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絆の解離

―11―


 銃弾は正確に黒狼の身体を撃ち抜き、その黒い体液を散らした。アヤカは声を張り上げて訴える。


「タケル、アルマ! その異獣から早く離れなさい! 」


それを聞いたアルマは必死な形相で洞窟の残骸をよじ登り始めた。だが、タケルは……問いかけるように壊れた銃を異獣に向ける。


異獣は眼だけを動かして、タケルの方を見つめた。


「……お前、後悔するぞ」


反吐が出るほど嫌悪する姿から発せられる声は、しかし、聞きなれた穏やかなものである。タケルは唇を噛み、銃をその場に落として呟いた。


「……そうかもな」


※―――※


 まだ幼かったタケルは、街が見たいと懇願した結果、護衛役の狩人と共に街へと野菜を運搬する仕事を任され、その仕事を終えて、村が見える距離まで戻ってきた。


馬車の隣に立つ狩人は、相も変わらず欠伸を繰り返している。タケルは眉の角度をきつくして注意した。


「仕事くらい真面目にやれねぇのかよ」


こいつには最初、敬語を使っていたが、この1日でもうその気も失せてしまってタメをきく。異獣は現れないし、奴は馬車の操作も代わってはくれない、街で迷っても案内さえしないのだ。だが、その狩人はタケルの言葉にいけしゃあしゃあと言う。


「真面目にやらなくても問題ないのが一番じゃねぇか」


正論ではあるが、なんだか腹が立った。


(はぁ、さっさと帰ろう。村の皆には、もうこんな奴雇わないように言わないと)


そうだ、その時は信じていたんだ。

何事もなく明日が来て、今までの静かな暮らしが続くことを。


でも、現実は違った。


村が近づくほどに違和感が沸き上がり、人がはっきりと見える所まで近づくと、違和感は確信へと変わる。


崩れた家、所々が赤く染まる道、土だけが残る畑。そして……。


複数の黒い化け物たち。

その中でも異彩を放つ黒い6つ足のライオンに食い殺されていく自分の母親。あの顔と、必死に伸ばした手が頭から離れることはもうないだろう。


続けて、黒い怪物たちは何もなくなった村に見切りをつけたのか、タケルの姿を視界に納めた。


押し寄せてくる大群。


タケルを食らうために剥いたその牙を止めたのは、乳白色の大剣を振り回す、白髪混じりの狩人である。他とは違い、ゆっくりと此方に迫っていた獅子は、タケル達の方を見て目を丸くした。


狩人はそんな獅子を一瞥して、再び剣を振るう。


すると、獅子は地を揺らすような鳴き声を上げた。鳴き声に呼応するように集まっていた化け物たちも、足早にその場を離れていく。


化け物たちが流れ出た後の、村だった場所は、ただただ静かになった。


独りぼっちのタケルの頭にいつの間にか置かれていた暖かい手は言う。


「……チビ、うちにくるか? 」


タケルは肯定するでも否定するでもなく、無言でその身体に抱きつき、顔を埋めた。


※―――※


「あんたは、後悔してるんだろ? 」


始まった銃声の中の言葉。

おっさんはその大きな口の端を持ち上げて、タケルに噛みつく。タケルは牙が食い込んだ痛みと、何かが入り込んだような違和感に声を上げた。


「いたっ! なにすんだよ、おっさん! 」


おっさんは直ぐに口を離して、代わりに弾道を遮るように立つ。雨のような弾丸に貫かれたおっさんの体からは黒い液体が激しく飛び散った。おっさんは言う。


「少しくらい我慢しろ。それとも長く苦しみたいのか? 」


それから、(たてがみ)を大きく広げて、そこから毒々しい色の霧を周囲に放出した。瞬間、二人を囲んでいた人間たちの様子が変わる。ある者は嘔吐し、あるものは悲鳴を上げる、またあるものは胸を押さえて地面にうずくまった。


タケルの身体に異変はない。彼は事態に追い付けず、おっさんに向かって怒鳴る。


「おい! 何を!? 」


おっさんはタケルの服を咥えると、彼の身体を自分の背中に放り投げて答えた。


「安心しろ、死にはしねぇ」


ただ、それは質問者の求めていた答えではなく、不満気な顔をした彼は直ぐに次の質問をしようとする。しかし、その言葉を吐き出すことは出来なかった。なぜなら、それを遮るように巨狼は飛ぶように走り出し、包囲を悠然と突破したからである。手に力を込めて振り落とされないようにしていたタケルが振り返った時、アヤカは苦しそうに胸を押さえながらも、逃げていく化け物の後ろ姿に叫んでいた。


「今、度は、逃が……さ……! 」


執念深い彼女の瞳に射竦(いすく)められながらも遠ざかる人混み。人の群れが視界から消えた時、巨狼は呟いた。


「……こっちもあまり時間がないんだ」


温度の低い背中。

優しい声色。

タケルは何を返すでもなく、その大きな獣の毛皮に顔を埋めた。



《つづく》

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