決断の時
―12―
人の居なくなった村の武器庫を漁って、タケルはため息をついた。
「くそっ! 弾がない! 」
猟銃の代わりになるものは直ぐに見つかったが、どうしても銃弾が見つからないのである。いや、正確に言えば見つかるには見つかったが、タケルの求める《輝弾》ではないのだ。背後に立ってそれを興味無さそうに見ていた人型のおっさんは言う。
「そりゃ、異獣対応の薬品は元々特注品だ、あるのは王都ぐらいだろ」
タケルは積み上がった大量の銃弾を見つめて舌打ちをした。
「……こんな役に立たないものばっかり集めて、ここの奴らは馬鹿だったのか? 」
おっさんはそんなタケルの側に屈み込んで、箱から弾の1つをつまみ上げて笑う。
「さぁな、だが、こいつでも《人》くらいは殺せるんじゃねぇか? 持っておいたらどうだ? 」
言われたタケルはおっさんの手をはたいて、その銃弾を叩き落とした。
「余計なお世話だ! 」
おっさんは怖い顔をしているタケルに笑顔を崩さずに聞く。
「はは、そうか。俺を仕留めるにはそれじゃ足りねぇか」
冗談混じりの様な言葉だったが、タケルは拳を固めて、おっさんを睨んだ。
「……俺が狩りたいのはあんたじゃねぇよ。《王》だ」
その言葉におっさんの笑顔が崩れる。
タケルは続けた。
「洞窟に行くときのあの言い方。おっさんはアイツの居場所を知ってるんだろ? 」
おっさんは小さく重い声で言う。
「……だとしたら、どうする」
タケルは答えた。
「殺しに行く。殺して、母さんの……皆の仇を取るんだ」
何度も言ってきた言葉。
だが、今回のおっさんは彼をからかわず、ただ目線を落としてタケルに問いかける。
「そんな事をして何になる。奴を殺した所でお前の両親は戻らない。そんな無駄な事をするより……何処か遠くに行かないか? 俺の事も、お前の事も誰も知らない遠くに行って……」
タケルは沈黙した。
沈黙の中で、おっさんはゆっくりと話を変えて言葉を紡ぐ。
「……少し、昔話をしようか」
※―――※
俺たちは荒野の向こう、僅かに草の残る土地に暮らしていた。そこでは毎日、痩せ細った仲間が死んでいく。
だから、足手まといは否応なしに《虹の河》へと排斥された。
《虹の河》には何もない。
草も生えていないし、まともな奴が飲むような水もない。追放された奴はその水に苦しみ、死を待つだけだ。
俺たちもそうなるはずだった。
そうならなかったのは、いつからか上流から《肉》が流れてくるようになったからだ。その時は何の肉かなんてまるで分からなかったが、俺も奴もとにかく、腹を満たせるものが欲しかった。
《肉》は毎日のように流れてきた。
何日も、何週間も、何年も。
その間には、遠くで火が上ったり、大きな音がしたくらいで何もなかった。
だがある日、俺を追い出したはずの同族たちが虹の河に流れ込んでくる。前に見たときより、ずっと小さく感じる同族。
彼らはよく分からない二つ足の生き物――人間に追われて逃げてきたらしい。仲間も沢山死んだと言う。人間は彼らのすぐ後に、武器を持って現れた。
それは予想通りだが、
予想通りじゃなかったのは、その力だ。
人間は弱かった。
同族たちが次々と倒れていくのに、それは俺たちが踏むだけで、食らいついただけで死んでしまう。彼らの肉はなぜか食べなれた味がした。
その時は、こんな簡単な狩りがあるだろうかと思ったよ。
もう逃げる必要なんてない。
欲のままに人間の村を襲った。
しかし、周囲の村を食らいつくして気がついたんだ。このままではいつか、全てを食いつくしてしまう。
俺はルールを設けた。
必要以上の狩りをしない。
それに逆らったのが今の《王》だった。
奴は言った。
制限を設けられた事で弱いものだけが苦しんでいる。世界は広い、食料ならいくらでもあるんだ、誰でも好きに食べられるようにすればいいじゃないか。
そして、奴は俺に戦いを挑み、俺の《核》を砕いた。
奴は俺よりもよっぽど食うことに……生きることに執念がある。そういう奴は常軌を逸して強いんだ。
※―――※
おっさんは今まで見たことが無い表情を浮かべている。この選択をしたならもう、戻れないのかもしれない。
それでも、覚悟を決めて口を開いた。
「それでも、戦うよ。戦って勝つんだ」
おっさんは一瞬、悲しそうな笑顔を見せたが、直ぐにいつもの笑顔に戻って言う。
「……そうか、お前ならそうだよな」
立ち上がって手を掛けたのはいつも持っている大剣だ。そして、
「それなら、俺も最後まで付き合うか。人が作った遺物で王が狩れるかどうか、見てみたくなった」
彼は言葉と共に懐から《黒い銃弾》を数発分取り出して、タケルに投げる。タケルはそれを慌ててキャッチして、広角を上げ、立ち上がった。
「行こう、虹の河へ」
《つづく》