14話 再び出会う二人
「くっそ……!」
部屋を飛び出し、廊下を探る。
キョロキョロとその場で左右を見回すが、当然手掛かりらしきものは見当たらない。
「あの武器狩、やっぱり昨日倒しておかなきゃ駄目だったんだ……!」
呟くが、何も状況は変わらない。
俺は一人、武器もなし。
「待ってろひのきん!」
とにかく手当たり次第に探す、それしかない。
えーと……まずは聞き込みだ! 何か知ってる人を探さないと!
誰かいないか、誰か……いた! その場にいた宿の従業員に話しかける。
「ひのきん……じゃなくて、小っちゃな女の子を知りませんか! 10歳くらいで、黒髪で、かわいらしい感じの!」
「あ、ず、ずっとお客様と一緒にいらっしゃった方ですよね。す、すみませんが、し、知りません……」
俺の迫力に押された様子で、従業員はしどろもどろになりながら答える。
そんなに挙動不審になるほど今の俺は怖い顔をしてるのか。
だがそんなことは気にしていられない。
今は少しでも情報が欲しい。
「じゃああれだ、木の棒、木の棒は見なかったですか!?」
「木の棒……? 木の棒を探してるんですか?」
「そうです、大切なものなんです! 知りませんか!?」
「すみませんが、心当たりは……」
「そうですか……わかりました、ありがとうございます」
その場から離れる。
従業員に聞いても心当たりがないってことは、もう外に運ばれている可能性が高いな。
となると、外で聞きこむべきか。
走って外へと向かう。しきりにドクドクと心臓がうるさい。
「ちくしょう、どこだひのきん! いたら返事しろ、ひのきんっ!」
宿の外にでて大声を出してみても、帰ってくる声はない。
道行く人が不思議そうな顔をしながら遠巻きに俺を見ているだけだ。
くそ、ここからどこを探せばいい……!
この街に来てまだ十日ばかり、土地勘があるとはいいがたい。
どこを探せばいいのかすらわからない。
「よう、昨日ぶりだな」
そんな時、俺に向けて低い女の声がかかる。
心当たりは一つしかない。
武器狩……ひのきのぼうを奪った相手!
「謝りに来たぞ。昨日は悪かった。お詫びのしるしに、これ、プリン持ってきた。手作りだけど、もし心配ならオレが先に毒見するから――」
「ひのきんを返せ!」
俺は武器狩に殴りかかった。
「は? おい、ちょっ、素手かよ!?」
武器狩はそれを避ける。
だが俺は通り過ぎざまに裏拳を武器狩の肩に叩き込む。
この二年間、剣が持てない代わりに拳闘術は鍛えてきたんだ。そう易々と負けるつもりはない。
ひのきんを返しやがれ!
「いってぇ……。昨日は随分とゆっくりしてたくせに、今日はいきなりぶちかますのか。よくわかんねえヤツだなお前。あーあ、プリンがぐちゃぐちゃだ……」
武器狩は手に持っていた袋が地面に落ちたことにショックを受けている様子だ。
まさか、その袋の中にひのきんを隠してるのか!? ふざけてやがる、許さねえ……っ!
「ひのきんを返せ。じゃないと本気で殺すぞ」
目の前の武器狩に告げる。
悪いが、手加減はできそうにない。
素手でコイツと戦うのはさすがに分が悪そうだが、そんなもんは知るか。クソ喰らえだ。
とにかく、何をどうしようともひのきんを返してもらう。
だが、目の前の女は褐色の指で頭を軽く掻きながら、気の抜けたような顔をする。
「おい待て。……ひょっとして、お前は何か勘違いをしてねえか?」
「何が勘違いだよ、お前がひのきんを……ひのきのぼうを奪ったんだろ!」
「……はぁあっ!? お前、あの棒奪われたのかよ! ふざけんな、オレが泣く泣く諦めたってのに何やってんだっ!」
……ん? なんだその反応。
なんでコイツが俺に怒る。それじゃまるで本当に犯人じゃないみたいな――
「どこだよ、盗んだ相手はどこにいやがる!」
紅い唇から怒りに震えた声を出す武器狩。
何かがおかしいと、そこでようやく気付いた。
「……いや、お前が盗んだんじゃないのか? 俺はてっきり武器狩に盗まれたのかと……」
「頭を使え馬鹿! オレが盗んだのだとしたら、なんで今お前の前に姿を現す必要があるんだよ! オレはそこまで間抜けじゃねえぞ!」
「それは……たしかにそうだな」
コイツが犯人なら、俺を見つけたらすぐに遠くに逃げるはずだ。
もしくは武器がないことを知っているのだから、いきなり殺しにかかるか。そのどちらかだろう。
しかし、この武器狩はそのどちらでもなかった。
そう言えば、さっきコイツは開口一番なんて言ってた?
