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リィリュシア・レィエス  作者: 烏羽玉 黒鵺 
第一章 少年編
4/34

初めての魔物退治

「ぜやぁっ!」


 ナァゼが両手剣を一振りすると、ピゥムと呼ばれるウサギのような姿をした魔物が両断され、真っ赤な血を吹き出し絶命した。


「はぁ……はぁ……、なんか思ってたよりも手応えねぇな。魔物ってこんなもんなのか?」


 ナァゼは剣に魔力を込めて強化するタイプの強化系魔法を得意としていた。また、自身にも強化を施し、少し大きめの両手剣を持ったまま素早く動き回り、その得物の重量を活かした戦闘を行う。

 ナァゼが息を整えると、ルリィが言った。


「あんまり舐めてると痛い目見るわよ。確かにこの森の魔物はそんな強くない……気がするけど、大迷宮の魔物はきっとこんなんじゃ済まないわ」


 ナァゼとルリィはディシスの手本を見て早々に魔物を狩り始めていた。一方、リィリはというと、


「うっ…………」


 魔物の惨たらしい死骸を見て、吐き気を催したらしく地面にうずくまってしまう有様だった。


「なっさけないわねぇ、やっぱアンタにはまだ早かったんじゃないの?」

「確かにな、ディシスの手本の時も目ぇ背けてたし、ホントに大丈夫か?」

「……うん、平気だよ、ちょっとびっくりしただけだから…………! うぅっ……」


 ナァゼとルリィに見下ろされながら強がるリィリだったが、すぐにまた地面を向いてしまう。

 その時、ナァゼの後方の茂みから、ゼグーという狼型の魔物がナァゼに襲いかかった。


「はぁっ!」


 すぐに反応したルリィが青白い炎弾を放つと、ゼグーの腹部を横殴りにした。直後、ナァゼが振り返り剣を振り下ろす。そして、ゼグーも、ピゥムと同じ運命を辿った。


「まぁ、慣れるまではオレたちがリィを守ってやんよ!」

「そうね、アンタはそれまで後ろで見てなさい!」


 そう自信満々に言う二人を背に、リィリは今朝食べたディシス謹製のサンドイッチを、盛大にぶちまけるのであった。

 その後、ナァゼとルリィが魔物を倒すたび、リィリは汚いだのとろいだの罵られながら、森の中を進んだ。

 出すものがなくなってげっそりしきっているリィリのことはいざ知らず、ナァゼとルリィは魔物の死骸を積み上げ解体を始め、魔物の体内に生成される魔石を回収していった。

 魔石は、魔物の体内で生成される真珠のようなもので、魔力を保存したりなど様々な特徴を持ち、魔道具製作によく用いられている。


「こりゃ相当稼げるな! 今日だけで三年分は小遣い稼げたぞ!」

「そうね、アタシたちの小遣いが多いのか少ないのか分からないけど、大人達が持ち帰ってくる魔石の大きさと量を考えても、だいぶ稼げたと思うわ」


 ナァゼとルリィは、そんな呑気な会話が出来るほどには、魔物との戦闘に慣れてきていた。

 そもそも村では家畜の解体も各家庭で行うため、ルリィとナァゼの二人は元々生物の血飛沫には耐性があったのだ。

 リィリはというとディシスの過保護のお陰様で言うまでもない。

 置いてけぼりを食らったリィリであったが、今のリィリに対抗する気力はすっかり無くなっていた。


「二人とも……もう陽が傾きそうだから、そろそろ帰らない……? 森は村よりも早く暗くなるって、ディシスも言ってたし……」


 リィリは弱々しい声でナァゼとルリィに帰えることを促す。

 しかし、すっかり戦いに熱中している二人に、その願いは届かなかった。


「なんだリィ、怖いのか? そんなんじゃいつまでたっても魔物なんて倒せないぞ?」

「そうよ、アンタはアタシとナァくんの後ろでしっかりアタシたちの戦い方を見てなさい!」

「そ、そんなぁ……」


 ディシスの忠告であることも構わず聞き流し、二人はずんずんと森の奥へ行ってしまう。

 そして、リィリの危惧していた通り、辺りが少し薄暗くなり始めた頃、三人は異変に気付いた。


「なんか、魔物の数が少なくないか?」

「うん、アタシもさっきからそう感じる……」


