古の目覚め
―10―
「は……? 」
理解が追い付かなかった。
今まで何度も同じような事態を見てきたはずなのに、今はなぜか頭が真っ白になる。アルマは立ち尽くすタケルの手を引いた。
「タケル、危ないっ! 」
容赦ない蜘蛛糸が目の前を通りすぎ、更にアメーバが迫る。タケルは使い物にならなくなった猟銃を強く握りしめた。そして、周囲から聞こえるアルマの叫びと化け物の唸り声で、彼は漠然と理解する。
(あ、そうか、死んだんだ)
身体は自然に動いていた。
大蜘蛛に接近し、その口に銃を突き刺す。普段見る黒い液体は溢れないが、蜘蛛は驚いたように動きを停止した。タケルは振り絞るように叫ぶ。
「アルマ! 走れ! 」
動きの止まった小さな獲物を目掛けて飛びかかるアメーバ怪物と、動かない大蜘蛛。今なら、きっと……。
「だ、駄目だよ! そんなの……! 」
彼の背後にアルマの涙声と、恐ろしい息遣いが聞こえた。
ああ、もう逃げられないのだろう。
しないと決めていたはずの覚悟を、タケルは殆ど無意識にしてしまっていた。
ただ、死神はまだ彼を迎えには来なかったのである。
タケルに飛びかかろうとしていたアメーバが短い悲鳴を上げた。タケルは驚いて後ろを振り返る。
すると、そこには。
「おっさん……? 」
乳白色の剣を異獣の身体に突き立てている、頭のない人間がいた。いや、頭はあるのだ、黒い靄の様な何かが。
靄頭の怪物は、手に持った剣を動かしてアメーバの身体を引き裂いた。引き裂かれた中から重い音を立てて、丸いものが地面に転がる。
それは、人間の頭だ。
消化液に溶かされたのか、無惨になってしまった、おっさんの頭である。首のない化け物はそれに駆け足で近づくと、それを鷲掴みにして自分の首の上へと捩じ戻した。タケルは口を閉じることが出来ないまま、その様子を見届ける。
「どういう、ことだよ……? 」
その言葉は自然に溢れていた。
しかし、おっさんだったそれは、言葉を返すよりも先に、目線を蜘蛛へと移す。
そして、蜘蛛が何かに怯えるように後ずさろうとした次の瞬間、人型の怪物はどす黒く巨大な狼のようなものに姿を変え、蜘蛛を真っ二つに食いちぎった。
続けて、黒い狼は、その毛とは呼べないベルト状のなにかで出来た鬣の一本一本をうねらせて、洞窟の壁じゅうに張り付いたアメーバの方を捉える。
アメーバもそれから逃げようとしたが、もう手遅れだった。
数多の鬣に貫かれた異獣は、沸騰した水のように勢いよく気泡を吹き上げ、悶え苦しみ、力無く崩れ落ちる。
同時に、奴が支えていた洞窟全体が盛大な音を立てて崩壊していった。
そして、穴という形を失ったそのなだらかな臼状の地形のへりに並ぶのは、人、人、人………。彼らは巨狼の姿を見つけると、その手にした銃の引き金を一斉に引く。
「標的は、始祖の異獣! 」
先頭を切っているのはアヤカの部隊。
その意味をタケルは理解した。
《つづく》




