幼馴染
―2―
朝、若い男――タケルはいつもよりも早く、黒壁のボロ屋の玄関ノブを掴む。そんな彼に、
「なんだ、どっか行くのか? 」
と窓から差し込む光を浴びて、畳敷きの居間に横になっていたおっさんが声を掛けた。タケルはやや面倒そうに答える。
「別に、少し散歩に行くだけだよ」
おっさんは聞いた割に興味が無さそうに間延びした声を上げた。
「そうかそうか、いい天気だからな」
タケルはおっさんの態度にため息をつきつつ、
「おっさんも、ずっとゴロゴロしてないで仕事したらどうだ? 」
と返す。
おっさんはタケルの背中に緩みきった気の無い言葉を発した。
「やぁなこった。俺は不要な狩りはしねぇ主義なんだよ」
これ以上の議論は無駄だろう。タケルは、ため息をつきつつ勢いよく扉を開いた。すると、
「わわっ! 」
扉の外側から声がする。
それは聞きなれた女の声だ。タケルは慌てて自分が開いた扉の外側を確認する。
「アルマ!? なにしてんだよ! 」
そこにはやはり、見慣れた銀髪でポニーテールの女性が倒れ込んだ姿があり、彼女は立ち上がりながら苦笑いを浮かべた。
「えへへ、ごめん」
それを見てタケルは、彼女のやや派手な服についてしまった砂を払って、謝罪する。
「……いや、こっちの不注意だった。ごめん。何か用事? 」
アルマはタケルの問いに、後ろ手を作り、少し照れ臭そうに言う。
「最近あんまり一緒に仕事出来てないし、久々にどうかなって思って」
タケルは頭を掻いて、彼女から目線を反らした。
「……え、ああ、うん、いいよ。それで、依頼は? 」
問われたアルマは、昨日タケルがつけていたのと同じポーチから紙切れを取り出してそれをタケルに見せる。
「これだよ。難しい依頼じゃないし、直ぐに終わると思う」
そこには『居住地侵入の小型異獣』という討伐対象が書かれていた。それを見るとタケルはやや安堵したように、
「分かった。直ぐに準備するから待っててくれ」
と声を掛け、玄関に置かれた旧い猟銃と指定のポーチを持つ。
※―――※
中央街は既に大きな騒ぎだった。
綺麗なガラス張りのビルの合間を飛ぶように移動する蜘蛛のような異獣が人を次々に切り裂き、食らっている。
大きさは大型犬ほどで小型だが、専門の技術がない人間には十分な脅威だ。
二人はすぐに獲物を確認すると、各々の銃をそちらに向ける。
最初に撃ったのはアルマだった。
彼女は自身の黒光りする仰々しい銃を動かしながら、異獣に弾の嵐を浴びせる。
「タケル! 行ったよ! 」
堪らず逃げ出した大蜘蛛に今度はタケルが銃を向けた。
「任せろっ! 」
タケルはたった一発の狙いを外さないように、異獣の頭を狙う。そして、放たれた弾丸は無駄のない軌道を描き、確かに、異獣がその瞬間にいるはずだった場所に当たった。
「なんだ!? 」
だが、予想は外れたようである。
蜘蛛はなにかに弾かれるように、急に進行方向を変えて、ビル群の奥へと進んでいく。横でアルマも声を上げた。
「タケル! 伏せて! 」
その瞬間、周囲を乱れ飛ぶ弾丸。
伏せた二人の背後から現れたのは、乳白色の大剣を持った灰色のフードの人間と、それを追いかけながら銃を構える十数人の狩人たちである。狩人の一人は威圧するようにタケルとアルマに言った。
「お前たち、何をしている! 仕事の邪魔をするな! 直ぐにここを去れ! 」
随分と横暴な物言いである。納得できないアルマは鼻の上に皺を寄せて言い返した。
「そっちこそ邪魔をしないで下さい! あなたたちが騒ぐから、仕留め損なったじゃないですか! 」
言い返された威圧的な男は、アルマを蹴って座り込ませた後、銀色の銃を此方に向けて、引き金に指を置き怒鳴る。
「雑魚が生意気な事を! お前たちは自分のランクの仕事と、私たちのランクの仕事との重要度の差も分からないのか! 大体……! 」
だが、その続きは言えなかった。
アルマが目を開けている内に何かが起こり、男の首が地面に落ちたからである。
「え? 」
そして気がつけば、さっきまでいたはずの狩人達もいなくなっていた。視界に残ったのは、血溜まりとフードの人間だけである。
フードの下にある1つの銀の瞳が彼女を捉えた。体が硬直し、指先が震える。
「アルマっ! 」
タケルは銃に弾を入れ直し、直ぐさまその銃口をフードの頭に向けた。
《つづく》