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5話 食事をとろう

「腹が減ったのぅ」


 朝の決闘から一息ついたころ、テーブルの前にちょこんと座ったひのきんがそう言った。

 俺はその言葉を聞いて片眉を上げる。


「……待て。ひのきんも腹が減るのか?」

「もちろんじゃ。妾をなんだと思うておる」


 驚く俺を見て頬をプクッと膨らませるひのきん。

 くびれた腰に手を当てて怒っているひのきんは、どこか可愛らしさも備えている。


「いや、なんとなくそういう欲みたいなもんはないのかと思ってた」

「妾にだって食欲とか睡眠欲とか、あとはまあその……あ、ああいった類の欲もあるのじゃぞ?」

「何で急に声小さくなったんだ?」

「う、うるさいうるさい! とにかく、妾は何か食べないと餓死してしまうのじゃ」

「マジかよ、じゃあ早速昼飯食いに行かないと――」

「まあ待て、アル」


 台所へと急ごうとした俺を、ひのきんは制止させる。

 そしてニィと蠱惑的な微笑みを浮かべて言った。


「妾の食事は、ちぃと変わっておるのじゃ」




 それから数十分後。

 俺とひのきんは、森へとやってきていた。

 魔物が出没するせいで、一般人は滅多に立ち入らない森だ。


「まさかひのきんの主食が魔力とはな。恐れ入った」

「早く魔物が出てこんかのぅ。腹がすいたのじゃ……」


 お腹を抑えるひのきん。

 その可愛らしい腹からは、時折小さく音が聞こえてくる。

「くぅ~……」と音が鳴る度にばれていないか恥ずかしそうにチラチラとこちらを見てくる動作はまるで小動物のようで、俺は笑いを堪えるのに必死だ。

 初対面の時の妖しげな印象からは、こんな子供っぽいところがあるとは思わなかったな。

 まあ、こういうのも嫌いじゃないが。


「……おっ、やっとか」


 そんな話をしていると、ようやく魔物が見つかった。

 出てきた魔物はドットガゼル。

 白地に黒のドット模様で、二本の角が生えた四足歩行の魔物だ。

 元来は大人しい性格なのだが繁殖期の今の時期はとても凶暴で、目の合った人間はその角で突進され、再起不能になる者も多くいると聞く。

 それを見たひのきんは素早く棒へと変わり、俺の手の中に納まった。


「昼ごはんが妾を迎えに来てくれたのじゃ」

「とりあえず倒しちゃっていいんだよな?」

「うむ、よいぞ。頑張れ、アル!」

「まあ、このくらいの相手なら……っと」


 突進してきたドットガゼルが間合いに入った瞬間、俺はひのきのぼうを振り上げる。

 カウンターは綺麗に決まり、ドットガゼルの身体は一撃で地面に倒れ込んだ。

 戦闘の終了を確認し、ひのきんが人の姿に戻る。


「一撃とはやるのぅ、アル。さすが妾が見込んだ男じゃぞい」

「まあ、このくらいはな。で、ここからどうやって食事するんだ? 魔力を食べるって話だけで、詳しいことは聞いてないんだが」

「む、そうだったかえ? うっかり妾もう伝えたつもりでおった」


 ひのきんは「てへっ」とでも言いたげに後頭部を叩く。

 なんだそれ、かわいいなおい。


「悪い悪い、腹が減りすぎて伝え忘れておったわ」

「別に謝らなくても、今教えてくれればそれでいいよ」

「うむわかった、詳しく教えるのじゃ。まったく、アルが妾に興味津々で困るのぅ」


 そういう言い方すると、俺がひのきんのこと知りたくて知りたくてたまらないみたいじゃんか。

 嬉しそうにニマニマするひのきんに半目を返す。

 ……実際ちょっと当たってるのが痛いところなので、すぐにもう一度ひのきんの話を聞く態勢に戻った。


「まあ見ておれ。妾の食事シーンが見れるのを光栄に思うことじゃな」


 そう言うとひのきんは胸の前で両手を合わせ、お椀のような形を作った。

 そしてそれを少し傾けて、俺の方に手のひらを見せてくる。


「なんか、あるな」


 手のひらの中に丸い球があった。

 半透明で、見た感じぽよぽよしてそうな球だ。

 ひのきんの小さな手のひらにジャストフィットする形ですっぽりと納まっている。


「うむ、これが妾のごはんじゃ」


