緑の記憶
―9―
※―――※
昔々のこの世界、
そこは清冽な流れと草木の茂る美しい世界でした。
十分な食料、心地よい空間、人々はただ静かに暮らし、誰も傷つくことを知りません。
しかし、
そんな世界に突然、黒い狼のような怪物が仲間を引き連れて現れます。彼らは人を、家を、畑を、森を食らい、終いには清水さえ侵してしまいました。
何もかも無くなった世界には、
ただ、荒野だけが残ります。
寂しくて、空腹で、疲れはてた、
そこは化け物のための国でした。
祖母が話したそんな物語の終わりに、タケルは聞いた。
「ほんとうにそんな綺麗な世界があったの? 」
祖母は本を閉じ、窓の外の荒野を見て答る。
「あったんだよ。とっても美しくて、平和な世界がね……」
その時の彼女はとても悲しげで、世界と同じく空っぽに見えた。
※―――※
「うっ……」
タケルは全身の痛みに声を上げながら、ようやく目を覚ました。開けた視界には、泣きじゃくるアルマの顔と……。
「タケル! 」
それから、草木に包まれた、小さな緑の世界がある。空からの光に照らされて輝くそれは、タケルの身体を起こし、思わず息を飲ませるには十分な景色だ。
「ここは……!? 」
アルマは自分の横に置いていた何かを此方に申し訳なさそうに差し出して、答える。
「分からない。でも、落ちた場所から光を目指して来たら、ここに出たの」
彼女が左手で差し出していたのは、一目で壊れていると分かる旧い猟銃だった。タケルはそれを見て、一瞬だけ悲しげな顔をするが、直ぐにアルマに笑い掛ける。
「怪我は大丈夫か? 」
アルマは銃を強引にタケルに押し付けて、気丈な笑顔を浮かべた。
「うん、平気だよ。全然平気! 外にも連絡入れたから、助けも直ぐ来るよ」
タケルは銃を左手に移して、アルマの身体を見る。その右腕は血塗れで、もう動かないようだ。タケルは立ち上がって反り立つ壁の上、天井に空いた穴を見上げて言う。
「そうか、ならとにかく今はここを離れよう。また異獣が来るかもしれない」
彼の言葉にアルマも頷き、立ち上がった。
「うん」
しかし、その体は直ぐに再び倒れ込む。地響きが聞こえて、真っ暗な穴の奥から大きな蜘蛛と、それに剣を突き刺しているおっさんが現れたのだ。おっさんは二人に向かって声を上げる。
「おい! なにやってる! 逃げろ! 」
タケルは周囲を見渡した。
だが、そこには出口どころか、退避する横穴さえも見当たらない。
「逃げられねぇよ! 」
タケルは分かっていたはずなのに、壊れた銃の引き金を引いて歯噛みする。アルマも銃など持っていない。
「ど、どうすればいいの……!? 」
おっさんは剣を横に持って、なんとか蜘蛛を止めながら上に目線を移して舌打ちをした。そして、唐突に問いかける。
「……お前ら、生きたいか? 」
タケルは少し戸惑ったが、息を吸って答えた。
「当たり前だろ! 死んでたまるかよ! 」
おっさんは少しだけ口角を上げて、誰に言うでもなく呟く。
「そうか、お前ならそうだよな」
直後訪れたのは更に大きな衝撃。
上を崩しながら牙を剥いて現れたのは、最初に見たアメーバのような化け物だ。
「おい! おっさん避けろ! 」
それはたった一瞬の出来事である。
おっさんの頭がアメーバの化け物に食いちぎられ、その身体が蜘蛛によって自分達の後ろに吹き飛ばされた。
目の前に残ったのは二匹の怪物だけである。
《つづく》




