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2話 黒髪の少女

 泉があった場所の先で、俺は木の棒を持ち佇んでいた。

 たしか噂では、『どんなに引っ張っても抜けない』って話だったはず……。

 だから、抜くためには本気で引っ張らねばと意気込んできたのだが……正直拍子抜けだ。


 少し不思議に思いながら、俺は右手に持った木の棒を見る。

 そして、さらに眉間の皺を深くした。


「……どういうことだ?」


 今の今まで何の変哲もないただの木の棒だったそれが、抜けた瞬間からとてつもない力を発していた。

 これは明らかに普通の棒じゃない。

 聖剣や魔剣にも劣らないレベルの代物なんじゃないのか……!?


「ふふふ、凄い力じゃろう?」


 突如、どこからか声が聞こえた。

 周囲の変化に敏感になっていた俺は考えるより先に木の棒を手放し、拳を構える。

 剣が握れなくなってから肉弾戦は鍛えに鍛えた。さすがに魔物には通じないかもしれないが、人間相手なら充分戦えるはずだ。


「誰だ、どこにいる!」

「ふむ……」


 質問には答えなかったが、今度は声の出所をしっかりと把握した。

 捨てたばかりの木の棒の周辺だ。俺は瞬時にそちらを向く。

 しかし、そこに木の棒はなかった。代わりにいたのは少女だった。


 艶のある美しい黒髪を後ろできゅっと一本に纏めている。

 華奢な体格で、背丈は俺の腰ほどまでしかない。

 漆のように黒い両目は角度によって深海のような深い蒼にも見えて、どうみても年下にしか見えぬ少女に妖しげな印象を与えていた。

 十や、十一ほどの見た目にも関わらず、まるで悠遠の美を体現したかのような少女だ。


 突如として現れた儚く妖しげな少女に、俺は殺気を向ける。

 少女はおどけるように自らの眉間に細く白い指を当てた。


「そう険しい顔をするではない。せっかくの整った顔が台無しじゃぞ?」


 諭すように告げてくるその表情は見た目に釣り合わぬほど複雑なもので、俺には推し量ることはできない。

 それでも、数秒の観察で少女に敵意がないことはわかった。


「それと、名前を尋ねる時は自分から名乗るもんじゃ」

「……アルバート。俺はアルバートだ」

「ふむ、良い名じゃの」


 しっとりとした黒髪を腰まで伸ばした少女はニコリと微笑む。


「お主の名を聞いたのなれば、妾のことも教えねばな。といっても、妾に名は無い。あるのは意思と姿のみ。まあ簡潔に言えば、妾はお主が今しがた抜いた木の棒の――『ひのきのぼう』の人格じゃ」

「ひのきのぼうの……人格?」


 聞き返した俺に、少女は自慢げに腰に手を当てながらコクリと頷く。


「左様。聖剣、魔剣……そういった一握りの特別な剣には、人格が宿るとされておる。妾もそれじゃ」


 そう言うと少女の姿は瞬く間に立ち消え、代わりに先ほどの木の棒がカラン、と床に転がった。


 ……マジか。マジか。

 目の前で起こった人生最大のイリュージョンに目を白黒させる俺。

 あまりの驚きに一言も発することができない。というかこれは、夢でも見てるんじゃないか……?


