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1話 天才剣士、『ひのきのぼう』を手に入れる

「……やっぱり駄目か」


 剣を握る自分の手が震えているのを見て、俺はため息を一つ零した。

 俺の名前はアルバート、二十二歳。

 親しい友人からはアルと呼ばれている。


 生まれながらに剣の才に恵まれた俺は、通っていた剣道場で幼い頃からメキメキと頭角を現した。

 麒麟児と呼ばれたり、天才剣士と呼ばれたり。

 ともかく、街でもそれなりに有名だったりしたものだ。


 しかし、それも過去の栄光。

 道場を辞めた今の俺は、薬草採取で生計を立てているだけのどこにでもいる一般人である。

 理由は一つ。俺が剣を使わないからだ。

 ……いや、『使わない』ではなく『使えない』と言った方が正しいな。


 五年前、十七歳のある日。

 俺は突如として剣を振ることが出来なくなってしまっていた。


「くっ……」


 握っているだけだというのに握力はどんどんと弱くなり、剣が俺の手の平から零れ落ちる。

 カランカラン、と虚しい音を立てる剣。

 床に転がった剣が俺の顔を反射する。


 短い金髪に、青色の瞳。下がった眉に噛んだ唇。

 その表情はなんともまあ情けないものだった。


「剣が使えていれば、今頃俺にも……」


 もう少し違った人生があったはずなのに。

 誰にともなく嘆いてみたが、最後まで言いきるのは情けなさ過ぎて出来なかった。

 剣は握れないが、代わりになるような武器があれば――そんな思いに駆られて、古今東西ありとあらゆる武器を試してみたこともあった。

 斧や槍、ヌンチャク、クナイ、手裏剣……だが結果わかったことは、剣だけでなく武器という武器全てが使えなくなっているという事実だけ。

 思い当たることが何もないだけに、焦りだけが積もっていく日々だ。


 このまま年を取って、そして死んでいくのだろうか。

 そんな考えが一瞬頭をよぎり、俺は両頬をパンッと思い切りたたく。


「諦めたら駄目だ。諦めたら……折れちまう」


 そうだ、諦めるわけにはいかない。

 ここで諦めれば、俺はきっと魂の抜けた抜け殻のようになってしまう。


「それに、今日はあそこ(・・・)にも行くんだしな。諦めるにはまだ早い」


 自分を鼓舞し、俺は街はずれの森へと歩き始めた。




 数十分後。

 目の前には大きな洞窟がぽっかりと口を開け、俺を待ち構えていた。

 俺は洞窟の中へと躊躇なく足を踏み入れる。

 ひんやりとした冷たい空気に心地よさを感じながら、俺は洞窟の中を進む。


 この洞窟の存在は、ハジマの街に住む人間ならば「最奥に大きな湖のある洞窟」として誰でも知っている。

 だが、その湖の水位が最近急激に低下し、湖のさらに奥まで進めるようになったことを知る者は少ない。

 その上、なんでも新たに行けるようになった洞窟の奥には、どんなに引っ張っても抜けない奇妙な『木の棒』があるというのだ。


 風の噂でそれを聞きつけた俺は、『もしかしたら武器になるかもしれない』と藁にもすがる思いで洞窟を訪れた――という訳だ。

 なぜかはわからないが、俺はその棒とやらに今まで以上に可能性を感じていた。


「剣士の勘ってやつだといいんだが……」


 聖剣は選ばれた者にしか扱えない、と聞いたことがある。

 その棒もそういう類のものである可能性はゼロではない……はずだ。

 そんなことを思いながら洞窟を歩く。

 しばらく歩いて湖のあったところへとたどり着いたところで、一旦足を止めた。


「おお、すげえなこれは」


 湖は綺麗さっぱり消失していた。

 まるで湖など最初からなかったかのようだ。

 俺は壁際に移動し、しゃがみこんで壁の表面を指の腹で擦ってみる。

 すると、かすかに付着したのは苔のようなもの。やはりここに湖があったのは間違いない。


「あれほど大きな湖が丸ごとなくなるなんて……世界は不思議で満ち溢れてる」


 そんな感想を抱きながら、俺は湖のあった場所からさらに奥へと歩を進める。

 涼しかった空気がさらに冷え、半ば肌寒い。

 風が全く吹いていないのに寒さを感じるのだから、気温自体は相当低いのではないだろうか。

 生命の気配を全く感じない不思議な空間。

 自分の足音以外の物音は何一つせず、まるで時間が止まったかのよう。

 ただ、不安な気持ちは湧いてこない。

 周囲に気を張ることもなく、歩む速度を一切緩めずに俺は洞窟の奥へと向かっていく。

 そして、とうとう本当の最奥へとたどり着いた。


「……これか?」


 そこにはたしかに木の棒のようなものがあった。

 太さは俺の手首程で、長さは見えているだけで肘から先くらい。

 それが、地面から極めて唐突に生えていた。

 実際には生えているのではなく埋まっているのだろうが、棒の周囲の土は少しも盛り上がっておらず、やはり「生えている」という感覚に近い。

 生命の香りがしない洞窟にたった一つ生えたその棒に、俺は自然と引き寄せられる。


「どんなに引っ張っても抜けない……だったか」


 棒に触れる。

 触れた瞬間、木の棒はまるでまだ生きているかのようにドクンと反応した――ような、気がした。

 俺はその感触に驚きつつ、木の棒を両手で包みこむように握り、軽く引っ張ってみる。


「お?」


 ズボッと音がして、土に隠れていた部分が露わになる。


「おお?」


 そしてそのまま、スポンッと気持ちの良い音と共に、棒は抜けた。


「……」


 棒は抜けた。

 ……あれ、抜けちまったぞ……?

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