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良くある俺様系王子は大概ギャップがある方が萌える

 






 目を覚ますと見知らぬ部屋だった。

 首を振って眉間を揉む。……昨日の事を思い出してきた。

震えるクレア、入れられた地下牢、燃える部屋、伸ばされた手。ついでに浮気してた婚約者。

よし、大体思い出した。大分寝てしまっていたらしく、日の高さから見るにそう早い時間では無いだろう。服は勿論昨日のままで、髪を手櫛で整えながら隣の部屋の扉を叩けば、間を置かずに返事があった。


「おはよう。貸しといてあれだが、あの部屋で良く寝れたか?」


「地下牢より大分。おはよう、早いね」


 彼は既に着替えを済ませていたようだった。やる事が多いからなと答えて、持っていたペンを置く。


「まずは部屋の位置を教えるから付いてきてくれ。あとは朝……この時間だと昼?はいつも外で買ってるんだ、一緒に行くか?」


「分かった。一緒に行きたいのは山々だけど、この服油塗れなんだけど大丈夫?」


「焦げてる訳じゃないから……いや無理だな、目立ち過ぎる。適当な服も買ってくるから待ってろ」


 礼を返せば、母屋にも服は有るだろうけどあれはなぁとぼやかれた。好色男と恋人達が暮らす家だ、置かれた服もそういった用途に秀でていて、少なくとも街歩きに向くものを探すのは難しいだろう。

 私服位なら布と糸で作れるし、そちらの方が安上がりだ。婚約者の家とはいえ金銭的な負担を掛けるのは忍びないので提案すると、最初の一着は買ってくるので後で見に行こうという話になった。


 共に歩きながら教えられた離れは、思いの外狭かった。基本的に離れとは使用人の居住区として使われるから、当然かもしれない。公爵家など金持ちの別荘ならばまた違うのだろうが、彼も私も一伯爵家。寧ろ使用人のいない状況でここまで掃除を行き届かせている親友殿は凄い。


 馬車が通れないから昨夜は使われなかった裏口の場所も教わり、出て行く彼を手を振って見送る。

 風呂は一階に有るらしい。好きに使って良いと言われていたし、軽く散策後お言葉に甘える事にした。

 湯を沸かすのが面倒だったので、頭から水を被る。肌を刺す冷たい感覚に、やっと頭が冴えた気がした。

 鏡の向こうの凡庸な顔を見る。灰色の髪、同色の瞳。色は別に嫌いではない。ローブを被ると良い感じに、かつて御伽噺の挿絵で見た魔法使いのようになる。

 けれどそれぞれの顔のパーツは、どうも印象に残らない形に揃っている。数十年後のいつか、美醜より老いが目立つようになればこの容姿を好めるだろうか。

苦笑して髪の水気を拭う。そろそろ帰ってくる頃だろう。



 彼が選んだのはシンプルなワンピースと靴だった。手早く着替えて朝食の席に着く。市街で買ったのであろう、二人前のキッシュやパイ。

揃いのカップの一つに砂糖を二杯とミルク、もう一つは無しで珈琲を淹れる。砂糖が溶け切った方を彼の前に置いて、向かいの椅子に座った。


 頂きますと揃って一言。口に入れたキノコのキッシュは、成る程確かに美味しかった。その反応を確認していたのか、此方を見ていた緑の瞳が僅かに緩む。


「美味しいねこれ。ラッセルさんの所の?」


「ああ、そこの新商品。おまけも貰ってきた」


「随分と馴染みなようで。長く使ってるんだ?」


「まあな」


 軽く答えてくれるが、離れで買った朝食を食べる事が可笑しいと分かっているのか。理解した上で容認しているのだろう。いつだって心配になる程に、怒りも悲しみも表に出さない男だった。


 今頃母屋で寝こけているだろう馬鹿に料理が出来るとは思えないので、母屋にも料理上手はいるのだろう。数多いる愛人の内に、料理の上手い美女が。リヴィエールの愛(笑)を報酬に働く彼女達なら賃金が要らないので、元いた使用人を辞めさせてその分の賃金を遊行費に充てる事ができる。完全な使用人ではないから掃除などで不備は多いが、ベッドルーム(目に付く所)さえ良ければそれで良い、と言った所だろうか。毒殺されろ。


 挙げ句の果て、次期伯爵でもある弟を離れに追いやり食事も出さないとは、彼が気弱で脆弱だったら今頃死んでいたかもしれない。

 そんな不満の眼を感じ取ったのか、弁明するように笑われる。


「そう悪い事ばかりでも無いからな。ここ(離れ)なら何をやってもバレないし、自由だし」


 自由。その言葉が魅力的であるのは凄く分かる。私も親の放任を良い事に、勝手に王都の家を工房に改造しているから、自由の味を誰よりも楽しんでいる。

 意外と片付いた部屋を見回す。シンプルな本棚や机の上にあるのは、金属の精製についての資料。鉄鉱石が主要な輸出品である彼の領なら、この研究の成果は正しく値千金だろう。けれどこの成果が、本当にそのまま彼の功績になるだろうか。

