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良くある婚約破棄物のヒロインは大概階段から突き落とされる

 






 子供の頃に憧れたのは、煌びやかな衣装を身に纏うお姫様ではなく、彼女を飾り立てる魔法使いだった。

 少女の為に魔法の杖を軽く一振り。畑のカボチャは馬車になり、屋根裏ネズミは凛々しい御者に。初々しい少女が紅潮した頬で、けれど凛と胸を張って大理石の階段を上る姿を眺めたいと、その背を押したいと云う欲求が幼い頃からあった。



 彼、あるいは彼女のようになりたかった。

なろうと決意した。それは固く決心した。



 まず覚えたのは化粧だった。次にドレスのデザイン、理想の靴と装飾品の制作。美容品の開発や髪結いマッサージ爪磨きの技術に至るまで。

いつか出会える姫君の為、彼女をより一層飾り立てる為だけに幼少期からのほぼ全ては費やされた。




 そして私は遂に、出逢ってしまった。



 クレア・ヴァーノン。十五才になり入れられた学園で、同級生だった彼女を一目見た瞬間、天啓に打たれた。

月の光を流し込んだ白銀の髪、精霊の住まう湖の色より鮮やかな瑠璃群青の瞳。

憂いの中に星が瞬くように笑むあの眼に、高く通った鼻筋に、すらりと長い手足に口付けを落とす事を願わない男はおらず、感嘆を漏らさない女もいない。居たとしたらよっぽどの不能か盲目だ。


 彼女を磨き上げたい、飾り立てたい、美しさの極致までその美貌を突き詰めたい。

持ちうる全ての技術で奉仕させて欲しいと願った私を、彼女は受け入れてくれた。彼女のために服を作り、化粧を施し、爪先から髪の一筋に至るまで磨き上げる。それはまたとなく幸福な日々だった。



だから、想像もしていなかった。こんな日が来るなんて。


 クレアはこの国の王太子、ユリウス・カウトネンの婚約者だった。つまりは未来の王妃。政略結婚ではあったが、彼女は彼を慕い、隣に立つ為に膨大な量の王妃教育を受け、また必要となる社交の数々をこなしてきた。無理難題も有っただろう、無駄に顔の良い殿下の所為で嫉妬や憎悪を浴びせられる事もあっただろう。それでも決して折れなかった。



それなのに。それなのに。



 三年過ごした学園の卒業を祝う舞踏会で、色とりどりに着飾る人々。喧しい中で一際注目を集める集団が何かを騒いでいた。今日は彼女と殿下の結婚が発表される筈だった。不安要素こそ有ったが、頑張り続けた彼女の努力が報われると思っていたのに。


「クレア・ヴァーノン。お前の悪行は俺の耳にまで届いている。その罪はセレーナを侮辱し、挙げ句の果て傷つけた事だ。卑しくも嫉妬に駆られる者を国母とは認められない。……この婚約は破棄とする!!」



 赤髪紫眼のザ・ありふれた王子フェイスが感情を押し殺すように歪む。周囲にいるのは宰相の孫や騎士団長の息子、神官長の長男に五伯爵と呼ばれる大家の後継etc。よくもまあここまで集まったと言わんばかりの顔が良い男どもと、中心で身を竦ませる一人の少女。

明るい金髪を桃色のドレスに垂らし、若草色の瞳に薄く涙を浮かべている。怯えているように見えなくもない姿を、愛らしいとは思う。可愛い女の子は国の宝だ、大好物だ。……クレアを貶めさえ、しなければ。


 たった一人で相対するのは、蒼玉を茫然と見開く彼女。薔薇の紅を含ませた唇が震えている。

 この日の為に仕立てたドレスだった。瞳に合わせた紺の絹地は銀糸を織り込んで煌めき、惜しげなくラピスラズリとサファイアを散らしたスレンダーラインは優雅と清楚を両立させる。

晒す肌は控えめに、艶やかな髪を軽く結い上げ、国花をモチーフにした繊麗な銀細工で留める。天女もかくや、女神さえ並んで全く見劣りしないその美貌。最高の美しさに満を辞して送り出したのに、銀糸が飾る手袋は固く握り込まれている。


「罪を認めろ、さもなくば地下牢に入ってもらう事になるぞ。今ならまだ、セレーナへの謝罪で許してやろう」


 この不能で盲目の王太子がここ一年程、下級生のセレーナ・クレイニー男爵令嬢と仲睦まじかった事はよく存じている。彼女の男に目を付け、心を開かせる技術には目を見張るものがあった。けれど骨抜きにされる愚を犯すなど、とたかをくくっていたのに。


「……証拠があるのですか?わたくしが彼女を傷つけたという、証拠が」


 氷の令嬢クレア・ヴァーノン。あの神にも並ぶ美貌に畏怖を感じ、無神経にそう呼ぶ大衆からすれば、彼女は普段と何ら変わらないように見えただろう。その澄んだ声の震えを、握りしめた拳の意味を考える人間が居るのだろうか。きっといない。


「常日頃から物が無くなる、一週間前階段から突き落とされたとセレーナが言っているのだ、充分な証拠だろう。セレーナが嘘の証言をする理由もない、お前がやったに決まっている!」


