16話 追跡
門に辿り着くと、丁度武器狩も門にやってきたところだった。
犯人は地竜車、なら俺たちは――。
「走って追うぞ、地竜車より俺たちの脚の方が速い」
そう告げると武器狩は少し目を丸くし、それから薄く笑う。
「同感だな、ちょっとは頭働くじゃねーか。一日の移動距離ならそりゃ地竜にはかなわねえが、数時間ならオレたちの方が動けるぜ」
俺と武器狩は門を駆け抜け、アーサンドの街を出た。
目指す地竜車の姿は見えないが、とにかくアーサンドの西に向けて走り始める。
「おっと、その前にだ」
だが、武器狩は一度立ち止まり、背から剣を取り出した。
「西つっても広すぎるからな、方向が間違ってればいくら走っても追いつくことは出来ねえ。だからコイツを使う」
今まで見たのとはまた別の剣だ。
赤黒い刀身にはジュクジュクと蠢くように血管らしきものが赤く脈打っている。
「なんだ、その禍々しい剣は……?」
「これは『竜喰らい』だ。コイツは近くにいるドラゴンや竜に反応して、その方向を指し示すのさ。こんな風にな」
武器狩は己の右腕から力を抜く。
だらりと落ちたその腕は剣に導かれるように不自然に浮き上がり、方位磁針のようにある方向を指差した。
「あっちだな」と武器狩は言う。
「犯人の居場所がわかるってわけじゃねえが、地竜の方向なら分かるってわけだ。この辺は地竜の往来も少ないし、おそらくこの方向にひのきのぼうがあると見て間違いねえだろ」
まさかこんな剣まで持っているとは、武器狩の名は伊達じゃないな。
これも誰かから奪い取ったものなのだろうか。
……でもまあ、双方が納得して初めて勝負の末に得たものなら俺がとやかく言うようなこともないか。
とにかく今は武器狩が竜喰らいを持っていてくれて本当に助かった。
どこへ向かえばいいかを知っているのと知らないのでは、心理的な疲労に天と地の差がある。
これで、追うべき確かな指針が出来た。
「頼りになるなお前、助かる!」
「へっ、恥ずかしいこと言ってんじゃねえぞ」
そんなことを言う武器狩に続いて、俺は剣が指し示す方向へと駆けだした。
追い始めてまだ数分。俺は武器狩に視線を奪われていた。
武器狩の走りは端的に言って美しかった。
軽やかな足取りで、まるで重力を感じていないかのような動きで砂漠を進んでいる。
足跡が砂漠にほとんどついていないことからも、その軽い身のこなしがわかる。
「お前、軽そうだな。何キロだ?」
……ん、これはまずいか?
純粋な興味で尋ねた質問だったが、女性に年齢と体重を聞くのは失礼だと師範が言っていたのを思い出す。
ひのきんを助け出すためにもいま武器狩の気分を損ねることは避けたいというのに、良くない質問をしてしまったかもしれない。
しかしもう口に出してしまった以上、武器狩の器が広いと良いことを願うしか……。
「五十キロくらいじゃねえの? 知らねえ」
「……」
「……んだよ? そんな顔して。別に見た目通りの体重だろうが」
眉を顰める武器狩。
たしかに体重は見た目通りかもしれないが、思っていた反応と違って少し動揺する。
「いや……『女に体重を聞くのはやめとけ、殴られても文句言えねえぞ』って師範に言われたのを今思い出して……殴らないのか?」
「オレはそんなんで恥ずかしがるような女じゃねえよ」
「ああ、そうか。お前が良いヤツでよかった」
いや、武器狩してる時点で良いヤツじゃないか。
でも俺の発言を気にしないでいてくれるのはありがたい。
ついでにそんなもので恥ずかしがらない、という言質を貰ったので、俺は武器狩の身体をジッと観察する。
先ほどから武器狩は俺の走る速度に合わせているような節がある。
もちろん体力との兼ね合いもあるのだろうが、どうもコイツ、本気で走れば俺よりも速く走れるようだ。
体重が俺より軽いという長所はあるが、その分筋肉量は俺より少ないはず。