「聖剣、魔剣……そういった一握りの特別な剣には、人格が宿るとされておる。妾もそれじゃ」

「あ、聞こえなかったわけじゃない」

「なら反応してくりゃれ! 妾困るじゃろ! 会話は互いの思いやりで成り立つんじゃぞ!」


 目の前で木の棒がぷんすか怒ってる。頬を抓ってみても視界に変化はない。

 ……とてつもなく奇妙な光景だが、夢ではないようだ。

 とすると、これは現実か。現実って俺が思ってるよりぶっとんでるんだな。


「悪い、もう大丈夫だ。一周回って冷静になった」

「む、それならば良い。聖なる剣である妾も一安心じゃ」

「いや、棒だろ」

「……ん? なんじゃと?」

「ひのきのぼうって、剣じゃなくて棒だろ」


 俺の指摘に、棒の姿となった少女は一拍考える。


「……聖なる棒、その名も『ひのきのぼう』じゃ!」

「うん、まあそれなら文句はない」


 正直言うと自分で『聖なる』って名乗っちゃうのは気にならなくもないけど、初対面であんまりイチャモンつけるのも不味いだろう。

 それに、木の棒……ひのきのぼうに凄い力が込められていることは俺も先ほど感じたばかりだ。

 実際に聖剣ならぬ聖棒だったとしても驚かない。


 俺は地面に転がっている棒を見つめる。

 先ほど手に取った時のような物凄い力は感じない。

 ……いや、違うか。力を外に放つのを止め、中に留める術を覚えたようだ。

 棒は発する力を弱めた代わりに、その身に膨大な力を溜めこんでいた。


「お主、武器は使わんのか?」


 ジッと棒を見つめていると、少女が俺にそう言った。


「難しい質問だな。使いたいが使えない。そんな現状を打破したくてここに来たんだ」

「よくわからぬが……ならばどうじゃ、妾を使ってみるというのは。巷の人間たちが使うている武器とは一線を画す力があるぞ?」


 少女は楽しそうに微笑みながら言う。

 自分そのものと言ってもいいひのきのぼうの実力を俺に見せつけたいのかもしれない。

 「素振りしてもいいか?」と問うと「よいぞ」と返って来たので、俺は棒を拾い上げる。

 握りを確かめるように何度か握りなおす。

 手首ほどの太さの棒は、不思議と俺の手に馴染んだ。……いや、馴染み過ぎていた。


 しばらくして、異変に気付く。

 普段ならもう手の震えが始まっているころだ。なのに一向にそれが来ない。

 この感触……ひょっとしたら、俺はこの棒を扱えるんじゃないか……?


 口を細く開け息を吸いこむ。

 棒を振り上げる、振り下ろす。


「ハアアアアッッッ!」


 棒から衝撃波が飛ぶ。

 俺が五年ぶりに振るった一撃は、洞窟の壁をぱっくりと縦に斬り割っていた。

 ケーキのスポンジのように滑らかに斬れたそれを見て、俺は目を丸くする。


「ま、マジかよ……」


 棒で放った衝撃波が飛ぶなんて、全く聞いたことがない。

 これじゃまるで、本当に聖なる武器じゃないか……!


「おー、すごいのぅお主。まさか直接斬らずして壁に穴を開けるとは思わなんだ」


 再び人型へと姿を変えた可憐な少女は、ぱちぱちと締まりのない拍手を送ってくる。

 だが俺が茫然としているのに気が付くと、それを止めて体を寄せてきた。

 腰のあたりに少女の頭が近づく。少女の黒の瞳が俺を下からのぞき込む。


「どうじゃ気に入ったかえ? (ひのきのぼう)は」

「ああ、すごいなこれは。驚きすぎて、開いた口が塞がらない……」

「にしし、そうじゃろうそうじゃろう。欲しいのならばくれてやるぞ?」

「……本当に貰っていいのか?」


 おっかなびっくりで問いかける俺。

 少女はそんな俺の様子を見ても、口笛でも吹くみたいに気楽な調子だ。


「いいんじゃないかのぅ。選ばれし者しか手に出来ないとか、多分そんな感じじゃろ」

「なんでちょっと曖昧なんだよ」


 突っ込みながらも、俺はこの棒が『どんなに引っ張っても抜けない』と言われていたことを思いだす。

 もしそれが本当なのだとしたら、彼女が言っていることも真実なのかもしれない。

 なんにせよ、ひのきのぼうの人格である彼女がいいと言っているのだから、いいのだろう。

 そう思い少女の方を見ると、少女も頷きを返してくれた。


「細かいことは妾もよう知らん。だがまあお主が抜いたのじゃから、ひのきのぼうはお主のものじゃ。つまり妾もお主のもの、というわけじゃな」

「わかった、じゃあありがたく……って、い、いや、それは流石にまずいだろっ!」


 そうか、この少女がひのきのぼうの人格ってことは、ひのきのぼうを持って帰るってことは必然的に少女も連れて帰るってことになるのか!

 たしかに俺も男だ。目の前の彼女は美少女ではあるし、気にならないと言えば嘘になる。

 しかしさすがに今さっき出会ったばかりの少女を自分のものだと言えるほど、俺の面の皮は厚くなかった。

 拒否の意を全身で示す俺に、少女は口を開く。


「心配いらぬ、なるべく迷惑はかけぬようにするから」

「そういう問題じゃないんだが……」

「……捨ておくならばそれでもよい。恨みはせぬ」


 少女はそう告げる。

 しゅんと伏せた黒の目はとても寂しげで、親に見捨てられた小動物のようだった。


「……あー、くそっ!」


 グシャグシャと頭を掻きむしる。

 そんな顔をされちゃたまらない。

 俺は親がいないのだ。幼き日の自分と少女が重なって見えてしまう。


 道場の師範が身寄りのない俺の身柄を引き取って育ててくれなければ、俺は今頃どうなっていたかわからない。

 俺は今、彼女にとっての師範になっている。

 それを自覚してしまった俺には、もはや彼女を拒絶することはできそうにない。


「わかった、付いて来い! 後で文句言っても知らねえからな!」

「おお、そう言うてくれるか! 合点承知じゃアルバート!」


 気恥ずかしさを隠す様に大股で歩く俺の後ろを、嬉しさを隠そうともせずにピョンピョンと跳ねるように付いてくる少女。


「いやー、よかったのじゃ! 断られたらどうしようかと!」


 随分とおしゃべりな武器ではあるが……うん、こういうのも悪くない。

 くすりと口から笑いが漏れる。

 この日この瞬間、俺は五年ぶりに自分の武器を手に入れた。

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