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リィリュシア・レィエス  作者: 烏羽玉 黒鵺 
第一章 少年編
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白銀色の勇気

 ナァゼが戦線を離脱してから数分、結界を維持できなくなったリィリと魔物の戦いは、次の段階へ移行していた。


「せぃっ!」


 リィリが拳を振り上げると、吸い込まれるように魔物の顎に直撃した。そして、魔物がのけぞったところへ容赦無く回し蹴りを叩き込む。そして魔物は、そのまま数メートル先まで吹き飛び樹木に激突した。

 そのまま追い討ちをかけようと突っ込むリィリ、しかし素早く体勢を立て直した魔物に繰り出した突きを防がれてしまう。


「しまっ――――」


 魔物は、リィリの拳を防ぐと同時にその腕を掴み、そのままリィリを地面に叩きつけた。


「くはっ……!」


 一瞬、肺が潰れたような苦しみがリィリの全身を支配する。しかし、リィリにその場で動きを止めていられる余裕はなかった。

 魔物の足が振り下ろされ、リィリを踏み殺さんとばかりに襲い来る。その度にリィリは器用に転がり、その攻撃を回避していった。


「リィくん……」


 リィリと魔物のの戦闘を見ていることしかできないルリィは、歯がゆさと不安が混じった声でリィリの名を唱えた。

 そしてその直後リィリが魔物の攻撃を避けきれず、吹き飛ばされるのが見えた。


「リ、リィくん!! 動いてよ! 動け!」


 再びリィリの名を叫ぶと、自らの震える足を叱咤し無理矢理立ち上がり、リィリの元へ駆け寄った。


「来ちゃだめだルリちゃん、隠れてて!」

「嫌っ!アタシだって戦える! これ以上リィちゃんだけを傷つけさせたりなんて、絶対にしないんだからっ!」


 そう叫んでルリィは、魔物に向かって青白い炎弾を放った。

 放たれた炎弾は魔物めがけてまっすぐに飛んでいき直撃した。しかし、鱗のせいなのか、傷一つつけることができなかった。


「このっ! このっ! このっ!」


 ルリィは躍起になって炎弾を連射する。しかし、ことごとく硬い鱗に弾かれてしまう。

 最後に放たれた炎弾は、魔物に当たることなくその足元に着弾した。しかしそれが思わぬ効果を生んだ。攻撃が当たった地面に大きな穴があき、魔物がそれに躓きバランスを崩したのだ。


「そこっ!!!」


 すかさずルリィが極大の炎弾を放つと、見事にそれは魔物の頭部に着弾した。

 すぐに体勢を立て直して来ると思ったルリィは魔法を撃つ準備をしていたが、魔物はなかなか襲ってこない。よく見ると魔物の頭部の一部が焼きただれていて、吐息を荒くしてリィリ達を睨んでいる。


「効いたの……?」


 ルリィがそう呟くと、立ち上がったリィリが後ろから話しかけた。

「おそらくあいつは、僕たちが攻撃を仕掛ける寸前、鱗に魔法での攻撃を和らげる強化魔法を施しているんだ……。物理攻撃でしかダメージが通らなかったのは、そういう理由だと思う」

「じゃあ、私でも戦える……?」

「うん、多分……。でもそのためにはあいつの意識を、ルリちゃんから逸らしておかなきゃいけない。だから、ぼくが合図したら魔物の背後の茂みとかから魔法を撃って!」

「わかったわ!」


 そして二人は二手に分かれた。

 先ほどと同じように、リィリが接近戦で魔物を引きつけ、今度は魔物の背後をルリィの魔法が襲う。一発魔法を当てるたびに位置を変え、ルリィの位置が特定されないように戦い始めた。