 三人の進む速度が、得体の知れな不安感から少しずつ遅くなってゆく。


「もしかして、オレたちが狩り尽くしちまったとか……?」

「まさか、そんなはずないわ……。明らかに少なすぎよ……」


 ナァゼとルリィがそんな会話をしていると、リィリの足が止まった。そして、進行方向から逸れた獣道を指差す。


「あ、あれ…………」


 よちよちと付いてきていたリィリが立ち止まったのに気づき、振り返るナァゼとルリィ。

 そして、リィリの指差した方向に目をやる。

 その道は、所々に赤い液体が付着していて、何かを引きずったような痕跡がその先へ続いていた。


「血……なのか……?」

「血ね……、間違いないわ…………」


 二人は液体の元へ駆け寄り屈むと、その正体を何かの血液と断定した。


「どうする? 引き返した方がいいかな?」

「何行ってんだよ、ここまで来たら行くっきゃないだろ? へへ、今までの魔物が弱すぎて飽き飽きしてたところだぜ。おそらく今までくらいの魔物を餌にしてる魔物がいるに違いない、この勢いでぶっ飛ばしてやる!」

「そうね、マズくなったら笛もあるし、行くだけ行ってみましょう」


 ナァゼとルリィが話を進める中、リィリはどうやって二人の会話に割り込もうかおどおどしていた。そして、二人の会話が途切れた時に思い切って意見した。


「やっぱり戻った方がいいよ! ディシスも、笛に頼りすぎるなって言ってたでしょ? 何かあってからじゃ遅いんだよ! それに、分かんないけど、この道の向こうから、変な魔力を感じるんだっ……!」


 リィリは叫ぶように訴えた。しかし、今までのリィリの様子から、二人からはただ怯えているのだと軽くあしらわれてしまう。


「そんなに怖いならここで待っていてもいいんだぞ? そうじゃなけりゃ、笛の準備でもして付いてこればいいさ。と言っても出番はないだろうけどな」

「その通りよ、リィくん。ま、アタシたちと一緒にいるのが一番安全だと思うけどね」


 リィリは顔を真っ青にしてどう二人を説得しようかと考えるが、二人の方が早く歩き出してしまい説得は叶わなかった。そして仕方なく笛を握りしめ、二人の後を背を丸めながら付いていく。

 リィリたちが進むにつれ、森はさらに暗さを増していき、続く道は、闇へ誘うように三人を飲み込んでいった。




 時は数時間ほど遡る。

 リィリたちが森で実戦訓練をしている頃、ディシスは隣の村へ出かけていた。森の中にあるため、情報がすぐに古くなってしまう彼らが住んでいるような村々では、こうして情報交換のために近くの村と連携を取っていた。

 この日はディシスが当番だったために、数人の仲間と共にイァル村の一つ隣にある村まで来ていたのである。そして村に着くなり村長の家に通され、早々に情報交換が始まる。

 その席にはいつも料理が用意されていて、小さな宴会のような形式で、明るく振る舞われていた。しかし今日は少し様子が違った。

 あまりの静けさにディシスが尋ねる。


「村長さん……、何か、ありましたか?」

「あぁ、あまり食事の席で話せるような内容ではないと思い、頃合いを図っていたのじゃが……、こんな空気では食事も喉を通らんだろうし、もうそろそろ話し始めるかのぉ……」


 そう言って、その村長の村長は話し出した。


「数日前のことじゃ、一人の子供が、森に入ったまま帰って来ぬのじゃ……。暗くなっても戻って来ない子供を心配した両親が守衛と相談して、森に入ったのじゃが…………」

「見つかったのですか……?」


 少しな間が空いたところに、ディシスの連れの男が尋ねる。しかし、男の予想とはかけ離れた答えが返ってくる。


「いいえ……、その子が見つかるどころか、その子の両親と守衛も、戻っては来ませんでした…………」

「なに……?」


 ディシスが思わず声を出す。村長は続ける。


「この事件に我が村は危機感を覚えた。村のすぐ近くに、得体の知れない魔物が潜んでいるのではないかと、不要な村の出入りを避け、討伐隊を組織し消えた村人たちの捜索を試みたのじゃが、一昨日…………」