 ひのきんは丸い球の端と端をむにゅっと掴み、そのまま引っ張る。

 楕円状になった球はゴムみたいにある程度まで伸びて、パチンと二つに分裂した。

 また形はまん丸に戻っている。


 これがひのきんの飯……ってことはつまり、魔力の塊ってことか。

 魔力を目で見たのは初めてだ。


「アル、昼食の用意してくれてありがとの。じゃあ早速、いただきまーすなのじゃ」


 ひのきんはそれに勢いよく齧りつく。


「んむ、んむ……ごくんっ」


 白く細い喉がこくん、と魔力を体内に押し運ぶ。

 と同時にひのきんは頬を抑えて恍惚の表情を浮かべた。


「おいし~っ!」


 ひのきんは止まらなくなり、蕩けた表情で次々と口に魔力を運んでいく。

 そして気づいたときには全てを口の中におさめ、口元を手の甲で拭っていた。

 幸せそうで何よりだ。


 にしても、主食が魔力とは……。

 棒に姿が変わる時点でわかってはいたことだけど、やっぱり普通の人間じゃないんだなぁ。


 ひのきんの生態にも、これから慣れていかないと。

 ちょっとくらい普通の人間と違うところがあるからって、それがなんだ。

 そのくらいなんてことないだろ。なんてったって俺たちは――


「……ふっ」

「なんじゃ?」


 思わず笑ってしまった俺に、ひのきんが問いかける。


「いや、何でもない。くだらないことだ、忘れてくれ」

「気になるじゃろ、教えてくりゃれ」


 ひのきんが俺の腕を取り、ねだるように揺らす。

 別に隠すようなことではないんだが、かと言って伝えるのもな……。


「……バカにしないか?」

「するものか」


 ひのきんが力強く頷いたのを見て、俺も覚悟を決めた。

 そこまで言うなら、教えてあげてもいいだろう。

 俺はひのきんの漆黒の瞳を見つめながら言う。


「ふと思ったんだ。ひのきのぼうの人格であるひのきんと一緒に過ごしていくなんて、これが本当の『相棒』だってな。棒だけに」

「うわあ……」

「言わせといて引くんじゃねえ」


 さっきまで腕を掴んでたのに、いつのまにそんなに遠くに離れた。

 戻ってこい。腕を掴め。


「アルのセンスが壊滅的なのは理解したのじゃ。可愛そうに……」

「お前あとで覚えとけよ?」


 そこまで言って、俺たちは二人笑いあう。

 ひのきんの胃袋も満足したらしいので、森を去ることにした。






 森をでてすぐの、人気もないような道を歩く。

 ひのきんは腹が膨れたのもあって、満足げな表情だ。

 そんなひのきんに口を開く。


「二戦終えてみて感じたんだけど、やっぱりちょっと鈍ってるな」

「む、そうかえ? かなり良い動きだったように思うたが」

「五年間修練は欠かさなかったけど、まともに実践をこなしてこなかったのは大きい。できれば鍛えなおしたいと思う」


 心配なのは体力や技術ではなく精神力だ。

 精神力は戦いの中でこそ育つものだと俺は思っている。

 心の強さはある意味勝負において一番大事な要素でもある。今の俺にはそれが足りない。

 この二戦は短時間の戦闘だったからボロが出なかったが、長期戦になっていればどうなっていたかはわからない。

 だからこそ、心をもう一度鍛えなおすために――。


「――少しの間、この街を離れようと思ってる。……付いてきてくれないかな。ひのきんがいれば、なんだってできる気がするんだ」


 黒い瞳と目が合う。

 心臓の鼓動が速くなる。

 ひのきんの故郷はこの街の洞窟だ。断られたらどうしようか。

 もう俺とはやっていけないと言われたら?


 そんな女々しい考えが俺の胸に広がる。

 だが、それが俺の心を覆い尽くす前に、ひのきんは俺に頷いてくれた。


「うむ、勿論じゃ。アルのためとあらば協力してやろう。妾とお主が組み合わされば百人力じゃからの」


 ――そう言って笑ったひのきんの顔を、俺は生涯忘れないだろう。

 自分のために協力してくれる人がいることの喜びも。

 その人が妖しくも子供っぽい、変わったヤツであることも。

 俺は生涯忘れないに違いない。

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