押し潰す恐怖
―4―
※―――※
テーブルに並ぶのは背の高いビンに詰められた鮮やかな赤の炭酸ジュースと、まるごと一匹の七面鳥、それから、二段重ねのイチゴのケーキ。
自分を囲む笑顔の家族。
その日は誰にでもある特別な日。彼女はそれをただ幸福に祝おうとしていただけである。
しかし、電気を消して部屋を蝋燭だけにした時、部屋の隅を壊してそれは現れた。
大口を持つ、臼のような化け物。
その後の記憶はほとんどなく、はっきり思い出せるのは事の終末のみである。
ボロボロの部屋、ひとりぼっちの自分、真っ赤な世界。何もかもが、ひっくり返ったこと。
※―――※
臼のような怪物は、その底にぱっくりと大口を開けて、数多ある白い牙をむき出しにする。次の瞬間、それが食らいついたのは20階はあるであろう高いビルの上層階。化け物はそれをまるで菓子でも齧るように、まるごと食べていった。
「なにしてんだ! 早く立て! 」
それでもアルマは、タケルの必死の叫びに答えず、涙を浮かべ、呆然とその様子を見つめている。
「くそっ! 」
タケルは周囲に目をやってから、アルマを無理矢理に抱えて、走り出した。
だが、そうしている間に臼は口を中心にひっくり返り、街を覆っていく。
「おっさん! どこに行けばいい!」
前を走りながら、落ちてくる物体を叩き斬っていたおっさんは、声に答えて剣をマンションの壁に突き刺し、それを足場に、ベランダに移動した。
「……このまま真っ直ぐだ! 急げ! 」
走り続けると、目の前には人だかりと共に閉じかかった隙間が見える。それは海に沈む夕日のように、段々と細くなっていく。
「間に合えっ! 」
タケルは走った。
無我夢中に走った。
だが、
彼の体が向こうにたどり着くことはなく、手を伸ばす目の前で、その隙間は残酷にも閉じた。欲を出した人間の手足や頭を切断しながら、強固に閉まったのだ。
「ちくしょう! 」
タケルはアルマを抱き抱えたまま立ち尽くし、唇を強く噛む。後ろからは静かなおっさんの声が聞こえた。
「閉じ込められたな」
そして、今度は目の前に壁から生えた口つきのチューブが降りてきて、隙間だった場所で悶え苦しんでいる人間を次々に食らう。
タケルはアルマを地面に下ろして、銃を構え、人に襲いかかっていた異獣のチューブを狙い撃って叫んだ。
「そこから離れろ! 食われるぞ! 」
黒い液体が飛び散り、怯んだチューブを前にして、彼の声を聞いた多くの人たちは、慌てて隙間だった場所から離れる。隙間を諦めきれず、もがいていた人々は異獣に飲み込まれた。
それでも捕食は止まらない。端に獲物が居なくなると、今度はチューブを此方に伸ばして牙を剥く。
おっさんはつまらなそうに頭を掻いた。
「どこに居ても同じじゃねぇか」
タケルはおっさんに不快な視線を投げた後、声を張り上げて周囲に指示する。
「出来る限り俺の近くにいろ! 絶対に離れるな! 」
そして、銃に弾を込め直し、近づいてきたチューブを撃ち抜いた。周囲に集まった人々は口々に彼に言う。
「お願い、私だけでも助けて! 」
「どうやったら外に出られるんだ! 」
「なんとかしてよ! 専門家でしょ! 」
おっさんは剣を手にとって、口煩い群衆に近づいてきた2本目のチューブを切り落とし、ため息をついた。
「なんとか、ね。無責任な奴等だ。出る方法なんて分かってたら、ここでお前らの相手なんてしてねぇだろ」
タケルはそんな彼の背後に再び迫っていたチューブを狙い撃って静かに怒る。
「言葉に気を付けろ、おっさん。俺たちがこれから、なんとかするんだよ」
それから、彼はポーチをまさぐって、次の弾を込めようとした。しかし、
「……こんな時に! 」
ポーチの中にはもう、回収用のケースしかない。更に悪いことに、化け物はそれを関知したのか、チューブを此方に向ける。
《つづく》