「どうなったんです?」


 ディシスが聞き返すと、連れの男たちが息を呑み、話の続きを待った。そして、一拍置いたのち、村長が口を開く。


「竜が、おったそうじゃ……」

「「「!?」」」


 その場にいた全員が驚愕のあまり固まった。

 ただし、ディシスだけは村長に質問を続けた。


「村長、それは確かな情報ですか?」

「えぇ、討伐隊の一人が命からがら持ち帰った情報じゃ。もし竜でなかったとしても、それほどの脅威が森に潜んでいることは確かだと言えよう……」

「その討伐隊の人物に合わせていただくことは出来ますか?」

「構わぬ……、じゃが、その者もかなり精神を疲弊しておる。ほどほどにして頂けるようたのむ」

「承知しました」


 そうして、ディシス達一行は、討伐隊の人物の家へ向かった。

 その家はお世辞にも大きいとは言えなかったが、壁には動物の皮や魔物の角が掛けられていて、家主の勇猛さを醸し出していた。


「入ってくれ……」

「失礼する……」


 家主は、屋内に溢れかえるその戦歴を表す物品からは想像もできないほど衰弱していた。ディシス達は家主に案内され、居間に腰を下ろすと、家主の話を聞いた。


「……あれはだいぶ日が傾いた頃だった。その日の捜索を諦め、村へ引き返そうとした時だった。森の奥の方で、奇妙な音が聞こえたんだ……」

「音……?」


 ディシスが眉間に皺を寄せ聞き返す。


「あぁ、何かが地面を転がるような音だった……。俺たちは不審に思って、その方向へ歩き出したんだ……。その音がだんだんと大きくなってきて、俺たちは足元が変にぬかるんでいることに気がついた……。それで、足元を見たら血溜まりが出来ていたんだ……それから、見たんだ…………」

「竜を…………か?」

「あぁそうだ……、人の身の丈程だったが、確かに奴は竜だった……じゃないと説明できない……!」

「説明出来ないとは?」

「……奴に遭遇した直後、目があった……そのあとは、地獄だった……」


 男の顔色が真っ白になり、語る声も震えを帯び始めた。


「俺の横にいた仲間の首が無くなったんだ……。俺は何かが真横を通り過ぎることを辛うじて感じることができたくらいだ……。仲間の胴体が崩れ落ちるのを見て俺は我に返った……、そうしたらだ、俺の目の前に奴は戻ってきていた……、その足元には、俺の横で倒れている仲間の、首が、首があったっ!!!」


 男は真っ白を通り越して真っ青な表情をさらに歪め、怒鳴るように語り出した。


「奴は遊んでいたんだ! そいつの首で! 俺は見ていることしかできなかった……、しばらく俺はたったまま気絶していた……。するとだ、遊び飽きたのか、いぃや、蹴り潰して原型を無くした首を彼方へと蹴飛ばしてこっちを向いたんだ!!!」


 ディシス以外のその場にいた人は皆、息をするのも忘れて男の話に聞き入っていた。ディシスは男の興奮状態を制止しようと、立ち上がって発狂し始めた男の肩を掴み、そっと座らせた。


「……悪い、取り乱した……」

「いや、当然だ……。すまないな、そんな記憶を、喚び醒まさせるような真似をして……」

「いいんです、必要なことですから……、それに、俺が伝えなければ、仲間の命が無駄になってしまう……」


 そのあとの男の話はこうだ。

 逃げ出そうとした男の仲間は、次々と首を落とされ死んでいき、最後に残った彼だけが、偶然にも逃げ延びることができたという。

 それから少しの間男の話を聞き、ディシス達は男の家を後にすることにした。


「ありがとう。貴重な話を聞かせて頂き、感謝する……」

「こちらこそ、格好悪ぃ姿を見しちまってすまなかったな。ディシスさん、アンタの事はこの村でもよく聞くよ。腕が立つってな。もし、奴と一戦交えることがあったら、仲間の仇、とって頂きたい……」

「わかった、約束しよう……」


 ディシスは男と握手を交わした後、村長に挨拶をしてから早足で村を出た。




 ディシスがイァル村に着いた頃には、すっかり西の空は茜色に染まっていた。ディシスはイァル村の村長に事の次第を伝えると連れの男達と別れ、帰路に着いた。

 ディシスが家の近くまで戻ると、玄関先でリリアラが待っているのが見えた。近寄るに連れてその表情も見えてきて、やけにそわそわしているように見える。


「ただいま、リリアラ」

「あっ! おかえりなさい、ディシスさん!」


 その日、ディシスは帰りが遅くなると踏み、あらかじめリリアラに夕食の準備を頼んでおいたのだ。しかし、リリアラの様子は少し慌てているように見える。


「どうした、そんな怪訝そうな顔をして」

「それが、その、リィちゃん達がまだ戻っていないんです……」

「何?」


 ディシスは眉をひそめた。


「はい、何時もと同じ時間に夕食の支度を始めたのですが、普段ならもう帰ってくる時間になっても、なかなか戻ってこないので、何かあったんじゃないかって思って、ここでディシスさんが帰ってくるのを待っていたんです」

