られる。
しかし、結界魔法を使える人間は極端に少なく、その上、防御術式としての認識が定着していた。それを使って付与を行う事を考えた者はいなかったし、技術的に不可能だった。
そもそも防御にしか使えないために、結界魔法と言われているのである。
ちなみに、弓で矢を飛ばす時などに使う付与魔法は放出系魔法の一種で、矢に軌道や属性などの情報式を付与して放つものだ。これは矢を飛ばした後、軌道上で魔法現象に変換される。
「この弾丸に込められた魔法式は、結界魔法を用いている。それによって爆発の魔法現象に耐えうる強度を持っている」
「結界魔法で……魔法式を付与だと!?」
「聞いたことがありません……」
「そもそもディシスさんは結界魔法すら自由に使えるのですか。なんでもアリですね……」
ダインとヘレン、アニが呆れた顔をディシスに向ける。
結界魔法は魔法式と体外の魔素より現象を成立させる。
そして、魔法式を作るというのは、魔法式を想像するということ。そこまでは放出系魔法と変わらない。
しかし、頭の中で作った式を直接魔法現象に出力するのと、頭の中で作った式を外部でもう一度作り直し魔法現象を起こすのとでは、天と地ほどの難易度の差があった。
言葉が話せるだけでなく文字も発達していなければ文明社会とは言えない、とはよく言うが、つまりそれくらいの差があるのだ。
「そしてこの二丁の銃には結界魔法の式に影響を与えないようチューニングした火薬式を仕込んでおいた。ダイヤルで出力を調整し、魔力を込め引き金を引けば打てるようになっている」
そう言って小銃の引き金を引きカチカチと音を鳴らした、
「で、その銃に乗っかってる箱はなんだい?」
ユゥスが興味津々にディシスに聞く。
「これは弾を入れる弾倉だよ。あらかじめ弾倉によって異なる魔法式を込めた弾丸を装填しておき、相手や状況に合わせて変えることで有利に戦える。詠唱やインターバルもないため連発もできる。二丁あるのは欠点でもある魔法の同時使用を補うためだ」
「連発できる時点でそれは必要なのか考えものだが……」
ダインが小さく唸る。
「そして話していなかったが、リィリは結界魔法に一番適性がある。そのうちその戦闘中に魔法式を込められるようになるだろうな」
このセリフを聞いた時、この場にいたディシス以外の皆は思った。
((((この人本気で何言ってんだ?))))
もちろんリィリも含めてだ。
リリアラに関しては魔法のことなど全く興味がないのでそそくさと片付けを始めている。
「というわけでリィリ。お前は明日からこれを使いこなす訓練だ。ナァゼ達からもらった眼帯とも相性がいいだろう。さっきも言ったが、道具は使えなければ使えなければ意味がない。自分のものにしてみせろ」
「はい……」
一体明日からどんな修行が待っているのだろうとうなだれるリィリ。
ディシスを除いた各々が同情の視線をリィリに向けるが、かける言葉までは見つからなかったのであった。
次回「解封の儀式」