「謝りに来た」とか、そんな感じのことを言わなかったか?
ということはつまり……この女は、犯人じゃないのか?
「……本当に盗んでないのか?」
「ああ、オレは他人から無理やり武器を奪ったりしたことは一度もない。信じてくれ。……というのも虫の良い話か。オレは『武器狩』だしな。現にお前に対してだけは無理やり戦いを仕掛けちまったところもあるし、お前が疑いたくなる気持ちもわかる」
武器狩は二本の刀を両方とも背に仕舞い込み、そして通りの真ん中で両腕を大きく広げた。そして言う。
「オレの身体を隅々まで調べていい。だから信じろ」
俺は思わず目を見開く。が、武器狩に動じた様子はない。
ただ両腕を開いたまま、俺が身体を調べるのを待っている。
それどころか、両目を閉じてしまった。
戦うにあたって一番重要な視覚を放棄した。
一糸乱れぬ長い睫毛を生やした瞼は全く動く様子もない。
それを見て、俺は確信した。コイツは犯人じゃない。
「ほら、早くしろ。時間がないんだろう?」
「……いや、それはいい」
「いいのか?」
「ああ。そんなことを自分から言いだす時点で、盗んでないのはわかる」
「……大馬鹿ってわけじゃなさそうだな。ちょっとは落ち着いたのか?」
腕を下ろしながら聞いてくる武器狩に頷きを返す。
寝起きだったことも相まって、完全に視野狭窄に陥っていた。
でももう大丈夫だ。少し癪ではあるが、武器狩の行動のおかげで冷静さが戻ってきた。
そこはコイツに感謝しないといけないかもしれない。
「……でも、女の子なんだから自分の身体は大事にしなくちゃ駄目だろ。見ず知らずの男に好き勝手触らせるのはどうかと思うぞ」
コイツがやってきた所業は全部無視するとして、正直見た目だけで言えばかなりの美少女であることは間違いない。それこそひのきんが自分と同格と認めるくらいに。
しかも、ひのきんと違って女性らしい体つきをしているのだ。
人通りは少ないとはいえ、ここは道の真ん中だぞ。
身に纏った衣類を脱がされたりしていたらどうするつもりだったんだ。
そんな俺の視線を、武器狩はハッ、と鼻で笑う。
「女の子って年でもねえよ。もう十七だ」
「……いや、十七歳は女の子だろ? 俺が十七のころなんかただのガキだったぞ」
「お前、年上か? いくつだ?」
「二十二だけど、それがどうした?」
武器狩はジロリと俺の身体を上から下まで眺め、紅い目をジトっと呆れたように半開きにする。
「それにしちゃ随分頭の回転が遅いように思えるが」
「はぁあ!? どこがだよ! どこがだよ!」
ひのきんがいなくなったんだぞ、誰だって焦るわ!
一番近い人間と、唯一の武器を一気に失ってんだぞこっちは!
「って、そんなこと言ってる時間はねえ! 物取りの犯行ってことはわかったんだ。だから……」
……ん? これから俺はどうすりゃいいんだ?
何も言えなくなった俺を見て、はぁ、とため息を吐く武器狩。
「……お前だけじゃ不安だから、オレも協力させてもらう。お前に拒否権はない。いいな?」
「ああ、おう。悪いな」
なんだかわからんが、武器狩が協力してくれることになった。
敵である時は手ごわかった分、味方になれば頼もしい。
待ってろよひのきん、すぐに見つけてやるからな!