「そうか、ありがとう……。少し様子を見てくるから、リリアラは中で待っていてくれ……」

「え……?」


 リリアラの声がディシスに届くことはなく、ディシスは既に風のような勢いで、森の方へ走って行ってしまった。そして、取り残されたリリアラはしばらく、徐々に夜空へと変わっていく、ディシスが向かった方角の空を心配そうに見つめていた。




 何かを蹴るような音が、森の奥から聞こえてくる。時折、肉を咀嚼するような音に混じって、荒い吐息のような音まで響き渡った。


「間違いない、魔物だ……」

「何をしてるのでしょう、それに今まで感じた事のない魔力量だわ……、気をつけていきましょう…………」


 ナァゼとルリィは、さらに慎重に歩みを進めた。すると、二人の後ろに隠れていたリィリがガタガタと震えだした。

 そして、とうとう音の主を発見する。それは、二本脚で立ち、赤い血溜まりの中で獣のものと思しき頭部を蹴って遊んでいた。そう、喰らうでも、捨てるでも、放置するでもなく、ただただ、遊んでいた。

 その魔物は、茂みに身を潜めているリィリ達にはまだ気付いていないようで、ぐちゃぐちゃになった獣のものと思しき頭部を興味津々に転がしていた。


「やっぱり引き返そう……! 今ならあいつも気付いてないし、まだ間に合うよ……!」


 リィリは小声でナァゼとルリィに訴える。だが、既にナァゼとルリィは身を硬直させ、そのおぞましい光景に見入っていた。

 しばらくするとその魔物は、おもちゃに飽きた幼子のように、足蹴にしていた首を蹴り飛ばした。そしてそれは、運悪くもリィリ達の隠れていた茂みに向かって飛んできて、三人の前にころころと転がってきた。

 それを見た三人は顔を真っ青にして凍りついた。なぜなら、それは、獣の首でも、魔物のそれでもなく、人間の頭部だったからだ。

 頭蓋骨が砕けているのだろうそれは、酷く潰れ、原型をとどめていなかったが、目鼻口の位置だったりから、すぐに人間のものだとリィリ達にはわかってしまった。


「い、いゃぁぁあ!」


 見るも無残な状態に成り果てた人体だったモノを見て、ルリィが悲鳴をあげてしまう。

 もしそれが、他の人体の部位だったのなら、彼女もそこまで動揺しなかっただろう。しかし、それは紛れもなく人の首である。原型はとどめてないとはいえ、その為人が最も反映される部位であり、それだけ感情を揺さぶられやすい原因だった。さらに、その目は微妙に開いていて、虚ろな瞳がルリィを見つめているように彼女には見えてしまったのだ。

 魔物が振り返った。今まではよく見えなかったが、そいつは猿のような体格をしていて、全身が鱗のようなもので覆われ、長い尻尾を生やしていた。

 リィリ達は凍りついた、動いたら負けだと言わんばかりに、リィリとナァゼがルリィの口を押さえ、息を殺した。魔物はしばらく茂みを見つめていたが、何もいないと思ったらしく、何処かへ姿を消してしまった。


「ぷはぁっ……!」


 リィリとナァゼによる拘束が解けて、息を吸い込むルリィ。その横でナァゼとリィリがぐったりと倒れこむ。


「ごめんなさい、大声出しちゃって……」

「いいさ……でも、いったいなんだったんだアイツは……」

「わからない……でも、異常なことだけはわかった……」


 ナァゼとルリィが話していると、リィリが呟いた。


「あれは、多分………竜種だと……思う…………」


 リィリの言葉にナァゼとルリィは目を丸くした。


「竜種だって!? なんでそんなもんがこんな森の中にいやがるんだよ!」

「正気なの、リィリくん?」

「多分……。ディシスが言ってたんだ、竜種、又はドラゴンと呼ばれてる奴らには、全身に鱗があって、他の魔物とは違った奇行をとるんだって……。それから、万が一にも出くわしたら、すぐ逃げろって……」