 怯えるように身を竦ませる少女を、神官長の息子が抱き寄せた。憎悪の視線を隠しもせず、クレアが大罪人であるかのように睨み付ける。可愛い可愛い可愛い可愛いクレアをだ。



「謝罪は致しません。わたくしは何もしておりませんから。……セレーナ・クレイニー男爵令嬢を煩わしく思わなかったと言えば、嘘になります。貴方様の御心が彼女に移ったことを、とても哀しく思いました。どんな方法を使ってでも取り戻したいとも。けれど、彼女を害した事は有りません。そんな事をすれば、気こそ晴れても永遠に後悔することになるでしょう。そう、教えられたので」


 嘘を吐け、と居丈高に言い捨てる王太子。大馬鹿無能野郎と罵りたくなるが、実際何より許しがたいのは、本当に彼女は何もしてない事だ。男爵令嬢が階段から突き落とされた一週間前、彼女は屋敷で今日のドレスの最終確認をしていた。メイドも家令も証言出来るだろう。

けれどそれに、どれだけの証拠能力が有るのか。彼女と私の親しさなど、調べようと思えば幾らでも分かる。庇っていると思われるに違いない。




 ーーー魔法使いによって美しく着飾ったシンデレラ。けれど十二時を前に、魔法は解けてしまいます。王子様の隣には新しいお姫様。愛くるしいその笑顔に、彼はぞっこんです。そして言いました。「かのじょこそうんめいのひとだ!」たちまちシルクのドレスは下女の作業服、硝子の靴はささくれ立った木靴に。シャンデリアの光はかまどの灰になって、彼女の肩に降り積もります。見て、灰被りよ!悲しくなったシンデレラ。走って逃げて行きました。


 ……そんな駄作を、決して許しはしない。

ならばどうするか。答えは一つしかない。

広場の中央、騒動の中心に向かって歩き出す。



「心の底から詫びるなら、情けをくれてやる慈悲もあったというのに。お前が悪いのだぞ、クレア!オズワルド、この女を地下牢にーーー」


「……いいえ? その必要はありませんよ、王太子殿下」


 突如割り込んだ私の声に、周囲が静まり返った。

 ソルシエ?と彼女が名前を小さく呟く。



「クレアがそちらにいらっしゃられるセレーナ嬢を傷つけたと言うのは全くの間違い、冤罪ですよ殿下。セレーナ嬢の教科書を破いたのも階段から突き落としたのも、全てこの私がやった事ですから。仕方がないでしょう?彼女はクレアを傷つけたのです」



 勝手に道が開くのをいい事に、王子と相対する。

後ろに庇ったクレアはどんな表情をしているのか。興味は有ったが振り切って、後ろ手に交差させた中指と人差し指を親指で叩く。二人で決めた、静かにする時の合図だ。


「何を言っている、ソルシエ・エザウリーレ伯爵令嬢。馬鹿も休み休み言え。そなたがクレアと親しくしている事は良く知っている。庇いだてしようとそうはいかんぞ」


「まさか。殿下が仰せられたように、私はクレアを誰よりも美しく、また素晴らしい友と思っております。だからこそ彼女を悲しませる人間が許せなかったのです。私が勝手に、一人でやった事です。彼女は何の関係もありません」


「う、嘘よ!階段の踊り場で突き飛ばされた時、私見たもの!あの女、白い髪をしていたわ!」


「たった一瞬、しかも落ちる瞬間の証言にどれ程の説得力があるのでしょう。逆光で、私のこの灰色の髪を白と見間違えたのでは?」


 焦るクレイニー男爵令嬢の声に、口の端だけ歪めて返す。

クレア・ヴァーノンがセレーナ・クレイニーを突き落とした。あちらの言い分を前に、クレアはセレーナの言う事がでっち上げだと証明する手段を持っていない。事実がどうあれ、誰かに階段から突き落とされたとの言葉の否定は不可能だ。この会場で王子が声を上げた瞬間、彼女は後手に回ってしまっているのだろう。

 なら、他に()()()()()()()()

セレーナ・クレイニーを突き落としたのがクレア・ヴァーノンでなければ、こちらの勝ち。そして彼女に害意を抱き得る人間はここにもいる。



「だったら、クレアに命じられたのであろう!人を使うとは卑劣な女め!」


「おや、証拠はあるのですか?私がクレアに頼まれたという証拠が。まさか殿下ともあろう方が、確たる証拠もなく仰っているなんて事は有りませんよね?公明正大で利発と名高い殿下が仰るなら、確証があるのでしょう。何ですか?」


 煽りよる…と何処かから聞こえた気がした。気のせいという事にしておこう。決して聞き覚えのある声だったりしない。多分。


「チッ……そこの女を地下牢に放り込め!あそこなら真実を話したくもなるだろう。何日持つか見ものだな!」


「最初から真実しか話していませんが。それとも、クレアが犯人で無くてはいけない理由でも有るのですか?」


「煩い!とっとと連れて行け!」


 エドワルドと呼ばれた男に腕を引かれた瞬間、後ろの彼女と目が合った。震える瞳に対し、出来るだけ余裕そうに笑ってみせる。君は、君だけは誰にも傷つけさせない。彼女に出会った瞬間から、そう決めている。

意気高な声を無視し、背筋を伸ばして歩き出す。ざわめく観衆も突き刺さる視線も気にならない。





 魔法が使えなくても、魔法使いになりたいと願った。

火竜を呼んで王子達を逃げ惑わせる事も瞬間移動で逃す事も出来ないけれど、何も出来ない訳じゃない。

唯の言葉を魔法にする為なら、何だってしてみせる。




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