 魔物が二人の攻撃に翻弄され続け、だんだんと動きが鈍って来た時、リィリはこれでとどめと言わんばかりに、拳に魔力を流し込み大きく振りかぶった。

 しかし、魔物はリィリが拳に魔力を集中させ、振りかぶるまでのわずかな隙を見逃さなかった。魔物は大きく口を開けると、ルリィの居る木陰を向いた。

 リィリは嫌な予感がし、攻撃を中断し、魔物とルリィの間に一瞬で移動する。そして、気休め程度の強化魔法を自身にかけると、魔物に背を向けて両手を広げた。

 刹那、魔物の口から赤い炎弾が放たれた。それは真っ直ぐにリィリへと向かって飛んでいき、リィリの背中に直撃した。


「リィくん!!!」


 衝撃で吹き飛んだリィリを、ルリィが正面から抱きしめるように受け止める。そしてぐったりとしたリィリの背中に腕をまわすと、ルリィの手にべったりとリィリの血が着いた。


「あ、ああああぁぁ、ぅぁあああああああ!!!!」


 ルリィが発狂すると、リィリがそっとルリィの後頭部に腕をまわし優しく撫でる。


「心配……しないで……、まだ、大丈夫……だから…………」

「でも……、でも、血がこんなにっ…………!!」


 完全に取り乱すルリィを座らせ、リィリは立ち上がる。


「それにね……今、わかんないけど、とっても負ける気がしないんだ……!」


 そう言って魔物に向き直るリィリ。その背中をみて、ルリィが目を丸くする。

 この時、長く伸ばしたリィリの後ろ髪の間から、ルリィの見たことがない魔法陣が、銀色の光を放ち浮き上がっていたのだ。


「いくよ……」


 リィリが言い放つのと、魔物が火球を放つのは同時だった。

 魔物が撃った火球がリィリ飛来する。しかし着弾する寸前、その火球が消えた。


「あれは……!」


 そう、その時リィリが使ったのは、ルリィとの特訓の時にたまに見せた、魔法を消し去るリィリの特技だった。

 直後、リィリは目では追えないほどの速度で魔物に肉薄する。そして、魔物の脇腹に一撃、渾身の突きを叩き込んだ。

 魔物は、今度は吹き飛ぶことなく一、二歩後退りをし腹部を片腕で押さえた。よく見ると、魔物が押さえた部位の鱗が粉砕していて、どくどくと血が流れ出している。

 そして、リィリを強敵と見定め、キッと凶悪な双眸で睨んだ。

 しかし、魔物の目に映ったのは今まさに己の懐に潜り込んだ、白銀に輝くリィリの後ろ髪であった。


「ふんっ……!」


 リィリは傷口を押さえた魔物の腕ごと、下方から突き上げた。そして、リィリの倍以上ありそうな魔物は、縫いぐるみのように宙へ投げ出される。

 片腕ごと腹部を粉砕された魔物が落下し始めた時、リィリは既に魔物の上方に飛び上がり、片脚を振り上げていた。

 その後、魔物の頭部に弾丸のような速さの踵落としをお見舞いする。魔物は、その勢いを殺すことなく地面に亀裂を走らせ墜落した。

 リィリは攻撃の手は緩めない。空中で足元に障壁を展開すると、勢いよく地面に向かって蹴り出した。そして、腰に下げたナイフを引き抜くと、魔物に向かって突き立てた。

 得物が刺さる手前、魔物は潰されていない方の手でナイフを鷲掴みにする。


「うおぉぉぉぉぉぉおおお!」


 地に背を預ける魔物にナイフを突き出し、リィリは後方に魔力を噴射すと、ゴリ押しと言わんばかりに魔物を上から押さえつける。

 数秒の間拮抗状態が続いた後、魔物の手の皮膚が切れ、リィリのナイフの切っ先が魔物の心臓のある胸の鱗に浅く刺さる。

 その瞬間、リィリは魔物の口に魔力が収束していくのを感じとった。

 刹那、魔物の口からリィリの頭に向けて、赤い光線が放たれる。リィリは首を傾けることでなんとか光線を回避するも、横髪の焦げる臭いがリィリの鼻をついた。