 それを聞いたナァゼとルリィは、納得という答えを無言の空白で返した。確かに、あのように屍の一部で遊ぶような魔物は滅多にいないだろうから、当然ではある。


「リィリの言い分だと、もしアイツがドラゴンだったことを考えて、早々に撤退すべきだな……」

「えぇ、もうこんなの真っ平御免よ……、さっさと帰りま――――」


 ルリィの言葉が最後まで続くことはなかった。リィリの叫び声が制止したからである。


「ルリィ、後ろっ!!!」

「えっ!!?」


 ルリィが振り向くと、そこには先程の魔物が立っていた。そしてその長い尻尾をルリィめがけて振り上げた。


「危ねぇっ!」


 ナァゼが叫んで、ルリィを押しのけ前に出る。そして両手剣を構えると、その攻撃を受け止めた。


「ぐあぁっ!!!」


 しかし、道端の小石を蹴るような感覚で、ナァゼの体は茂みの向こうに吹き飛ばされてしまう。


「ナァくん!!!」


 張り裂けそうな声でルリィが叫ぶ。また、そんなことは知ったことかと再び襲い来る魔物の攻撃に、ルリィは避けようとするものの、躓いて転んでしまう。

 ルリィはもうダメだと思ったその時、耳を劈くような音が鳴り響き、魔物の動きが止まった。そして、音のした方向を見ると、リィリの姿と崩れ去る笛がルリィの目に映った。


「走って!」


 リィリが叫ぶ。その横には、いつのまにか戻ってきたのか、脇腹を抑え、口の端から血を流すナァゼがいた。


「いってて……。アイツ、無茶苦茶だぜ……、闘うなんて無理だ、さっさとずらかるぞ……!」


 ナァゼの掛け声で一斉に走り出したリィリ達。しかし、そこに悪夢のような光景が襲い来る。


「なっ……!!?」


 必死に逃げてきたリィリ達の前に、あの魔物が再び現れたのだ。


「待ち伏せかよ……! ちくしょう!!!」

「なんで……!? 笛が効いていないの……!?」

「ナァくん! もう一回笛を!」

「わぁってるって!」


 リィリに言われ、ナァゼは笛を取り出すと、魔力を全力で込めて吹いた。


「ぐ……っ!」


 その音を間近で聞いて耳が痛かったのだろう、ナァゼは悲痛の声をあげた。これだけの音なら直ぐには硬直は解けまいと、リィリ達は魔物を迂回するように走り出した。

 しかし、ここでも思いがけないことが起きる。魔物が何事もなかったかのよう、リィリ達を追跡しだしたのだ。

 そして今度は、ルリィが笛を吹く。しかし、ルリィが吹いた笛の音も、ナァゼの時と同じく微塵も効果を発揮することはなかった。


「くそっ、マジで効かねぇのかよ、化け物め!」

「やばい! 追いつかれちゃう!!」


 ナァゼが苦言を吐き、ルリィに至っては既に涙を流し始める。そして、魔物がリィリ達に追いつく寸前、突然リィリが振り返った。

 魔物が見えない障壁に衝突し、踏ん反り返って痛みのあまり頭をぶんぶんと振り回す。リィリが障壁を展開したのだ。


「ぼ、僕が抑えてるから、その間に二人はディシスを呼んできて!」

「そんな! リィくんだけ置いていくなんてできないよ!」


 ルリィがリィリに向かって叫ぶ。


「このままだと僕たちは全滅だ……。僕の結界もいつまで持つかわからない。だから一刻も早くディシスを呼んできて!」

「それでも嫌よ! リィくんが残るならアタシもここに残るわ!」


 もうどんなに言ったところでルリィは動きそうもないので、リィリは仕方なくナァゼの方に顔を向けた。


「ナァゼ、頼んでもいいかな……?」

「あぁ、構わない……。どの道オレのこの体じゃぁ役にたたねぇ……。でも、ほんとに平気か? さっきからその手……」

「うん、震えてる……。ほんとは怖くてどうしようもないんだ……。でも、僕しかきっと抑えられないから……。だから早く行って!」


 リィリはよく見ると、手だけではなく全身が小刻みに震えていた。そんなリィリを見て、ナァゼは躊躇してしまう。


「大丈夫! 耐えるだけなら、僕のお家芸なんだから!」


 最後にリィリはナァゼの背を押すようにそう言う。そしてその目からは大粒の涙がポロポロと流れ出していた。


「すぐに戻るから……、少しの間だけ耐えててくれ!」


 ナァゼはリィリの顔をそれ以上直視できず駆け出した。

 自分たちの中で最弱だと思っていたリィリが今、涙を流すほどの恐怖に震えながらも、三人のうちの誰よりも勇気を振り絞っている。

 そんな優しくて強い親友を死なせてなるものかと、ナァゼはリィリ達に背を向けると全力で走り出した。

次回「白銀色の勇気」

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