王を食らえ
―13―
それは虹の河なんて言葉が勿体ないほどに気色の悪い色をして、吐き気を催すほどの異常な臭気を放っている。
だが、掃き溜めのようなその場所に、獣たちの王は鎮座していた。
それは戒めか、それとも未練か。
タケルはその姿を見つけて、離れた位置から猟銃を構え、《珠》があるだろう胸を真っ直ぐに狙う。
「いけっ! 」
しかし、その銃弾は王の分厚い体表に防がれた。どうやら、このままでは効かないらしい。おっさんはそんな彼を見届けてから、小さくため息をついて王に歩み寄る。それから、抑えた声で言った。
「今の気分はどんなものだ? 」
王には、きっとその意味が分かったのだろう。その6本の足でゆっくりと立ち上がり、姿勢を低くした。それに反応するように、おっさんも本来の姿を取り戻す。
獣の王は低い声で唸った。
その眼球に一発、タケルは銃弾を撃ち込む。今度は王の目から、涙のような黒い液体が流れた。
「よしっ! 」
瞬間、飛びかかる巨狼の姿。
巨狼は両手両足で王の身体に張り付いて、首筋に力強く噛みつく。王は全身から黒いなにかをそこに集中させると、玉虫色に光る薄羽を動かして、空へと舞い上がった。
「おっさん! 」
離れてく姿を見て、タケルは王の羽の付け根を目掛けて銃を撃つ。
しかし、その軌道予測は外れ、銃弾は王の背中に向かってしまった。
「あっ」
それを横目に見て、おっさんは噛みついたまま王にしがみついていた四肢を離し、それを振るう。急に力の掛け方を変えられた王は、空中で大きくよろめいて、タケルが先ほど放った弾丸を羽の付け根に受けた。黒い液体が吹き出し、羽の動きがおかしくなる。
「よし、やった! って……」
だが、今にも落ちようとする王はまた、全身から黒いなにかを集める奇妙な動きをして、獅子らしかった口を4方向に開き、紫色の気体を吐き出し始めた。おっさんは驚いたように目を見開いて、王の身体を蹴り、タケルのいる場所に斜めに落ち、タケルの身体を噛む。それから、低い声で言った。
「出来る限り距離をとれ! 」
言われたタケルは銃を身体の横に持ち直して、王から離れるように走り出す。王は霧を吹き出しながら、狼に向かって凄まじい勢いで迫った。巨狼はそれを止めるように走り出し、足の一本に噛みつく。
王はまた何かを集める様な動きをすると、足の側面に巨大な針を何本も生やして、取りついた獣を突き刺した。おっさんの体から大量の黒い液体が溢れる。刺された所だけではなく、全身から崩れ落ちるように。
「ちっ! 」
更に、王は怯んだ狼の首の横の《肉》を大きく食いちぎった。支えを失い不安定に揺れる頭を引きずって巨狼は後退り、今度は穴だらけになった鬣で王の足に生えた刺を次々と折る。
タケルは王の6本の足のうちの3本を貫くように弾を放った。半分の足を撃ち抜かれた王の体は大きくぐらつく。重い傷を負った王の瞳が捉えたのは、それを負わせたタケルの姿。
王は不格好に揺れながら、こちらに向かって走ろうとした。だが、
「……何処へ行く」
狼はその尾に噛みついて離さない。黒い何かを集約された6本足に引き摺られながらも、その動きを遅くする。
「……っ! 」
不意に、巨狼の体がよろけた。
身体中が溶け出すように壊れていく。
《核》の無い獣の限界がきた。
それでも、狼の冷たい目線はタケルを僅かに映している。タケルは銃を構えて、王に狙いをつけた。
おっさんは王の尾から口を外して王が向かう方へと勢いをつけ、その身体の下へと潜り込ませて、王の身体を持ち上げる。そこには、中が見えるほどに薄くなった王の胸が見えた。悲痛な叫び声と共に狼の牙が捉えたのは核が見えるその場所。
獣の首が千切れる様な嫌な音と、王の皮が剥かれる音とが重なった。
大丈夫だ、外さない。
「食らえっ! 」
霞む視界の先、王の胸に露呈した《珠》を狙ってタケルは弾丸を放つ。
《つづく》