リィリ=レストという少年
アルファポリスさんでは挿絵もあったりなかったり……
片手間で描いているのでクオリティは低いですが……
アミュリュア王国の外れに、イァル村という名すらあまり知られないほどの小さな村があった。イァル村は魔物の生息する森の中に位置し、周囲の町や村から孤立していたため、人の出入りもかなり少なかった。
春の始め、小さな男の子が一人、村の隅にある空き地に寝転がり、ぼんやりと空を見つめていた。名をリィリ=レストといい、イァル村の中でもさらに外れにある家に、一人の男と住んでいる少年だ。
灰銀の髪に黄金の右目と、血をそのまま透かしたような真紅の左目を持っていて、五歳という割には身長が低く、顔立ちはまるで少女のそれのようだ。
暖かな陽射しに目を閉じ寝息を立てはじめると、一匹の蝶がひらひらと飛んできて、ちょっと休憩、と言わんばかりにリィリの鼻にとまった。
「は……っくしゅ……っ」
くすぐったさのあまりくしゃみをすると、蝶は再び空中散歩へと戻っていった。そして、新たな影がリィリの背後から落ちる。
「こんなところにいたのか、リィリ」
「!! おかえり、ディシス!」
ぱぁ! と表情を明るくするリィリ。そして飛ぶように起き上がると、影の主の男にこれでもかという勢いで抱きついた。
「おっとっと……、ただいま、リィリ。いい子にしてたか?」
男は飛びつくリィリを受け止め、体制を立て直すと優しく微笑む。そして、自分の腹にも届かない位置にあるリィリの頭を優しく撫でた。
彼の名はディシス=レスト。白銀の短髪に真紅の瞳を持っており、過剰にリィリをかわいがる姿から、村人からは親子だと勘違いされるが、肉親ではない。
リィリの親代りをしている、短い顎髭が特徴の三十歳前後の男だ。
今も、ぐりぐりと自らの腹部に顔を押し付けるリィリに、蕩けるような表情を見せている。これで身長が百八十を超えているのだから、奇妙な光景である。
リィリがディシスを見上げ話し始める。
「うん、いい子にしてた! リリおねぇちゃんにおやさいとどけたし、おちそうになっちゃったけど、いどからおみずもくんだよ! あとね! あとね! ――――」
井戸に落ちそうになったというフレーズに眉を潜めたディシスだが、あんまりリィリが嬉しそうに話すのを止めはせず、たまに相槌をうちながら最後まで聞き続けた。
「そうか、いい子にしてたか。偉いな、リィリ……。ところで、こんなところで何をしていたのだ?」
リィリの髪をくしゃくしゃと強く撫でたあと、ディシスはそうリィリにたずねた。
「まほうのれんしゅうをしてたんだ! ちょっとまえまでナーくんと、ルリちゃんといっしょだったんだけど、ぼくだけぜんぜんじょうずにできくて…………」
さっきまでと打って変わって表情を曇らせるリィリに、ディシスは申し訳なさそうな顔をし、少し考えたあと声音を明るくして言った。
「そうか、上手く出来なかったか……。でも、一人で自主練なんて偉いじゃないか! こんなに偉いんだから、きっともう少ししたらナァゼ君やルリィちゃんを驚かせられるくらい上手になるさ!」
「ほんとに……?」
「あぁ、本当だとも! そうだな、頑張ったリィリのために、魔法を教えてあげよう。それこそ、村中の人をびっくりさせるくらいの魔法をね」
「えっ、ほんと!? ディシスがまほうおしえてくれるの!!? あ、でも……それじゃあぼくががんばったからじゃなくなっちゃう…………」
リィリはしばらく百面相をしていたが、何か決意したらしく、ディシスに向き直り言った。
「やっぱいい! みんなよりつよくなるのは、ぼくだけでやらないといけないんだ!」
随分と謙虚で、そして力強い答えが返ってきたことにディシスは驚いた。そしてリィリと目の高さをあわせるようにしゃがむと、リィリの服の汚れを払った。
「そうかぁ、私の手助けは不要か…………」
そう言い、ディシスは遠くの記憶を眺めるような、優しさと寂しさの含まれたなんとも言えない表情を作った。
その顔を見て、今度はリィリの方が申し訳なく思ったのか、慌てて付け加えた。
「で、でも、きそはおしえてもらわなきゃできないんだよ! だから、だからディシスにはきそをいっぱい、いっぱいおしえてもらうんだからねっ!」
そういって顔を赤くしてそっぽを向くと、ディシスの腕を引き帰宅を促した。
そんな小さくて、可愛らしくて、強くて、そして優しいリィリを、ディシスは愛おしそうに見つめ、微笑んだ。
「そうか! それならいっぱい基礎を教えてあげなくちゃぁいけないな。私の稽古は厳しいぞ? ちゃんとついてこれるか?」
「あたりまえだよ! いままでだってずっと、ディシスになんでもおしえてもらってきたんだからね! ディシスがおしえてくれるんなら、つらくたってへいきだよ!」
予想外の返答に目をぱちくりさせるディシス。そして前を歩くリィリを見下ろし呟いた。
「そうか……。ありがとな…………」
「むっ……なにかいった、ディシス?」
リィリが振り返り、ディシスを見上げる。すると、ディシスのリィリの手を握る力がわずかに強くなった。
「なんでもないよ……」
ディシスは答える。その様子がよっぽど怪しかったのか、リィリはさらにディシスに問い詰める。
「やっぱなにかいったでしょ! なんていったの! おしえないといくらディシスでもおこるよ!」
すでにぷりぷりと怒りだしているリィリを、ディシスは面白がってからかいはじめた。
「そうだな……振り返るとその可愛いおこりんぼ顔が丸見えになっちゃうぞって言ったんだ! でも手遅れだったなぁ、もう振り向いちまった! ハハハハハハ!」
「っ…………!!」
さらに顔を赤くして、ゆでだこのようになったリィリ。そして、ディシスに向かってその小さな手で百裂拳を繰り出した。
「ハハハハッ…………悪い悪い、冗談だよリィリ、許してくれ」
「だめ!」
ディシスは、ポカポカと自分を叩くリィリを、そう言って宥めた。そして、攻撃してくる手を受け止めると、そのままリィリを高く持ち上げ、肩に座らせた。
「うわぁっ!」
突然視線が高くなったことに驚きの声を上げるリィリだったが、案外肩車の位置が気に入ったらしく、だんだんと大人しくなっていった。
「許してくれたか……?」
「しょうがないから、ゆるしてあげる……」
「そうか、じゃあ帰ろうか」
「……うん!」
夕日で赤く染まりはじめた帰り道を、リィリの今日の出来事や、夕食の献立の事などを、まるで仲のいい親子のやり取りのように話しながら、二人は家まで帰るのであった。
次回「リィリと幼馴染」
三章くらいから話が動き始めます……