 魔物が顔を傾け、光線をリィリに近づけていく。あと一寸もずれればリィリの頬を光線の熱が焦がすという時、光線は、リィリに触れた部分から消失した。


「うあぁぁぁぁぁぁあ!」


 光線はリィリを飲み込み、はみ出した光線は上空に向かって進む。それはまるで光の柱のように、ほとんど夜に近い夕方の空を突き刺した。

 リィリは、魔物と正面から向かい合うと、その顔を睨み、突き立てたナイフに魔力を注ぎ込む。すると、光線の当たったリィリの体のあちこちから白銀の粒子が立ち昇り、ナイフの刃の部分に集まっていく。


「すごい…………、ホントにリィくん……なの……?」


 少し離れた場所でその光景を見ながら、ルリィが呟く。その声は、リィリに届くことなく、爆風と、周りの木や地面の破砕音にかき消された。

 魔物の光線が弱まり始めた頃、リィリが吠えた。


「いぃやぁ!!!」


 リィリの叫びに合わせて、眩い程に白銀の光を放つ刃は、ついに魔物の手を切り裂き、その胸部を貫いた。

 魔物が断末魔の叫びを上げる中、リィリがナイフを捻る。すると、魔物はビクンッと痙攣し動きを止めると、静かに絶命した。

 ルリィは腰が抜けて立ち上がることが出来ず、魔物に跨り、肩を上下させ呼吸を整えるリィリを呆然と見つめていた。

 しばらくすると、リィリが立ち上がった。そして、おぼつかない足取りでルリィに近付いた。


「大丈夫、ルリィ……?」


 正面から見てわかるほど背中の服が破れ、出血するリィリを見て、ルリィは我に返った。


「うん…………、リィくんこそ、大丈夫……なの……?」

「うん、大丈夫……」


 未だ白銀に輝くリィリの髪を見て、ルリィは恐る恐るリィリに問う。リィリはまるで別人のような、穏やかで大人びた顔をして答え、地面に座り込むルリィに手を出す。


「立てる……?」

「うん……、ありがとう……」

「そう……、よかっ……た…………」


 出された手を取り、起き上がろうとするルリィ。しかし、ルリィが力を入れた瞬間、リィリは彼女に向かって倒れ込んだ。

 ルリィの腕にすっぽり収るリィリ。ルリィは立ち上がれなかったことに頭を真っ白にしていたが、やがて、伝わってくる熱に焦燥感をあらわにした。


「リィくん……?」


 返事はない。


「ねぇ、リィくんってば……、起きてよ、重いよ……」


 嘘だ。ルリィにとって、リィリはそこまで重くない。そもそもこの時、ルリィより背の低いリィリを、彼女は全身を抱きかかえるように受け止めていた。

 それは、彼女にとって、リィリが自力で起き上がることを期待した言葉だったのだ。

 しかし、いつまでたっても反応がないことから、とうとうリィリの意識が無いことを理解し、ルリィの顔から血の気が消えた。


「嘘でしょ、リィくん…………。ねぇ起きてよ、ディシスさんに今日の報告しなきゃでしょ ……? あんな化け物みたいな魔物を一人で倒しちゃったんだから、ディシスさん、きっと驚くよ……? ナァくんなんて、びっくりしすぎて腰抜かしちゃうよ……? だから……、ね? 起きてよ……、帰ろうよ……リィくん…………」


 ルリィは動かないリィリの頭を抱え、祈るように言葉をつづる。けれど、リィリは答えてくれない。


「ねぇってば……! 」


 ルリィが怒声にも似た悲鳴を上げると、それが引き金になり、声を上げて泣き始めた。

 何度も何度もリィリの名を呼びながら泣き叫ぶルリィだったが、ひとしきり泣いた頃、自分の前に影が落ちたのに気がついた。


「っ…………!?」


 慌ててルリィがリィリを抱き寄せ、影の主を見上げた。

次回「秘密」

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