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序幕.魔女の独白

 




 わたくしはただ、あの方を愛していただけなのです。




  昔々のお話です。わたくしは、とある貴族の令嬢でした。

美しい容姿を得ました。優しい両親や侍従に恵まれました。欲しい物は何でも手に入りました。

そして、ある方に恋をしました。この国の王となる方でした。燃えるような赤髪と紫の瞳をした、とても精悍な、凛々しく美しいお方でした。

あの方の妻になりたい、わたくしだけを見て頂きたいと思いました。その為ならどんな努力も出来ました。


 けれどあの方は、わたくしを見てはくださいませんでした。

彼の隣にはいつだって一人の女性がいました。金髪に緑の眼をした、はしたなくも大きな口で笑う方でした。あの方が彼女を目に映す度、わたくしには一度も見せた事のない笑みで笑いかける度、心臓は荒れ狂い、眼の奥が紅く染まりました。


 ああ、あれはきっと嫉妬というものだったのでしょう。消えぬ業火が身を焼きました。涙が枯れ果てて尚、憎みました。恨みました。


 そんな時に願いを三つ叶えてあげるよと、悪魔は言ったのです。

彼が本当は何者なのか、わたくしは知りません。川で溺れる黒猫を助けた日の夜、枕元に現れたその男は、助けられた礼をしなければいけないと言いました。望みを言ってごらん、何でも叶えてあげよう。ただし三つだけだ。ようく考えるんだよと、黒い瞳を弓なりに細めて言いました。


 望みなど一つしかありません。

あの方に愛され、王妃として選ばれたい。他に何一つ願った事はありません。唯愛しているのです。愛されたいのです。


 その願いを男は叶えてくれました。

見た事もない輝きを放つ紅いイヤリング。男が懐から取り出したそれを身につけた日から、皆がわたくしに頭を垂れ愛を請うようになりました。もちろんあの方も、わたくししか見えないと言ってくださいました。

愛していると、貴女こそ王妃に相応しいと。

ダイヤモンドの指輪を手に求婚され、白亜の王城で結婚式。煌びやかなドレスに、敷き詰められた薔薇の花弁。歓声を上げる国民達。何もかもが理想通りでした。この幸福が永遠に続くと、疑いもしませんでした。




 あの女は、わたくしの夫を忘れていなかったのです。



 彼とわたくしが婚姻を結んでから二年が経ち、しかし子供を授かることはありませんでした。三年経っても同じでした。最初はそんな事もあると考えていた彼の両親や周囲からも、段々と懸念を漏らす言葉を聞くようになりました。ある日遂に、民からの不安の声に抗えず、我が夫は側室を迎えると言いました。

緑の眼をした、金髪の女が召し上げられました。忘れもしない、かつてわたくしから彼の心を奪った、あの女でした。

女は、それから半年もしないうちに子を孕みました。生まれたのは赤い髪をした、彼によく似た男児でした。なんて愛くるしいのでしょう。なんて憎々しいのでしょう。

 彼があの女の元に通う度、かつてあの女のみに向けた表情をまた浮かべる度に、おぞましいまでの嫉妬を思い出しました。充分に執務をこなしてくれている、理想の王妃だと彼が語る言葉が、どれ程わたくしを傷つけた事でしょう。わたくしは、あの方に一番に愛されたかったのです。寵愛を得られないのであれば、この地位に、この信頼に、なんの価値が有るのでしょう。

あの女。城の離れで彼に囲われ、息子と共に愛されて、幸福に過ごす女。どれ程妬んだ事でしょう。わたくしが何よりも欲しいものを、彼女はそれが当然であると言わんばかりに享受するのです。どうして憎まずにいられるのでしょうか。



 紅いイヤリングを、城の小川に投げ込みました。もう、彼の心を引き留めてはくれなかったからです。

黒い眼の悪魔は、気が付けばわたくしの後ろにいました。二つ目の願いは決まったかい?と笑いました。


 わたくしは、あの女の死を望みました。

死、なんて生易しいものではないかもしれません。

全てを失い永遠に苦しみ続ければいいと思いました。地獄に堕ちるよりも無残な目に合う事が、それが相応しい罰だと。悪魔は、一本の短刀を差し出して何処かに消えました。


  禍々しく光る銀色の持ち手には、紅い宝石が付いていました。この短刀で刺した相手は、肉体が死しても魂だけで永遠に彷徨うことになるのだと、悪魔は言いました。


 あの女が居なくなれば、また彼はわたくしを愛して下さるでしょう。彼に似た息子と共に、今度こそ幸せに暮らすのです。


 月すら見えない深夜、二人が眠る部屋に向かいました。手に握る短刀は重く、けれどその重さに心強さを感じた事を覚えております。ベッドの天蓋の隙間から、あの波打つ金髪と、それを掻き抱く逞しい腕を見ました。


「陛下はすっかりアロウラ妃に夢中でいらっしゃられる。昔からあのお二人の仲睦まじさは有名だった。今度こそ真実の愛に目覚められたのだろうさ」 「ああ、全くだな。王妃様は有能なお方だが、何を考えているかさっぱり分からん。あれじゃ気も詰まるだろう」



 五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い!!!

力の限り短刀を振り上げました。やはり特別な魔法がかかっているのか、それは吸い込まれるように薄い夜着の隠す背中、心臓の辺りに切っ先を向けます。







  鮮血。













 流れた血は、彼女のものではありませんでした。

誰より慕った赤い髪が、彼女を庇っていたからです。硬い肉を抉る感触、頬に飛んだ紅。抱き寄せるように彼女に覆い被さり、その心臓にこの刃を受けて。彼は背中を紅に染めていました。

アロウラ、と彼は囁きました。優しいお声でした。今迄で一度も聴いたことのない、優しい、優しいお声でした。愛おしくてたまらないと、命さえ惜しくないと、そう言っているようでした。


 血に塗れた指が、彼女の頬に触れました。

アロウラ、と最期に呟く言葉を聞きました。最期の最後まで彼女だけを見て、わたくしには眼もくれずに。

彼は死にました。



 わたくしは初めて、自分の意思で悪魔を呼びました。

いつの間に目を覚ましていたのでしょうか。彼女が呆然と目を見開き、血に塗れた彼を抱き留める様を眺めながら、三つ目の願いを口にしました。




わたくしは、永遠を願ったのです。














 むかしむかしの、おはなしです。

むかしからいまにつづく、滑稽な御伽噺です。







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