それなのに俺よりも速く移動することができるその歩行術、できれば会得したい。
そうすればひのきんに追いつくための時間も短縮できるはずだ。
俺は武器狩の全てを見透かすつもりで、隣を走る武器狩を凝視する。
着ているカシュクールを置き去りにしそうなほどの速さで走る武器狩。
やはり一番に注目しなければならないのは脚だろう。
健康的な色をした褐色の脚は引き締まっていて、細いながらも動くのに必要な筋肉は総じて鍛え上げられている。
……ん? 足の長さの割に歩幅が短いな。
なのに重心は低い。前傾姿勢をとっているからだろうか。
何かヒントを掴んだような気がするぞ。次は上半身だ。
胸が膨らんでいるのは男女差だ、ここが原因ではないと思う。
横から見ると適度に隆起した胸元は、呼吸をする度に規則的に膨らんだり凹んだりを繰り返している。
うーん、特別な呼吸法をしているようには見受けられない。至って普通の動きだ。
しかし、体勢がかなり前のめりだな本当に。
あまり前のめりになりすぎると、つんのめってしまうのではないかと心配になるが……。……そうか、そういうことか?
砂漠では平地よりも足が遅くなる。理由は砂漠に足をとられるからだ。
一歩踏み出すと、自重で身体が数センチ砂漠に沈む。これがタイムロスの原因になる。
それを抑えるために前傾姿勢で脚の回転率を上げることによって、足が沈む前に砂漠を蹴りだしているのか!
よし、砂漠の走り方のコツはわかったぞ。
顔は関係ないと思うが、一応見ておくか。他にもコツが隠れているかもしれないからな。
眉毛は関係なさそうだな。鼻も形は整っているが、別に普段通りに見える。
唇の間から魔力を体内に取り込んだりしているような様子もない。
次は頬。少し上気しているように見えるのは俺の見間違いではないだろう。
運動しているのだ、血行が良くなって頬が染まるのはまあわかる。
それにしては少々赤くなり過ぎな気もするが……まあ、誤差の範囲だろうか。
最後に瞳は……あれ? 俺のことを睨んでないか?
「……おい」
「ん、なんだ?」
「……そんなジロジロ見られると、恥ずかしいんだが」
そんなことを言ってくる武器狩。
どうやら頬が染まっていたのは羞恥も原因であったようだ。
しかし俺は首をかしげる。
「はぁ? お前さっき恥ずかしくないって言ったばっかじゃねえか」
「う、うるせえな! 程度ってもんがあるだろうが!」
「じゃあ見ないよ、悪かったな」
少し照れたと思ったら、今度は急に怒りやがった。
よくわからないヤツだな……。
とまあ、それは置いておいて。
武器狩から見て盗んだ走り方を早速実践してみるとするか。
これができれば、ひのきんを追いかける速度も増すはず。
身体を前に倒して、足の回転を速く……うぉ、思ったよりきついなこれ!
「お前、その走り方……!?」
「ああ、お前の走り方を真似てみた。結構きついけど、ちょっとは速度が上がったろ? これでお前も俺にペースを合わせる必要はねえぞ」
「見ただけで動きを理解したのか?」
「これでも一応、昔は天才って呼ばれてたんだ。そのくらいはできるさ」
一度見た技術を即自分のものにできる。それが俺が天才と呼ばれた由縁の一つでもある。
じっくり観察させて貰えたおかげで、形だけならもうマスターした。
「……ふん、面白い」
一気に速度を上げる俺を見て、武器狩は興味深そうに鼻を鳴らした。
そして、ギアを入れ替える。
一瞬で俺を抜き去った武器狩は、俺に勝ち誇った顔を向けた。
「だがまだまだだな。一朝一夕でオレの走りを盗みきれると思うなよ」
さすがにまだ本家の速度には及ばないようだ。
しかし格段に走る速度は上昇した。
これなら当初の予定よりも早く盗人たちの地竜車に追いつけるだろ。
待ってろひのきん!




