異獣を狩る者
―1―
荒野の真ん中にポツンと存在する、黒い平屋と畑だけがある田舎の村、豊かでなくとも平穏だったその村を突如として襲ったのは、今、王都をも悩ませている異形の獣――《異獣》であった。
小山ほどの大きさで鰐のような姿をした真っ黒なそれは、見境無く人を食らい、家を食らい、日常を奪いとっていく。住人たちは瞬く間に倉庫に追い詰められ、逃げ場を失い、必死に鎌や鍬を異獣に向けた。だが、その武器が刺さっても異獣は傷を負わず、それは直ぐに口を開けて鎌を持った男の腕を鎌ごと食いちぎる。そして、下に大きな血溜まりが出来ると、辺りには耳を塞ぎたくなる程の悲鳴が響いた。皆、恐怖する。誰もが今見届けた男の結末とやがて訪れるだろう自分達の最後とを重ねた。
しかし、
その恐怖よりも先に訪れたのは、威勢の良い希望の声。
「皆、伏せろぉ!!」
まだ若い男の叫び声である。
それと共に異獣の体の一部から重油のようなものが吹き出した。今度聞こえた酷い悲鳴は人の声ではない、異獣のものだ。続けて今度は男の低い声が聞こえる。
「たくっ、うるせぇよチビ」
気がつけば住人達の目の前には白髪混じりの髪に無精髭の、煙草を咥えた男。彼は右手に持った大きな乳白色の剣で異獣を軽々と薙ぎ払った。
「もうちょっと静かに狩りをさせろ」
倒れ込んだ異獣はもう動かない。
どうやら、終わったようである。
小屋の外から来た若い男が銃を片手に初老の男に駆け寄った。
「別にいいだろ、声上げた方が気合いが入るし」
その声は最初に聞こえた叫びと同じである。
「あの……」
ただ、住人の1人が礼を言おうと声を掛けても2人の会話は続いていた。初老の男は剣を地面に突き刺して、痺れを切らしたように声を上げる。
「気合いの為に俺がノイローゼになったらどうしてくれんだ! 」
若い男は銃をしまって、言葉を跳ね返すように彼の質問に答えた。
「ちゃんと死ぬまで面倒見てやるよ! 」
初老の男も若い男に直ぐに怒鳴るような返事をする。
「そうかよ、ありがとなっ! 」
そしてようやく収まったと思った直後、若い男の方から着信音が響いた。若い男は四角くて薄い箱形の通信機を腰のポーチから取り出して何度か頷き、
「悪い、上からだ。後の処理は任せたぞ、おっさん」
と言ってポーチをおっさんの方に投げ捨ててその場を後にする。初老の男は慌てて、
「おい、ちょっと待て! 」
と彼を引き留めようとしたが無駄だったようで、おっさん1人その場に取り残された。選択肢を失った住人はおっさんに声を掛けるが、
「あの、先程は助けて頂きありがとうございます。どのようにお礼をすれば……」
おっさんは住人の言葉に何も答えない。代わりに、暫く化け物の死体を無言で見つめてから、剣でその体を切り裂き始める。切り口からは粘り気のある黒い液体が流れ、複雑な模様の入った黒い珠が1つ転がり落ちた。おっさんはそれを若い男が残したポーチの中身である、円柱状のケースに放り込む。
※―――※
一方、少し離れた民家の影で、若い男は電話をしていた。電話口から聞こえるのは、30代と思われる女の声。
『……の調査を頼みたいの』
若い男は、この女を先の会話で自分が所属する組織の上層部の人間であると知っている。だからこそ疑問をもって聞いた。
「あなたのようなお偉様が俺みたいな底辺に依頼なんて、一体どんな風の吹き回しですか」
女は電話越しに小さく笑って答える。
『それは後々、会えば分かるでしょ。今はイエスかノーで答えなさい』
若い男は渋い顔で暫く考えてから、女への質問を変えた。
「報酬は? 」
女は体勢を変えたような小さなノイズの後、声を低くして彼に教える。
『――《王》の居場所、それでどう? 』
《つづく》