何徹もして書き上げた領地の報告書と改革案が、リヴィエールに奪われた事が有ったと知っている。


「本当に良いの?」


「構わねぇよ。どうせ親は知ってる」


 ならその上で放置しているのか、全くもって甘すぎやしないだろうか。腹立たしく思わない訳では無いが、当の本人が良しとしているなら私が手を出すべきでは無いとも分かっている。




「それよりも、だ。俺は何をすれば良い?」


 どうせお前じゃ無いんだろ、セレーナ・クレイニーを突き落としたのは。


 そう言われて、カップに伸ばそうとしていた手を止めた。この男、手出し無用と言っておきながらこっちには首を突っ込んできやがる。


「お前があの公爵令嬢の為に誰かに手を出すってんなら、もっとえげつなくやるだろ。地下牢に入ったのは元から計画の内だったのか?誰があそこに火を付けた」


 随分な言い様だ、心当たりしかない。少なくとも本当に私がやるなら、彼女のありとあらゆる私物に虫の卵を仕込む位はやるだろう。階段から突き落とすなんて分かりやすい真似はしないよなあと笑って、食べ終わった包み紙を半分に折る。


「名乗り出たのは本当に思い付き。あの時はあれしかないと思ったし、多分他の方法じゃどうしようも無かった。火を付けた相手は……誰だろうね?全く分からない」


 最初は王子の愉快な仲間達かと思ったが、火を付ける理由で考えるならもっと多くの犯人候補がいる。例えばクレアの両親や関係者。私が尋問に耐え切れずクレアに命じられたと吐く前に処分しようとしたとか、そうでなくてもクレアを陥れようとした人間が上手くいかなかった事に腹立ってその原因を消そうとしたとか。

 絶世の美貌、神の如き慈悲深さを併せ持つクレアだが、その完全すぎる完璧さが敵を作ってしまうのも確かだ。彼女が居なくなった後セレーナを処分して、空いた王妃の椅子を自分の娘に座らせようとする人間だっているだろう。

 犯人を見れなかった事が今になって悔やまれる。眠気に負けかけていたとはいえ、警戒はしていた筈なのに。動けなくなって挙句気絶などまるで魔法だ。憧れないとは言わないが、魔法なんて御伽噺の中だけだろうに。

 ……そういえば、なぜ犯人は牢屋に火を付けたのだろうか。床に撒き散らされた油と机の火ならまだ分かる。自分が逃げる時間を稼ぐ為だ。けれどそもそも殺すだけなら、油を持ちこむなんて手間を掛けず動かない相手の心臓を一突きすれば良い。入り口に鍵は掛かっていたのだから。


 いつの間に考え込んでいたのか、目の前で手を振られてやっと意識が戻った。呆れた瞳がこちらを見る。


「全く手掛かりは無し、か。じゃあ発端になった方から手掛かりを集めていくか?クレイニーが誰に突き落とされたのか、そもそも嫌がらせは有ったのか。それ位なら誰かに聞いてもおかしくは無いだろ」


「いや待って君に迷惑を掛ける訳にはーーー」


「は?」


 何を言ってるんだこいつは、と言わんばかりの目を向けられる。お前昨日焼き殺されかけた事は覚えているな?と、地を這う低い声。


「俺が来なけりゃ今頃お前は炭になって牢屋の床にこびりついてたんだ。しかもまた狙われるかも知れない、敵が誰かも分からない。その状況で、生きていると公言するような真似を俺が許すと思うか?此処から出るなとは言わないが、出来るだけ大人しくしてろ」


「大人しくは無理。クレアが関わっている事を静観は出来ない。心配してくれる事は有り難く思うけど、そこは譲れない」


 言い切ると、緑の瞳が複雑そうに歪む。苦虫を噛み潰した顔をするが譲らない意思を悟ったのだろうか、空のカップをソーサーに置く音。


「なら、話を聞いて回るのは俺がやる。お前は出来る限り出歩くな」


「全く譲歩してない!」


 ほら買い出し行くぞー日用品買わないとなーと露骨に流され、手を引かれて街中に。小物や布を選び歩いているうちに、気がつけば夕方になっていた。



 食後、自室に戻ってから便箋にペンを走らせた。宛先の彼女は貴族社会では客を選ぶだの気に食わない仕事は何があろうと受けないだの言われているが、誰よりも優秀でまめな人だ。手紙も一通残らず自らの手で確認していたから、この怪しい手紙も読んでくれるだろう。多分。


 何もするなとか色々言われたが、はいそうですかで引っ込む程大人しいならそもそもここにいない。貴族に顔を知られてはいけないなら、それ以外と連絡を取ればいい。


 借りた印璽で封をする。宛先はこの国一の服職人。

美しくも素晴らしい、私の師匠だ。


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