始まりの旅
―14―
※―――※
最近は新聞がやたらと五月蝿く、どうでもいい話題ばかり流す。
「なぁ、聞いたか? 」
後ろを歩く男女もその口だろうか。男の方は知識をひけらかすように語った。
「どっかの部隊が《王》を狩ってから、異獣の襲撃が減ったんだってよ。ようやくって感じだよな」
ああ、そうらしいな。
アヤカさんの部隊は今じゃ英雄扱いだ。発見した王ともう一体の異獣を見事に狩猟したと公表されている。
女はそんな男を諌めるように、強い口調で言った。
「それよりもこっちの方が重要でしょ! 《人の死体を操る異獣》が正式に発見されたってやつ! 私たちの直ぐ側にも、異獣がいるかもしれないんだよ! 」
こちらは新生態というやつらしい。
ここには異獣が遺体に取り憑くこと、それから《核》を失っても遺体を器にすれば生き長らえることが書かれている。
俺は発表に先立って知っていたからさほど衝撃はないが、街の人間たちには間違いなく衝撃だっただろう。証拠として出た写真もまた、人々を恐怖させた。
それは親子三人が笑顔で映る写真。
父に飛び付く高校生位の娘と、優しげな妻、そして……照れ臭そうに微笑む、白髪混じりの初老の父。これと同時に男の死亡以降の《おっさん》のライセンスカードが公開される。凶悪な獣が、幸せな家族を壊したという紛れもない証拠。
男は女の気迫に押されながらも、笑ったような声を上げた。
「大丈夫だって! その為の《薬品》だろ? 定期的にそれを打てば、人間かどうかを確かめられるし、大丈夫さ」
なるほど、英雄の一声で公認された人獣識別用の薬品か。確かにそれなら異獣を確実に排斥していけるだろう。街から異獣はいなくなるはずだ。
それと合わせて、狩人たちには新しい通信機が渡されるらしい。異獣の発する独特の電波を察知して、居場所を知らせるという通信機。タケルが気がついて、《王狩り》の後に捨てたものより遥かに良質である。
女は笑った。
「そうだね、技術は進歩してるもん。もう異獣なんて怖くないね! 私たちなら皆やっつけられるよ!」
やっつける……そうだよな。
異獣は人を食らうから。
ぼうっと歩いていた彼の肩に、突然、手が置かれる。
「あんちゃん、狩人かい? 」
タケルは政府の追っ手かと驚いたが、振り返ればお爺さんがいた。
タケルは彼の問いかけに問いかけで返す。
「いえ、今は違いますけど。どうしてですか? 」
お爺さんは笑いながら答えた。
「どうしてってそりゃあ、そんな《物騒なもん》持ち歩いてるのは狩人くらいだろうよ」
彼が指差したのは、タケルが肩にかけた旧い猟銃である。タケルもお爺さんに笑顔で返した。
「はは、そうですよね。でも、俺のはただの飾りですよ。弾だって入ってないんですから」
お爺さんは残念そうに言う。
「そうかぁ、それじゃあ仕事は頼めねぇな。丁度近くで異獣が出たから、狩って貰おうと思ったんだが」
それから、こう続けた。
「私もつくづく縁がない。ついこないだも、英雄様の制服を着た銀髪の女狩人を見かけて声をかけたんだが、そいつにも断られちまったし」
タケルは目を大きくして、お爺さんに聞く。
「……彼女、何か言ってましたか? 」
不思議そうに首を傾げながら、お爺さんは返答した。
「ああ、なんでも人を探してるって言ってたな。まぁ、その後、同じ制服の奴に声かけられて慌てて行っちまったが」
彼は笑って呟く。
「仕方ねぇ、異獣のことは地区の連中に声かけて、政府から支給された武器でなんとかするか。幸い、そんなに大きな奴じゃねぇし」
タケルはお爺さんに聞いた。
「それって、どんな異獣ですか? 」
※―――※
ぽつねんと荒野の中、汚れた河のほとりにいるのは、子犬ほどの異獣である。その姿は綿埃のような、毛糸玉のような、とにかく、恐ろしいものではない。
タケルは異獣に後ろから歩み寄った。
「おいお前、危ないぞ」
異獣は目を丸くして此方に身体を向け、唸り声を上げる。それを見て、タケルは笑った。
「はは、そんなに警戒するなって」
それから、右手をその獣の前に差し出す。
「ここに居て死んでもいいが、生きたいなら俺と来い。守ってやるよ」
獣はしばし考えた後、予想とは違い、掌の上に強引に全身を乗せてきた。タケルとしては握手のつもりだったのだが。
「ま、いっか」
彼は毛玉を自分の頭の上に乗せ替えて、歩き出す。行き先は決まっていない。
ただ、何処か遠くに行こうと思う。
誰も俺たちを知らない、そんな場所に。
《おしまい?》
この物語はこれでおしまい。
でも、もしも、あの選択が違っていたならば……結末は1つではないはずだ。だから、この後語るのは、もう1つの終末。それは、あなたが望む結果ではないかもしれない。私は言おう、《今》が最高の結末であると思うのならば、次のページを開いてはいけない。